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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

「人知の闇」を超える

2012年05月27日 | 平和憲法
 ◆ 論語の「学習」という教え
   現代の混迷を打ち破る

安冨歩(やすとみ・あゆむ=東京大東洋文化研究所教授)

 論語の冒頭の一章は、多くの人が知っているはずだ。
 子曰(いわ)く、学んで時に之を習う、亦(ま)た説(よろこ)ばしからず乎(や)。朋(とも)遠方より来(き)たる有り、亦(ま)た楽しからず乎(や)。人知らずして慍慍(いか)らず、亦(ま)た君子ならず乎(や)。
 伝統的な解釈では、「勉強して、復習するのは悦(よろこ)ばしい。友だちが遠くから来ると、楽しい。人が自分を認めてくれなくとも嘆かない。それが君子だ」というように読まれてきた。
 しかし私は、このような解釈はこじつけだと思うようになった。
 人間には、確かに「学び」が不可欠であるが、それは大きな危険もはらんでいる。孔子は「学んで、考えなければ、とらわれてしまう。考えるばかりで、学ばなければ、あやうい」ともいっている。学んだことを、無反省に復習したり練習したりすることを、孔子が薦めていたとは考えられない
 「習う」とは一体、何のことか。論語には「子曰く、性は相近く、習は相遠し」という言葉がある。
 人間は生まれつきよりも、育った環境や経験など、、あとから身につくものによって、大きく違ってくる、という意味である。「習う」という言葉は「後天的に身につくもの」を意味する
 そこで最初の句は「何かを学んで、それがあるときハタと理解できて、しっかり身につくことは、よろこびではないか」という意味になる。これはどんな人間にとってもうれしいことではなかろうか。
 「朋遠方より来たる有り、亦た楽しからず乎」はどうか。
 よくある説明は、そうやってしっかり学問を積んでいれば、そのうち名前が売れて、遠くから人が訪ねてきてくれるレベルになる、といっているが、納得できない。
 私は、これを学習の過程の比喩と解釈する。
 学んで何かを身に帯びている段階では、学んだこどの本質と、まだ出合っていない。
 しかし、いろいろと努力しているうちに、ふと、うまくできるようになる。それが「習う」である。それはまるで、昔から知り合いだった友人が、突然、遠くから訪ねてきてくれたような気持ちの比喩と考えられないか。
 「人知らずして」を伝統的解釈では、他人が私のことを知ってくれない、とするが、これは勝手読みだ。
 「人が(学習の悦楽を)知らない」と読むのがより素直である。

 「慍らず」は、憤激しないことである。
 つまり、他人が学習のよろこびを知らないからといって、「こいつ、わかっとらん!」などと怒り出したりしない、ということである。それはまったく君子ではないか。
■ ■

 以上のように考えれば、論語冒頭の章は、
 「先生が言われた。何かを学び、それがある時、自分自身のものになる。よろこぼしいことではないか。それはまるで、旧友が、遠方から突然訪ねてきてくれたような、そういう楽しさではないか。それを知らない人を見ても、心を波立たせないでいる。それこそ君子ではないか」という意味になる。
 『論語』という書物は、この「学習」のよろこびの上に、社会の秩序を形成しようという戦略を描いている、と私は考えている。
 「3・11」の原発事故で「人知の闇」があらわになった。
 それは、語り得ぬものを語りうるとする傲慢、できもしないことをできているとする欺瞞、都合の悪い矛盾を見えないことにする隠蔽から起きた破局である。
 学習の停止によって人々は、自らの内なる真理の探究を放棄し、他人が正しいと言う事を正しいと思い、他人に正しいと思われることを言おうとする。
 一人一人の「人知の闇」が、相互促進して暴走を惹起し、暴走を止めようとするものを排除して、ますます闇を深くしている。その事実が原発事故によって露呈したのだ、と私はみる。
 このような観点から私は、自著「生ぎるための論語」(ちくま新書)で論語の思想を全面的に読み直してみた。その結果、「論語」こそは、現代の混迷を打ち破る上で、重要な手がかりを与えてくれる「革命的」な思想書だ、と考えるようになったのである。
やすとみ・あゆむ1963年、大阪市生まれ。京大大学院修了。ロンドン大政治経済学校滞在研究員。名古屋大助教授などを経て東京大東洋文化研究所准教授、2009年から同教授。専門は経済学。著書に「「満洲国』の金融」(創文社)「複雑さを生きる」(岩波書店)「今を生きる親鷺」(樹心社)など多数。
『東京新聞』(2012/5/12【文化】生きる)
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