《月刊救援から》
☆ 取調拒否権を求める闘い(二)
前田 朗(東京造形大学)
☆ 違法取調べ
七月一八日、東京地裁は、検察官による取調べの違法性を認定した。被疑者が黙秘権を行使したのに、横浜地検の検察官から長時間にわたって侮辱的な取調べを受けたため、「黙秘権侵害で違法」などとして、元弁護士が国に損害賠償を求めた。
東京地裁は「社会通念上相当な範囲を超えて原告の人格権を侵害するもので違法」として、国に一一○万円の賠償を命じる判決を言渡した。取調べについて「黙秘権の保障の趣旨にも反する」と述べた。
二〇一八年、江口大和被疑者(元弁護士)は無免許運転で交通事故を起こした男性に対し、警察に虚偽の説明をするよう依頼したとして、犯人隠避教唆の疑いで横浜地検に起訴され、懲役二年執行猶予五年の有罪判決が確定した。
訴状によると、江口被疑者は「犯人隠避の教唆をしていません」と述べ、それ以外は黙秘権を行使すると宣言し、翌日から何も話さなかった。
ところが、ほぼ毎日地検の取調べが続き、二一日間で計約五六時間に及んだ。検察官は、江口被疑者に「うっとうしいだけ。イライラさせる」「元々ウソつきやすい体質なんだから、あなた」などと発言した。
黙秘について「あなたの言ってる黙秘権って何なんですか。あなた自身も分かってないんじゃないの」と非難し、事件とは無関係の弁護活動について「ガキだよね、あなたって。発想が子どもなんですよね」などと述べた。
判決後、原告の江口元弁護士は「判決では黙秘権の行使をばかにする発言などについて許されないと判断されて良かった。ただ、説得と称して五六時間にわたって取調ぺを続けたことは違法ではないと判断されて、納得できない」と話した。
趙誠峰弁護士は「取調べで、黙秘している容疑者のプライドを傷つけるような発言を行い、反論させようとする行為がいまも日常的に行われている。こうした手法について黙秘権保障の趣旨に反すると判断した点は評価できる」と話した。
判決が取調べの違法性を認めたのは、法廷で動画が再生された効果である。
弁護団は今回の裁判で採用された取調べの動画のうち、法廷で再生された一三分間の映像をネットで公開した。
映像からは検事が黙秘を続ける江ロ被疑者に対し「ガキだよね」、「うつとおしい」、「社会性が欠けている」、「嘘をつきやすい体質」などと発言していることが分かる。こうした発言について判決は「人格を不当に非難するものだ」と指摘した。
☆ 取調拒否マニュアル
趙誠峰弁護士は、六月一一日に立ち上げた「取調べ拒否権を実現する会」副代表である。
同会は「依頼人の最善の利益を擁護しながら、憲法に根ざした取調べ拒否権の実現のためにわれわれにできることは何かを提案するもの」として「取調べ拒否権実践マニュアル」を作成した。被疑者のためのマニュアルでもあるが、弁護士のための実践マニュアルという性格も有する。
長年にわたる救援連絡センターの取調べ拒否の実践では、
身柄拘束された被疑者が黙秘権行使・取調べ拒否の意思を表明し、
留置場の房から取調室への移動を拒否する。
弁護人が警察に取調べ拒否の申し入れをする。
さらに検察に対しても申し入れをすること
を繰り返してきた。
黙秘権行使・取調べ拒否の意思を表明すれば、本来なら取調べを行うことはできない。強行すれば黙秘権侵害である。
ところが実務では、取調受忍義務論が採用され、被疑者を強引に取調室に連行して、自白強要や侮辱などの取調が強行されてきた。
身柄拘束され、家族や友人から遮断された被疑者は孤立無援の状態に置かれる。弁護士が懸命の努力で、黙秘権行使を支えてきた。
取調べ拒否権実践マニュアルには、取調べ拒否権を実現するために被疑者や弁護士が知っておくべき基礎知識が列挙されている。Q&A形式で八項目である。前半の4つから一部を引用紹介しよう。
Q1.「取り調べ拒否」とは何ですか。
「憲法は単に沈黙することを保障したものではなく、自らの刑事訴追について、警察官・検察官による尋問を強制されないことを保障し、これによって自己に不利益な供述の強要を防いでいるのです。」
Q2.なぜ取り調べを拒否する必要があるのですか。
「単に沈黙するだけでは黙秘権侵害はなくなりません。自己に不利益な供述を強要されないという憲法の保障を実質化するためには、取調室での不当な働きかけに晒されること自体を防ぐことが決定的に重要です。そこで、取り調べを拒否する必要があるのです。」
Q3.取り調べ拒否はどのように有効ですか。
「取調べの拒否によって、被疑者の沈黙の権利は確実に保障されます。身柄を拘束された被疑者にとって、取調べそのものが大きな精神的負担です。取調べを拒否できることで、その精神的な負担をなくすことができます。」
Q4.取調べを拒否することで不利益はありますか
「取調室で沈黙したことを不利益に取り扱うのが許されないのと同様に、取調べを拒否したこと自体をもって不利益な取り扱いをすることは許されません。」
取調べ拒否の必要性と合理性が明確に提言されている。マニュァル形式で記述されたことにより、誰にでもわかりやすくなったと言えよう。
『月刊救援 664号』(2024年8月10日)
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