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紅茶の島のものがたり vol.20 冨井穣

2009年08月14日 | 金曜(2009年4月~):冨井穣さん
第20話
手摘みの価値


 山城と崎浜を見ていると、期待料込みで「ホンダ」の本田宗一郎と藤沢武夫の関係を連想する。町工場から日本のトップ企業へと上りつめた、天才技術者と名参謀。浜松の工場で作業服姿のままミカン箱の上に立ち、「世界一になる」と従業員に宣言していた本田宗一郎と、常に裏方に徹して本田の才能を最大限に発揮させるために、経営の環境条件を整えることに努めた藤沢武夫。将来の夢の話になると、酒も飲まずに何時間も語り合うほど一心同体の間柄でありながら、どこかクールな気質で適度な距離を保ち、水のごとく淡い「君子の交わり」を続けた2人。そうした関係が、「世界一の紅茶作りを目指す」と事もなげに語る山城と、沖縄に産業基盤を築くべく山城の夢を全面的にサポートする崎浜の姿にオーバーラップすると考えるのは、少し大げさだろうか。
 山城に言わせると、2人は「公募で集まった音楽バンドのような関係」とのことだ。端から見れば突飛な夢でも、冗談めかしながら真剣に語り合い、実現の可能性をとことん探る。一方ではそれぞれの私生活に深く立ち入らず、酒を酌み交わしたのも数回程度というドライな関係。大の酒好きでならした山城の素性に照らすと意外に思えるが、お互いが自分の夢をかけるのに値する人間として、相手を最大限に尊重しているのだろう。
 話を紅茶作りに戻すと、型破りの発想が実現に至った例は、前回の加工システムの開発をはじめいくつも見ることができる。
 茶葉の手摘みを始めたことも、日本の茶業界にあっては画期的なことだった。
 日本の茶畑は一般的に、機械摘みすることを前提に茶畝が整備されており、山城の茶園もご多分に漏れず、父・豊の代から摘採機を使用して収穫を行っていた。夏も近づく八十八夜…と籠を抱えた婦女子が歌いながら、のどかに茶葉を摘んでいたのははるか昔のこと。手摘みと機械摘みでは効率の差は歴然で、人の手で収穫できる茶葉の量は通常1時間で1kg、熟練者でもその2倍程度と言われているが、茶葉を刈り取る乗用摘採機を使えばその何十倍もの量を収穫できる。山城の工場では製茶機を稼働させるのに毎回60kgの茶葉が必要だったため、手摘みでは朝から晩まで3日間以上、茶摘みの作業をしなければならない計算になる。つまり、現実的ではない、ということだ。(前回触れたように、山城と崎浜が少量の茶葉で紅茶の実験ができるシステム開発に取りかかったのはそのためだ)
 また他府県と違って沖縄では、気候などの影響で新芽がバラバラに芽吹いてくるため葉の位置がそろわず、機械摘みをすると茎や堅い葉など本来収穫すべきではない部位まで刈り取ってしまう。緑茶作りでは、それが沖縄産の茶葉の価値を落としてしまう一因であり、山城が紅茶の道を模索し始めたきっかけでもあった。
 山城と崎浜は独自の加工システムが完成してからも、当初は茶葉の摘み方にこだわりなく、機械摘みした中から少しずつ取り分けて実験を繰り返していた。そんなある日、あらゆる可能性を試すために、手摘みした茶葉でテストを行った。すると、どうだろう。
「これは…今までと味が違いすぎる」
 2人はそのおいしさに驚き、顔を見合わせてしばらく呆然とした。
 インドやスリランカなど紅茶の主産国では、今でも収穫はすべて手摘みで行われている。それは単に、何人もの茶摘み婦を安い賃金で雇えるからという経済的な理由ではなく、手摘みでなければおいしい紅茶ができないということを、彼らは経験的に知っているのではないだろうか。
 山城は以前にスリランカを訪れた際、茶畑を見て「良くも悪くも“雑”に造られている。日本のほうが単位収量は多いのではないか」という印象を持ったという。それは逆の見方をすれば、機械を使わないのだから日本ほど整備する必要がないとも考えられる。
 インド、スリランカに限らず、「紅茶=手摘み」という原則は世界共通のもののようだ。例えば清涼飲料大手の伊藤園のホームページをのぞいてみると、紅茶の「生茶を摘み採るときの基本的な原則」として3つの条件が掲げられている。
1.一芯二葉摘み
2.余分な茎を混入させない
3.手指を使って手摘みする
 しかし、日本で手摘みを行うにはハードルが高すぎる。機械摘みと同等の収量を確保するには多くの労働者を雇わなければならないが、インドやスリランカと比べて日本は人件費がはるかに高いため、まったく採算が合わないのだ。「エコ」が叫ばれるはるか以前から有機無農薬栽培を実践してきた山城の父・豊に相談しても、理想論としては分かるが現実的には「何を寝ぼけたことを言っているんだか」となる。しかし、ここからが2人の腕の見せどころだった。






炎天下の中、沖縄紅茶農園の茶畑では今日も茶摘み婦がせっせと手摘みを行っています


text:冨井穣



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