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紅茶の島のものがたり vol.29 冨井穣

2009年10月16日 | 金曜(2009年4月~):冨井穣さん
第29話
理想という名の野望

 10月を過ぎ、静岡や鹿児島などの緑茶農園が来春の新茶に備えて冬支度を始める
ころ、沖縄の茶畑ではまだ収穫期が続く。近年は台風の襲来がめっきり少なくなり、
真夏さながらの汗ばむ陽気の下、来る日も来る日も変わらぬ作業が繰り返される。
それでもさすがに朝晩は涼しい風が吹き、茶畑に立つとひところより影が薄く遠く
まで延びていることに気づく。沖縄の短い秋。やがてミーニシと呼ばれる北風が吹き
冬の到来を告げ、茶畑はようやく農閑期に入る。
「今年は密度の濃い冬になりそうです」
 と山城は話す。直売所ならぬカフェの完成がゴールデンウイーク前後になる見通しで、
設計・施工の打ち合わせから備品の手配、近隣ホテルへの営業活動まで、畑管理と
並行して取りかかるべき準備がめじろ押し。さらに
「カフェがオープンしたら僕と崎浜だけでは手が回らないので、どうしても専任の
スタッフが必要になる。紅茶作りに対する理念を共有できる人を今から探しておか
ないと」
 会社設立当初からの目標だったカフェのオープンに向け、山城紅茶は新たな局面
に突入している。
 カフェの成功如何は山城紅茶の社運を左右するだけではなく、沖縄産紅茶が広く
普及するための試金石でもある。うまく軌道に乗れば、魅力ある産業との認識が行
き渡って人材が集まり、業界全体が活性化するだろう。茶摘みや商品包装といった
単純労働の需要が増えれば高齢者や障害者の雇用の受け皿となり、さらに興味を持
つ若者が増加すれば、深刻な後継者不足に悩む沖縄茶業界の救世主になるかもしれ
ない。
 人が集まるところにはお金も集まる。茶園に多くの人が訪れるようになれば、そ
の周辺には店舗や企業の進出が加速するだろう。うるま市山城地区に限らず、茶業
組合がある県内各地の茶産地に同様の取り組みが波及していけば、沖縄がスリラン
カのような「紅茶の島」になることも夢ではない。崎浜がにらんだとおり、沖縄の
紅茶は、地域主導による産業振興の起爆剤となりうるものだ。
 あまりにもきれいすぎる話だが、これはあくまでカフェが「軌道に乗れば」のこ
と。逆に懸念材料として、例えば沖縄産紅茶の市場価値が格段に高まった場合、大
手資本が茶園を買い占めるようなケースは発生しないだろうか。結論から言うと、
山城と崎浜の予想は大方“No”だ。
 その最たる理由は、沖縄で生産される茶葉をすべて集めても国内の紅茶消費量の
数パーセントにしか満たないため、企業からすれば投資効率が極めて悪いのだ。茶
所に大規模な自社茶園を持つ大手清涼飲料メーカーでさえ、販売額の9割以上を仕
入れ加工に頼っているのだから、離島県の沖縄にわざわざ茶園を造ることは考えに
くい。また、先の例のように紅茶を中心に各種産業が発展し、県や市町村が「紅茶
の里」としてまちづくりに取り組んでいるような場所には、一企業がわざわざ手を
出すことはないだろう。そのようなリスクを冒してまで、どうしても沖縄を紅茶の
島として開拓したいという企業があれば、それはそれで結構なことではないだろう
か。2人はおそらく協力を惜しまないだろう。結局のところ、「人材=人財」とは
よく言われる話で、人のいないところに産業は育たない、いや、人知らずの産業な
ど2人は(多くの人は)興味がないだけの話である。
 ちなみに、これまでにも山城のところに「紅茶をやってみたい」と訪ねてきた者
は数名いたそうだ。将来的には加工技術の講習など人材の育成にも尽力したいとこ
ろだが、今は自分たちの成功が先決だろう。
「大切なのは、紅茶業に携わっていて楽しいと感じられること、しっかり収益を確
保できること。どちらが欠けてもいい人材は集まらないし、長続きしませんから
ね。まずは僕らが布石を敷き、優秀な人がどんどんやって来る環境ができあがっ
て、そのうち“お前はもう使いものにならないからお役ご免だ”と言われるように
なれば本望です」
 山城と崎浜の目指す紅茶作りは理想論ではない。世界一という旗印を掲げ、その
夢に向かって突き進む人間の崇高な生き様だ。2人はこの先どんな夢の続きを見せ
てくれるのか。ティーカップ片手に紅茶を飲みながら、じっくり待ちわびることに
しよう。(了)




次回は山城紅茶の商品作りに携わる人々を紹介します




text:冨井穣



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