沖縄Daily Voice

沖縄在住の元気人が発信する

紅茶の島のものがたり vol.22 冨井穣

2009年08月28日 | 金曜(2009年4月~):冨井穣さん
第22話
苦難のスタート


 会社設立後の「山城紅茶」は、初めから順風満帆な道のりというわけではなかった。時間と労力をかけて作ったものが必ず売れるとは限らないし、多額の広告費をかけてキャンペーン活動を展開できるわけでもない。まずは人海戦術などの労を惜しまず地道に販路を開拓し、認知度を高め売上の向上を図らなければならないのはどの会社も同じだろう。しかも山城らは、会社の登記を済ませたのが農閑期の2月だったため紅茶を量産できるだけの茶葉がそろわず、収穫期を迎えるまではほとんど無収入のまま、販売準備を進めなければならなかった。
 パッケージデザインは県内の若手アーティストに依頼し、4月の量産開始に合わせてホームページを開設。制服の作業着は赤いつなぎを採用し、背中には「上等紅茶」の刺しゅうを入れた。
 3月には認定農家(プロの農業経営者を支援するためにできた農業経営改善計画の認定制度。税制上の特典や長期低金利融資などの優遇措置が受けられる)に認められた。「前例がない」「実績を作るまで申請を断念したらどうか」といった否定的な意見をよそに、それまで培ってきた研究データに基づいて計画書を作成し、行政担当者のもとへ何度も足を運び事細かに事業内容を説明して認定を受け取った。今後、紅茶農家で同制度の認定を受けようとする者が現れれば、おそらく山城紅茶の資料が「前例」として使われることになるだろう。
 営業面では社長の山城自らが前線に立ち、崎浜がそれをサポートした。営業先はホテル、みやげ品店、カフェ、エステ、ゴルフ場などをジャンルごとに選別しリストアップ。一軒ずつ直接電話をしてアポを取り、商品説明に回ることにした。
 しかし、そんな矢先のこと。珍しく事務所の電話が鳴り、問い合わせか注文かと崎浜は目を輝かせていたが、しばらくたっても山城はなかなか受話器を取らない。
「早く出てよ」
「…ああ」
 山城は神妙な面持ちで電話を握り、
「はい…もしもし」
 あまりにもぶっきらぼうな物言いに、崎浜は目を丸くした。
 茶業ひと筋、それも土着の茶農家として生きてきた山城にとって、ホテルやカフェの営業などはまったくの未知の世界。自分の応対では不十分ではないかと過剰に心配するあまり、緊張で言葉が出てこなかったのだ。
「営業先に電話するときも、最初の自己紹介からその後の対応の仕方まで、崎浜に聞いたことをノートにまとめてそれを見ながら話していました」
 と山城は当時を振り返る。暇さえあれば2人で何度もシミュレーションを繰り返し、山城はビジネスマナーの習得に努めた。崎浜がそこまでして「営業マン山城」にこだわったのは、「生産から加工、販売まで一貫して行っている山城紅茶の特色を印象づけるにはそのほうが得策。自分が出れば一介の営業マンになってしまうが、山城なら話し方が多少ぎこちなくても、農家特有の“土臭さ”が自然と相手に伝わるはずだ」という目論見があったのだろう。今では山城もすっかり度胸が据わり、ホテルでも国際通りでもトレードマークの赤いつなぎ姿で訪問するという。とはいえ、営業開始後しばらくの間は取引先はゼロ。世の中そんなに甘くはない。
 ホームページの反応もほとんどなかった。崎浜はそれまでの経験上、紅茶単品をネット販売しても売上は限定的と考え、SEO対策(サーチエンジンの検索結果のページの表示順の上位に自らのWebサイトが表示されるように工夫すること)には未着手。山城が営業先を回る際のツールとして活用した。
 ダイレクトメールも一度だけ作成した。当時の予算の範囲内では200通が限度だったため、せっかく送るなら全国の著名なホテルや専門店をターゲットにしようと発送先を厳選。紅茶の需要は沖縄より県外のほうが圧倒的に多く、ひょっとしたらと淡い期待を抱いていたが、待てども待てども返事はなし。形式的なお礼の電話が一本あっただけだった。
 手摘み無農薬の自家製紅茶の開発という2人の取り組みは、全国どこを見ても前例がなく、ベンチャー魂あふれるとても刺激的な挑戦だ。しかしそれは、現状としてある程度軌道に乗ったから言える話で、失敗すれば誰からも見向きされず、ドンキホーテよろしく笑いものの種になるのが関の山だ。売れ行きが鈍ければ功を急いで妥協が始まり、少しでも売りやすいものへ、少しでも利益を確保できる方法へと手を伸ばしがちになるものだが、そこは2人の本物志向が許さない。世の中に迎合するのが嫌いな、あるいは苦手な2人にとって、少々の逆風は心地よいそよ風程度にしか感じられないのだろうか。それとも逆境時こそ、農家のDNAを引き継いだ耐力が発揮されるのか。いずれにせよ信念を貫くには胆力がいる。



トレードマークの赤いつなぎ。背中には「上等紅茶」の刺しゅう入り






text:冨井穣



              ★沖縄観光の旅行雑誌を作る会社が素顔の沖縄を紹介するサイト

最新の画像もっと見る

コメントを投稿