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「シリーズ激動の昭和~あの戦争は何だったのか」の感想

2008-12-27 15:14:56 | 雑談
TBS系列で24日に放映された「シリーズ激動の昭和~あの戦争は何だったのか」をようやく見終わった。

ビートたけし扮する東条英機を昭和天皇に対する忠義の人として描いていたが、そのとおりであると思う。一昔前『昭和天皇独白録』が公表されたとき、昭和天皇が東条について悪くいわず、そのように述べていたことが強く印象に残っているからだ。

東条は陸軍を代表して近衛文麿首相に対して、中国撤兵を断固として拒否して、近衛を辞職に追いやった。しかし自ら首相に任命され、天皇から米国との交渉を続けるよう念を押されると、今度は一転して、陸軍内を抑えて、中国からの期限付き撤兵を受け入れさせ、さらには粘り強く陸海軍の対立をまとめようと忍耐していた姿が印象的であった。

最後に、徳富蘇峰が、東条を指して、単なる忠義の人間で首相の器にあらずと断罪した。確かに、まじめな官僚タイプである東条は、平時はともかく、非常の首相に要求される悪魔的な指導性はないであろう。番組では、41年11月上旬、米国との交渉方針をめぐり、陸海軍が衝突したとき、東条が辞職をするというオプションもあったのではないかと提起しているように見えた。しかし東条は、昭和天皇か
ら首相に任命されている以上、内閣を投げ出すことはできないと取りまとめに奔走した。この姿勢を彼の限界ととして描いていた。

しかしそれは酷というもので、悪魔性を発揮できる指導者が、危機にはいつもいるとは限らない。大事なときに、セクショナリズムにとらわれて決断できないという日本の問題点を見せ付けられたような気がした。

ひとつ気になることがあった。アメリカ指導者の中に、日本からの一撃を期待していて、そのように仕向けようとする傾向があったことだけが強調されていたことだ。確かにこの傾向はあったに違いないが、あまりにこれを強調すると、真珠湾はアメリカにはめられたという日本人の被害妄想を刺激する。

番組の監修に、着実な研究を積み重ねている保阪正康氏がかかわっていたと思われるので、このあたり奇妙な思いがしていた。

朝日新聞2008年11月11日に、保阪正康氏が、田母神俊雄前航空幕僚長論文をめぐって次のような指摘をしていたのを見て、合点がいった。
「米国が日本に先手を打たせたかったというのは事実だろう。だが、日本外交の失策に目をつぶって共産主義者が悪いというのはおかしい。41年4月に日米交渉が始まり、7月に日本は南部仏印に進駐。それに対して、米国は日本の在米資産凍結、石油禁輸措置を決める。政府や大本営が米国を見誤った「甘さ」の方が問題だ。日本が正しくてはめられた、などという論は無責任だ」

おそらくテレビの編集に携わったものは、保阪氏の議論のはじめの方ばかりをむやみにクローズアップさせたのであろう。
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