「いやぁ、映画って本当にいいもんですね」-。テレビの映画解説での人なつっこい決めゼリフで親しまれた映画評論家の水野晴郎(みずの・はるお、本名山下奉大=やました・ともひろ)さんが10日午後3時5分、肝不全のため東京都内の病院で死去した。76歳。岡山県出身。葬儀は密葬とし、近親者のみで行う。7月17日に、東京・品川プリンスホテルで水野さんをしのぶ会が行われる。
水野さんの弟子の映画プロデューサー、西田和昭さん(49)によると、水野さんは昨年12月に自宅で転倒し、肋骨(ろっこつ)を折って以降、体調が悪化し、入退院を繰り返していたという。4月22日に検査入院したまま、帰らぬ人となった。 水野さんは1931年7月19日生まれ。父が軍人だった水野さんは終戦後、価値観の急変にとまどっていた際、米国映画に出合ったことで、民主主義の意味を知った。以来、一気に米国映画に夢中となり、56年に20世紀フォックス映画に入社して宣伝マンになった。その後、ヘッドハンティングで日本ユナイト映画の宣伝総支配人に。
宣伝マン時代は、ノルマンディー上陸作戦を描いた大作「ザ・ロンゲスト・デー」の邦題を「史上最大の作戦」と名付けたほか、007シリーズの「ロシアより愛をこめて」を、日本初公開時の邦題として“危機一髪”ならぬ「危機一発」と造語するなど、抜群のネーミングセンスを発揮。
当時、水野さんと席を並べたあるベテラン宣伝マンは「仕事の鬼だった。休みも取らないし、趣味も映画以外にはなかったと思う。上昇志向も強かったし、それだけに宣伝マンとしては超一流だった」と振り返る。
独立した水野さんは、日本テレビ系「水曜ロードショー」(後に金曜ロードショー)の解説者として登場。映画評論家として活躍しながら、同映画枠の解説を72年から97年まで続け、その語り口や、口ひげを生やした独特の風ぼうで視聴者に親しまれた。日本アカデミー賞、日本映画批評家大賞などの発案者でもあった。
92年には映画「落陽」で山下奉文大将役で俳優に挑戦。さらに96年、原作・製作・脚本・監督・出演の5役を兼務したミステリー映画「シベリア超特急」を公開。64歳で監督デビューし話題をまいた。以後“シベ超”の愛称で続くこのシリーズ(舞台含む)はカルト的な人気を集め、水野さんは入院中も“シベ超”ファイナルの来春のクランクインを目指して脚本に手を入れていたという。
一方、水野さんは警察マニアとしても知られ、「世界の警察」などの著書もある。また、83年の参院選では新自由クラブから立候補し、落選したこともある。
(中日スポー紙面より引用)
水曜ロードショーOP他・・・
http://jp.youtube.com/watch?v=rcWogPCAoSo
金曜ロードショーOP・・・
http://jp.youtube.com/watch?v=XHQy2hq9gtQ&feature=related
月曜ロードショーOP・・・
http://jp.youtube.com/watch?v=wz7vh1ER294&feature=related
ゴールデン洋画劇場OP・・・
http://jp.youtube.com/watch?v=Y2HKst5_FF0&feature=related
子供の頃、テレビの番組を録画する機械など無かった。映画もロードショーで観損ねると、二番館で二本立てで観るか、テレビの「洋画劇場」で観るしかなかった。
月曜ロードショー(TBS)・・・荻昌弘
水曜ロードショー(日本テレビ)・・・水野晴郎
ゴールデン洋画劇場(フジテレビ)・・・高島忠夫(金曜日)
土曜映画劇場(NET・・・現在の、テレビ朝日)・・・増田貴光(※後述)
日曜洋画劇場(NET)・・・淀川長治
土曜映画劇場で観た「荒野の七人」、水曜ロードショーで観た「風と共に去りぬ」。忘れられない。良き時代だった。「不便」という「とっても大切なもの」があった。
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時は1938年、満州とモスクワをつなぐシベリア鉄道を走る列車内で起きる連続殺人事件に、たまたま列車にいあわせた陸軍大将・山下泰文が、真相を解くべく推理を開始していく…。
映画評論家・水野晴郎が監督・主演を務めたミステリ映画…なのだが、陳腐極まりないドラマ展開、とても走っているようには思えない列車のセット撮影、さらには頭の中がウニになってしまうようなクライマックスのどんでんかえしなどなど、どこを切ってもとにかくひどい。
しかし、そのひどさがかえって評判になってしまい、今や世紀末日本を代表するカルト映画になってしまった珍作中の珍作。まるで日本のエド・ウッドと化してしまった水野晴郎は、映画の可能性というものを、別な意味で押し広げてくれた功労者といえるかもしれない?(的田也寸志)
内容(「DVD NAVIGATOR」データベースより)
映画評論家・水野晴郎の長年の夢だった映画監督デビュー作。1938年、モスクワ~満州間を走るシベリア鉄道の列車内で起こる連続殺人事件を描くサスペンスミステリー。水野扮する陸軍大将が事件解決に活躍する。豪華特典DVDと2枚組セットで初回限定発売。
内容(「BOOK」データベースより)
素晴しき「シベ超」の世界!マイク・カットの秘密とは?『シベリア超特急』1,2,3の初歩知識から、重箱の隅的知識まで。
| 史上最大の作戦 (ベストヒット・セレクション)20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパンこのアイテムの詳細を見る |
| ロシアより愛をこめて (デジタルリマスター・バージョン)20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパンこのアイテムの詳細を見る |
増田 貴光 (ますだ たかみつ、1939年 - ) は、映画評論家。本名、増田元臣。
経歴・人物
慶應義塾大学出身。元モデルで、『メンズクラブ』に登場したこともある。やがて淀川長治に師事して映画評論家としてデビュー。
1960年代後半にNET(現・テレビ朝日)『土曜映画劇場』 の解説者として人気を得る。「またあなたとお逢いしましょう!」の決めゼリフがあった。TBS『ベルトクイズQ&Q』などの司会(こちらでも「またあなたと…」のくだりはあった)やTBSラジオ『パックインミュージック』の初代パーソナリティとしても活躍した。
『夜の虫』『こころの傷』などレコードまで出すほどの人気を持っていたが、1970年代中ごろから週刊誌にゲイスキャンダルを書き立てられるなどのトラブルが続き、1977年6月25日には『土曜映画劇場』の放映が終了。以後はほとんどテレビに出る機会がなく、遊興費にも事欠くようになり、1979年4月には東京都目黒区内の印刷所で「一件消滅書」などと題した書類[1]や警視総監国島文彦の印章や総監秘書の名刺を偽造、秘書に成りすまして川口松太郎・三益愛子夫妻に接近。汚職や殺人以外の前科なら懲罰金130万円を払えば消すことができるとの作り話を持ちかけ、川口夫妻の子息の前科を抹消してやるから金を払うようにと勧誘。しかし川口方を訪ねる直前「警視庁の者」と偽って3回も電話をかけたため川口の家人に怪しまれて警視庁富坂署に通報され、川口たちに会う前に玄関先から任意同行された。取調べの結果、署名偽造と印章偽造で逮捕され、後に実刑判決を受けて刑務所で服役した。
この不祥事のため映画評論家としては引退を余儀なくされ、現在は看護婦家政婦紹介所を営んでいる。