12月7日の朗読会で、吉屋信子の『鬼火』を読みます。
場所は千葉県市川市八幡。
ここ数年、鬼や鬼婆や辛い話ばかり読んでいるような気がします。
以前、読み聞かせの先輩に問われたことがあります。
どうして、救いようのない話ばかり読むのか?
なぜわざわざ辛くて悲しい話を選ぶのか?
その時は、うまく答えることができませんでした。
なぜなのだろうと、自分でも考えます。
ただひとつ思うのは
例えば鬼の話を読むことで
心の中の鬼を退治しようとしているのではないか、ということ
心の中に苦しみとか悲しみを抱えていたら
そこから逃げずに
架空の苦しみとか悲しみに、どっぷり浸かってみる
鬼たちは、きっと逃げていく
そういうのを、カタルシス、ともいうようですね
私は朗読することで鬼退治をする
お客さまは聴くことで
鬼退治、、、なぁんて
お手伝いができたら
嬉しいな、なぁんて
『鬼火』は鬼退治の話ではありませんが
いろんな側面から読むことのできる物語
書かれていないところを感じる物語
短編です
ぜひご一読を