うたかたの夢暮らし 睡夢山荘にて(Dream life of Siesta hut)

夢から覚めた泡沫のごときだよ、人生は・・
せめて、ごまめの歯ぎしりを聞いとくれ

連載2

2011-01-31 20:28:59 | 日記・エッセイ・コラム

異変(一)

風雨が激しかっただけに、朝もやの立ち上る入り江は平和そのものの様に感じられた。

打ち寄せる波はゆったりと揺り篭のように磯巾着や珠藻を揺らし、波に攫われる銀砂利はなだらかな波紋を残していた。

入り組んだ入り江が続き、対岸の島々が新緑に覆われ、陽が高くなるにつれて明るい藍に変化していく海の色は、南洋に続く海とは言え陽春を想わせる温かさを感じさせるものであった。

  八之進は一巡り周りを見渡すと、波打ち際の戯れる浪と砂を感じながら真っ直ぐ入り江の奥の方角へ足を向けた。

入り江の奥まった当りにいかにも貧しげな家が4、5戸肩を寄せ合うように建っている。

朝餉の支度であろう一筋のまっすぐ立ち上る煙が、凪ぎの日和を物語っているようである。

集落の中を一筋、海に注ぐ川面が光って見えた。鰡であろうか一つ二つ川面を跳ねているのは・・。

入り江の奥は豊かに清水を注ぎ込む川に続いているらしい。 近づくにつれ、その川左岸に沿って集落が見えた。

八之進は「この静かさは朝餉の時間だ」と得心したまま、この集落に足を踏み入れた。

  しかし次の瞬間、異様な臭いに八之進の足は地を蹴っていた。

「血だ…」その異様な臭いは狩りで仕留めた猪の皮を剥ぐとき、鳥を絞めた後の、あの血の臭いだった。

一番手前の藁葺き家の板戸の片側に身を寄せた、八之進は身の毛の寄立つ気味の悪さと、一瞬にして五感が研ぎ澄まされて来るのを感じていた。それは、故郷の山野で猪を追い仕留める時の緊張感に似ていたが、一方この気味の悪さは全く違うものであった。

 物音も気配も無く、血の匂いだけが強烈であった。辺りを窺いながら板戸の内側に目を移した八之進は、血溜まりの中に転がる人影を見た。 「一人いや二人だ・・。」

部屋は暗いのだが、破れた板張りから差し込む陽光が、真っ赤な血溜まりと亡骸を浮き立たせていた。

躊躇いは有ったが、意を決するように板戸の内側に身を滑り込ませた。

部屋の中は凄惨を極め、血しぶきが囲炉裏や板張り床に飛び散っていた。二体の亡骸は重なるように土間に横たわり、後を追うように手を伸ばした一人は、女であった。  もう一人は年のころ三十五、六の男である。

どちらも逃れるところを一太刀で、切り下げられたもののようであった。背中の方の首から肩まで鮮やかな刀傷である。

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