エッセイでも小説でもルポでも嘘でもなんでも書きます
無名藝人



私は、北古崎地方の独特な方言に興味がある。
しかし、北古崎あたりをレポートするテレビ番組で地元の人が話しているのを聞くか、テレビドラマでこの地方が出てきたときに役者が北古崎弁でセリフを言うのを聞くくらいで、直に聞いたことはない。
北古崎地方の方にこれを読まれると照れくさいのだが、とにかく北古崎弁で文を作ってみる。

WBCで日本の野球が世界一んなったがいは本当にえらばった。
予選から決勝まで試合が気んなってらそ、仕事がおおたごい手につかんだったる。
そうで日本がキューバをまっさらいた瞬間を見るんが、でじゃこうて、その後もスポーツニュースばっこい見とうたがん、仕事がざんびい遅れて、客から「おまゆ、だっぱじるぞ」言われて困っきゅう。

※えらばった 感動した
※おおたごい ほとんど
※まっさらいた やっつけた
※でじゃこうて うれしくて
※ざんびい ますます
※だっぱじる 縁を切る 

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かつて私が勤めていた建築関係の会社で設計をしていた清田さんは、体も痩せていて小柄だったが、人間の器もずいぶん小さい男性だった。
面倒な仕事をかかえると、すっかり心の余裕をなくしてしまい、それが片付くまで、何日間でも何週間でも、世界中の忙しさを自分ひとりで背負っているかのように、ずっとイライラして周囲に当たり散らすのである。
彼が甲高い声で「あー、くそ」とか「やめたろか、こんな仕事」とか聞こえよがしにわめいているときには近寄るのもいやだったが、仕事上どうしてもしなければならない話があって声をかけると、彼はこちらを見ようともせず、怒気を含んだ声で「そんなん、あとあと!」と無慈悲につっぱねるのだった。

まあ、それだけなら、わざわざここに書くほどのこともないのだが、そんな性格の人が女性にはやたらと優しくマメで、社内には女性が4人いたが、彼女らの誕生日に手書きのメッセージを付けたケーキをプレゼントしたりしていた。また、パートで若い女性が入ったりすると、即日、素敵な笑顔で近より「ちょっとこれ手伝ってくれへん」と他愛もない仕事を頼んで、昼休みになると「ありがとう助かった。よかったら昼食でも」と誘うあたりは、いい根性しているとも言える。

そういう二重人格のせいで、同性から嫌われているということを清田さんが知っていたかどうかは分らないが、知っていたとしても気にしなかっただろう。とにかく彼も男が嫌いなようだったから。
さいわい会社の女性たちも彼を気持の悪い人だ、あんな性格だから、いつまでも結婚できないんだと思っていたようだ。
この人、みんなから嫌われているのかと思うと、八つ当たりされても、はいはいそうですか、すいませんね、と受け流せるものだ。

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「なんや雨か。....刺身にしたろか」

最近聞いた独り言のなかで、いちばん印象に残っているのがこれです。
昼の2時ころだったでしょうか、大阪市内にある扇町公園で、私の隣のベンチを占領して昼寝をしていたホームレスと思われる男性が、急に降ってきた雨に目を覚まして、不機嫌そうに体を起こしながら漏らした言葉です。

そういえば、黒澤明監督の『用心棒』のなかで主人公の浪人(三船敏郎)が、奪われた刀の代わりに包丁を持ち、「刺身にしてやる」と言いながら敵のいる宿場町に向かうシーンがありました。

ひょっとしたらこの人は、ホームレスになる前は映画好き、なかでも三船敏郎の出演している黒澤映画にはちょっとうるさい大企業のエリートだったのかもしれません。
そして、今、ホームレスの世界に身を落としている彼を、かつていた世界とまだつなげているもの、それが三船敏郎、つまり刺身なのかもしれません。

きっとホームレスになって以来、通行人にジロジロ見られると「なに見とんねん。刺身にすんぞ、こら」、拾った段ボールがどれもカネになりそうなモノでないと「くそ、こいつらみんな刺身にしたる」、大阪市がホームレスを公園から追い出して宿泊施設に入れようとすると、「どんな施設か知らんけど、そんなもん刺身にしたら」と、毒づいてきたのでしょう。

「なんや雨か。....刺身にしたろか」

これは、雨を刺身にしてやるとか、雨というものを創造した神を刺身にしてやるとか言っているのではなく、かつての世界への未練を断ち切れない自分を刺身にしてやると言っているのでしょう。


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