エッセイでも小説でもルポでも嘘でもなんでも書きます
無名藝人




かつて私が勤めていた建築関係の会社で設計をしていた清田さんは、体も痩せていて小柄だったが、人間の器もずいぶん小さい男性だった。
面倒な仕事をかかえると、すっかり心の余裕をなくしてしまい、それが片付くまで、何日間でも何週間でも、世界中の忙しさを自分ひとりで背負っているかのように、ずっとイライラして周囲に当たり散らすのである。
彼が甲高い声で「あー、くそ」とか「やめたろか、こんな仕事」とか聞こえよがしにわめいているときには近寄るのもいやだったが、仕事上どうしてもしなければならない話があって声をかけると、彼はこちらを見ようともせず、怒気を含んだ声で「そんなん、あとあと!」と無慈悲につっぱねるのだった。

まあ、それだけなら、わざわざここに書くほどのこともないのだが、そんな性格の人が女性にはやたらと優しくマメで、社内には女性が4人いたが、彼女らの誕生日に手書きのメッセージを付けたケーキをプレゼントしたりしていた。また、パートで若い女性が入ったりすると、即日、素敵な笑顔で近より「ちょっとこれ手伝ってくれへん」と他愛もない仕事を頼んで、昼休みになると「ありがとう助かった。よかったら昼食でも」と誘うあたりは、いい根性しているとも言える。

そういう二重人格のせいで、同性から嫌われているということを清田さんが知っていたかどうかは分らないが、知っていたとしても気にしなかっただろう。とにかく彼も男が嫌いなようだったから。
さいわい会社の女性たちも彼を気持の悪い人だ、あんな性格だから、いつまでも結婚できないんだと思っていたようだ。
この人、みんなから嫌われているのかと思うと、八つ当たりされても、はいはいそうですか、すいませんね、と受け流せるものだ。

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