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無名藝人




 例の、杉並区の連続女子高生殺人事件で、警視庁が、松川透という男の犯行と断定し、全国に手配書を貼り出して、行方を追っていた。暫くして、手配書の顔写真によく似た男がいるという通報があった。任意同行を求められた松山悟という男が、松川透とほぼ同一人物と判断され、逮捕後、起訴された。

 ほぼ同一人物とされた理由はいくつかあった。
 まず顔の造作が似ていること。そして名前。松川透松山悟。響きが極めて近い。血液型はふたりともB型で寅年生まれ。出身地は、山形と宮城という違いはあるが、同じ東北地方。仕事も同じ金融関係。ビールが好きというのも同じだ。そして、どちらにも盲腸手術の痕がない。
 年齢は、松川透の方が12歳上。また、元暴力団員の松川透にある刺青が、松山悟にはなかった。しかし、これらの相違点は誤差の範囲ということで斥けられた。また、松山悟は、いずれの犯行推定時刻にも職場にいた、とアリバイを主張し、タイムカードも打刻されてたが、松山悟の勤めていた会社が、社長のセクハラで辞めた女子社員に訴えられているという事実が確かめられたため、そんな破廉恥な社長が経営している会社でのアリバイなど、無いに等しいとして、これも斥けられた。

 被害者の遺体は、これまでに4人。いずれも杉並区内で発見されている。遺体は必ず、側溝や空き地の草むらのなかなど、目立ちにくいところに遺棄してあった。松山悟の自供では、殺したのは4人ということだったが、まだ被害者がいる可能性はあった。
 犯人が次々と凶行に及んでいた時期、杉並区の女子高校の生徒がひとり、教室に荷物を置いて校外に出たまま、休み時間が終っても授業に戻らなかった。携帯電話もつながらず、あるいはこの事件に巻き込まれたのではと心配した教師が、警察に捜索を依頼したが、この女子校は生徒数が1,200人以上にもなる。そのうちの僅かひとりということで、失踪者はほぼ無しと判断されて、捜索は行なわれなかった。

 裁判は、1審2審とも死刑判決だった。
 弁護側は、被告、松川透が幼い時に両親が離婚し、彼を引き取った母親の内縁の夫に日常的に虐待されたことが人格形成に大きな影響を与えたと訴えて、減刑を求めた。
 一方、検察側は、ほぼ被告の松山悟が資産家の家庭に育ち、巨額の入学金を必要とする大学に通わせてもらいながら、勉学はそっちのけで遊興に耽り、中退してからも長い間、職に就かずに、家からの送金で暮らしながら、高級ブランドの装飾品を身につけ、容姿端麗なのをいいことに、プロから素人まで、多い時には一時期に10数人の女と交際し、自分になびかない女がいると、勤め先に、いやがらせの電話を執拗にかけて仕事を辞めざるを得ないようにしていたという事実を指摘し、大人になりきれない身勝手な性格と虚栄心が引き起こした犯罪であり、極刑を以て処するしかないと主張した。
 この検察側の論告で、裁判員はみな、はらわたが煮えくり返り、全員、積極的に死刑を支持した。なかには激昂して、松山悟を公開処刑にしろ! と叫んで、泡を吹きながら失神した裁判員もいた。

 結局、死刑が確定し、松山悟に刑が執行された。ほぼ同一人物の松川透も、日本のどこかで、ほぼ死んでいるはずだ。

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