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エッセイでも小説でもルポでも嘘でもなんでも書きます
無名藝人




 出版社から小説や自伝を出してもらうには、名のある文学賞を受賞するか、希代の凶悪少年犯罪で世間を震撼させるか、売れっ子お笑い芸人になるくらいしか方法がない。自費出版という手もあるがリスクが大きすぎる。

 そこで、どうしても本を出したい私は、紙の本は諦めて電子出版を考えていた。
 電子書籍(以下「電書」)としては、すでに2冊もマイナビから出版してもらっているが、今度はエッセイ集ではなく、書き下ろしの中編小説を出してやろうと企てていた。

 ……いきなり脱線するが、この「紙の本」、もっと垢抜けした言い方はないものだろうか。
 元来、パルプか羊皮を原材料にした冊子が本だったのに、電書の出現で、それと区別するために、こんな身も蓋もない言い方を用いなければならないというのは、まっこと遺憾である。

 同様に、携帯電話が割り込んできたせいで、「電話」で通じていたものが、「固定電話」とか「家電(いえでん)」とか呼んで区別しなければならなくなった。

 また、ギターといえば、電気がなくても音をだせるギターが「ギター」だったのに、エレキギターがはびこってしまったために、「アコースティックギター」という長ったらしい呼称をちょうだいしてしまった。あまりに長いので「アコギ」なんていう阿漕な短縮形で呼ばれることもある。

 本にしろ電話にしろギターにしろ、先達が、立てば歩めの親心、手塩にかけて育て上げた文化を、昨日今日生まれたような後発の勢力にほしいままにされるのは、いかにも業腹である。

 この無念を、水戸黄門の名で知られる徳川光圀(1628~1701)は辞世の句に込めている。

 後から来たのに 追い越され 泣くのがいやなら さあ歩け


 そんなことはどうでもいい。

 出版する際のあれやこれやは原稿が完成してから考えりゃいいさと、アルバイトの合間にちびちびと書いていたのだが、あるときから、なおざりにしていた懸案が気になり出した。

「電書は売れない」とよく言われる。
 そのためか、無料の電書がつぎつぎと出版されているような状況で、お笑い芸人でも凶悪犯でもない私が、値段をつけて本を出してもいいものかどうかを巡って、丁々発止の自問自答を繰り広げた。

 私「もし値段をつけるとすれば、いくらぐらいにしましょうか」
 僕「300円ってとこじゃない?」
 俺「そんなに高くしたら誰も買わねえよ。せいぜい100円ってとこだな」
 吾輩「百圓だとすると千部賣れれば十萬圓か。吾輩の月収位にはなる」
 拙者「ありえぬ。千部とは、貴公、乱心召されたか。百部も売れれば重畳でござろう」
 わし「もうええもうええ。どうせゼニにならんのやったら、電書で配信するよりもネットにぶちまけて、多くの人らに読んでもろた方が、なんぼかええんちゃうんか!」

 てなわけで、ブログサイトで連載することにしたのだが、ネットで公開したからといって、多くの人に読んでもらえるという保証はどこを探しても見つからない。机の中にもカバンの中にもない。

 ネット小説(オンライン小説)なんてものは、遠く20世紀の昔からあるが、私はほとんど読んだことがないし、あまり読みたいとも思わない。長文をディスプレイで、延々とスクロールしながら読むのが苦痛だからだが、なぜ苦痛なのかを考えるのは苦痛だから考えない。

 多分、これからもネット小説は読まないだろう。そんな人間がネット小説を発表しようというのだから、読んでもらえなくてもしかたがない。皆が俺の成功を邪魔しているという被害妄想に陥って世間に復讐してやろうと通り魔になる資格は、私にはない。


 ディスプレイで長文を読むのはストレスフルなので、読者に飽きずに読み続けてもらうために奸策を弄さざるを得なかった。

 35回(予定)に分けて連載することにした。ヴィジュアルを随所に挿入した。ご都合主義に徹した。整合性はいっさい無視した。とにかく奇をてらうことに力を注いだ。ま、いつもやっているようなことではあるが。

 そして、それらの努力が結実して、およそ小説とは呼べない代物を創造することに成功した。しかし小説と呼べないのなら何と呼ぶか。そこで……

 ◆にん‐ぴにん【人】

 人道に外れた行いをする者。

 ……この言葉を天麩羅(英語では 「テンプレート」)にして、「人」の「人」に「小説」を代入し、「小説非小説」というカテゴリーをでっち上げて、そこに納まり返ることにした。

 ◆しょうせつ‐ひしょうせつ【小説非小説】

 小説の道に外れた手法で書かれた小説。


 毎週、火曜と金曜にこの小説非小説をアップする予定です。このブログがアップされる時分には、第1話を読んでいただけることでありましょう。

『徒労捜査官』

 文・イラスト/永吉克之 写真素材提供/I.K.

 あらすじは紹介しません。私が書くものであれば、内容はだいたいご想像いただけるものと思います。




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