《平均年齢24歳! フレッシュな職場です!》
こんなコピーの下に、若い男性を間にはさんで若い女性ふたりが並び、ピースサインを出している写真が載っている求人サイトを眼にして、すっかり嬉しくなってしまったので、つい電話機に手が伸びた。
女性の声だった。
「お電話ありがとうございます。〇〇コーポレーションの中岡が承ります」
「あの、求人広告を見たんですけど、少しお尋ねしてもいいですかね」
「はい、どうぞ。」
「ええと、店頭で新製品のサンプルを配布する仕事と書いてあるんですけど、接客の経験がなくてもかまいませんか?」
「大丈夫です。研修期間がございますので」
「それと募集広告に、平均年齢24歳の職場、というコピーがありますけど、そのあたりの年齢が採用の条件ということなんですか?」
「いえ、別にそういうわけではございません」
「じゃ、年齢制限は設けてないんですね」
「ええ、一応設けてはおりません……が、おいくつでらっしゃいますか?」
「72です」
「少少お待ちくださいませ」
保留メロディ。
「年齢制限ございませんが、業務時間中はずっと立ちっぱなしなもので、ご高齢の方には、ちょっと負担が大きいかと」
「体力なら自信があります。この間ホノルルマラソンで完走しました」
「少少お待ちくださいませ」
保留メロディ。
「たしかに広告では謳っておりませんが、一応、30歳あたりを上限ということにさせていただいております」
「ということは、年齢制限をしてるということですよね」
「ええ、まあ職種からして、その辺が常識的な範囲ではないかということで」
「72では非常識なんですか?」
「いや、そうわけでは……少少お待ちくださいませ」
保留メロディ。
中年らしい男の声。
「お電話替わりました。確かにある程度の年齢制限はさせていただいております。ただ、法律がありましてですね、募集をするときは、採用条件に年齢を含めてはいけないことになってるんですよ。だから、求職者のかたがたにその辺りの事情を察していただくために広告には《平均年齢24歳》というコピーを入れてるわけなんです。」
「ええ、それはわかってます。だから、法律を守って年齢に関係なく採用すべきじゃないんですか?。」
「それが、そうもいかないんですよ。この仕事は接客が中心で、お客様も若い方が多いんです。スタッフのイメージが売り上げにもつながりますので、失礼ながら、ご年輩よりも若い人の方が、なんと言いますか、その、雰囲気が明るいですよね。」
「シミのいっぱい浮いた汚らしい年寄りにうろうろされると、雰囲気が暗くなると」
「それは、いくらなんでも言い過ぎじゃないですか」
「そうですか。でも、明らかに雇用対策法に違反してますよね」
「その辺りの解釈は、そちらのご自由です。……ちょっとお待ちください」
保留メロディ。
今度はずいぶん待たされた。もう切っちまおうかと思って受話器を置こうとしたら、さっきの男の声がした。部屋を移ったらしく、周囲に人の気配がない。
「おたく誰?」
「求職中の者ですけど」
「ほんとに仕事する気あんの? ただの嫌がらせなんだろ?」
「いえいえ。こんな仕事前からしたかったんですよ、ほんとに」
「あそう。いいよいいよ。じゃ面接してやるからいま来いよ。すぐ来いよ。絶対にこいよ」
電話を置いた。怒らせて本音を吐かせてやったから私の勝ちだ。どうせ全部ウソなんだから、72歳なんてケチなこと言わずに85歳くらいに言ってやればよかった。
迷惑な電話に最後までつき合ってくれただけ、この会社はましな方だった。なかには、私が話している途中で一方的に電話を切るところもあったし、威力業務妨害で訴えると脅してくるところもあった。
改正された雇用対策法は罰則規定のない無力な法律なので、それを盾にして闘うつもりはなかった。
《学生を支援!》《フリーター歓迎!》《20~30代が活躍中!》《若い仲間でいっぱいの職場!》などなど、求人サイトのコピーの無芸さにはほんとうに愉しませてもらっているが、これは企業が、年輩者の応募を水際で食い止めるためのサインで、《平均年齢24歳!》と謳ってあれば、それはせいぜい30歳くらいまでの方しか採用しませんから、応募しても履歴書がムダになるだけですよ、と警告しているのだ。
おいおい、これもそそられるじゃないか。
《先輩社員のサポートがあるから初心者でも安心!》
電話応対業務か。写真のなかで、ヘッドセットを着けてコンピューターの前に坐っている女どもの空空しい笑顔を見ていると、また電話機に手が伸びる。
年齢にも性別にも触れていないが、その笑顔が中高年求職者の脇をすり抜けて、若い女性求職者においでおいでしているのが誰にでもわかる。ここはわたしたちの花園よ。小汚いオヤジは入れないから安心してね。この広告を見て応募できるほどの根性オヤジがいるなら一度見てみたいものだわ。そう言っているのが聞こえる。
いや、安心してくれたまえ。応募する気持なんか毫もないんだから。私はちょっと話がしたいだけなんだよ。
今度は、ほんとうの年齢で勝負することにした。
「おはようございます。◯◯の吉川でございます」
よく通るきれいな声だった。こんなきれいな声の持ち主をこれから虐めるのかと思うと少し胸が痛むが、これも対外的に訓練されたものだ、同情してやることもないか。
まずは、相手に油断をさせようと、業務内容についていろいろと尋ねた。そして、頃合いを見て切り出した。
「採用条件のなかに、年齢のことが書いてないんですけど、年齢制限はないんですか?」
「はい、ございません」
「56なんですけど、かまいませんか?」
「ええ、問題はございません」
何のためらいもなく言われたので、次に用意していた手が打てず、言葉を探しているうちに、向こうでさっさと段取りを始めた。
「面接ですが、明日の午後4時ではいかがでしょうか?」
「あ、はい。ええと、そうですね。それで結構です」
攻めには強いつもりだったが、守勢に立つとこんなにも弱いとは思わなかった。
「では、明日、12月6日木曜日の午後4時から面接を行ないますので、写真つきの履歴書をご持参のうえ、10分前には受付においでいただいて、お名前をおっしゃってから、お待ちくださいませ」
応募者からの電話を受けるたびに、日時以外は一言半句にいたるまで同じことを繰り返し言っているのだろう。舌も滑らかに、歌うが如くだった。
私は、相手に誘導されるままに名前と電話番号を伝えた。
「では、お待ちしております」
こいつはひょっとして、と募集広告を見直すと、社名の次に「人材派遣会社」という表記を見つけた。しまった。ここはコールセンター専門の人材派遣会社だったんだ。挑発的な募集広告ですっかり昂奮して、ろくに読まないで電話をしてしまった。
そりゃ派遣会社なら、登録するだけだから年齢は関係ない。仕事が斡旋できなくても、派遣先の会社から年輩者はいらないと言われたから、と言えば済む。
予約してしまったので、翌日、面接に出かけて登録を済ませた。それから4年近く経つが、いまだに仕事の斡旋はない。まあ当然だろう。
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もし私が経営者の立場にいたら、特にそれが接客中心の業務だったらオヤジを雇うなんて非常識なことはしない。また、客の立場から言えば当然、若い女性に応対してもらいたい。うっとおしいオヤジと対面していられるのは6秒が限界だ。
オヤジとは何と孤独な人種であることか。
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