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黛信彦の時事ブログ

浜矩子語録(212) 欲と矩の黄金バランス

2015年11月02日 | 浜矩子語録

以下は前編に続き、妖艶なエコノミスト・浜矩子が10月31日、有楽町朝日ホール(東京都千代田区)において (財)全労済協会が主催したシンポジウム、《都市と地方の「地域活性化」~コミニュティ再生と地方再生~》に招かれ、「超高齢社会における地域社会のあり方」を演題とした基調講演の、アホノミクス関連中心語録の抄録である。

●テーマ4でございます。

ギリシャの人々にとって当てにならない通貨ユーロに対して、彼らは地域限定独自通貨で生き長らえております。

日本も、アホノミクスで財政は風前の灯でございます。 皆様はこの場に、首都圏を中心として各地からお越しいただいております。 シンポジウムが終わってお帰りになりましたら、早速、地域通貨の開発に着手したほうがよろしい.

ただし、政府に知られることなく秘密裏に行動しなければ、強くなった自衛隊が来ちゃったりしますから十分な注意が必要かと存じます。

●テーマ5の二人の賢人とは、孔子とアダムスミスです。

孔子は(70歳の心境を)「心の欲する所に従えども矩を踰えず」と言いましたが、人間70歳になると、やりたいことを思う存分やりたい放題しても、矩を超えないという話でございます。

この場にお越しの皆様の年齢構成をお聞きしましたら、70歳代の方は20・8%ということですが、この方々はすでに欲と矩の黄金バランスを達成できたという事でございます。 また、60歳代の方が27・8%ですが、この方々もあと一歩でそれを達成できる訳でして、この事が高齢社会の魅力なのです。 孔子はそういうことを教えてくれました。

ところで、経済活動は人間しかできないわけですが、人間にしかできない経済活動で人間が不幸に陥ってはなりません。

アダムスミスの道徳感情論を読み解くと、共感性を持つ者のみが真の経済活動を行うことができるということにたどり着きます。

このようなことから、孔子とアダムスミスの二人の感覚は一致しております。

人のために泣ける人、もらい泣きできる人、要するに大人の感性を持つ人にしか経済活動をさせてはならないのです。

ところで、成熟した感性の大人は三つの道具を持っております。

人の言うことに耳を傾ける耳・人のために涙する目・おしげなく差し伸べる手、でございます。

しかしながらこれらは、幼児的アホノミクスの面々や、西のほうのあの人などが持たない道具なのです。


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