音楽中心日記blog

Andy@音楽観察者が綴る音楽日記

甘い罠

2008年09月26日 | 本の感想
  
○和久井光司「『at 武道館』をつくった男 ディレクター野中と洋楽ロック黄金時代」(2008)
 野中規雄。CBSソニー~EPICソニーの名物洋楽ディレクター。チープ・トリック「at 武道館」やクラッシュ「シングルズ'77-'79」など、伝説の日本企画盤を生み出した男。そのほかにもエアロスミスやジャニス・イアン、フリオ・イグレシアスを担当し、日本で大ヒットさせた男。2008年6月にソニー・ミュージック・ダイレクトの社長というポジションで定年を迎えた男。

 そんな人物の半生記というんだから、これは間違いなくおもしろいと思うだろう。少なくとも僕はそう期待してこの本を買った。
 ところが読後感は、「…あれれ。なんだこの腰砕けな本は。」

 確かに野中が語るひとつひとつのエピソードは興味深い。かつて洋楽が「日本洋楽」として存在し、日本独自の売り方で、日本独自のヒット曲を生み出すことができた、古き良き時代の空気をにじませたエピソードばかりだ。

 しかし、それが話としてふくらんでいかない。エピソードが有機的に絡まっていかない。ブツ切りの「情報」として、まな板の上にただ並べられていくだけ。
 タイトルが「『at 武道館』をつくった男」というくらいだから、その制作秘話がたっぷり掘り起こされていくのかと思えば、そうでもない。まるで酒席での雑談のように、あまりにあっさりと話題は流れていく。

 この本がそんな薄っぺらなものになってしまったのは、(ほぼ)野中自身の発言のみをソースとして書かれているからだろうと思う。事実を語る視点がひとつしかないのだ。

 野中の周りにいた人々、あるいは彼が関わったミュージシャンやそのスタッフなど、当事者にきちんと取材をし、視点の違う発言を照らしあわせて構成してゆくことができれば、もっともっと立体的な面白さを持った本になっただろうに。 

 要するにこれは、レコード・コレクターズ誌とかによく見開き2ページで掲載されている、プロデューサーとかエンジニアなどの音楽界裏方インタビューを、ただそのまま引き延ばしただけのものなのだ。そのレベルのものを、250ページにもわたって読まされるこちらの身にもなってほしい。

 二度と現れないかもしれない最高の素材を、こんな風に料理しそこなってしまうなんて。残念だ。ほんとうに残念だ。

 
 口直しに、武道館のチープ・トリックでも聴きましょう。


 そういやなんだかしらないけど、11月に「at 武道館」の30周年記念盤が3CD+DVDで出るんだって?
 2CD+DVD(収録時間短い)に、コンサートパンフのレプリカをセットにしたやつを4月に買わせたばっかじゃねえかよ。あれ30周年記念盤じゃなかったのかよ。ひでえよ(泣)
 


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Cheap Trick の件 (E_You141)
2008-09-26 09:39:32
Cheap Trickの武道館DVDの件は腹だたしいですよねー。
前回の2CD+DVDには映像版が2曲しか収録されていなくて、「なんで出し惜しみするんだろう?」と思っていたら、やはりこういうことでしたか。
最初からDVDだけ出してくれればいいのに・・・。(3CDは要りません!)
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ブドカン。 (Andy@音楽観察者)
2008-09-26 18:45:44
ソニーの仕事にはおおむね好意的な私ですら、これはちょっとひどいなあと思いました。
この間のはいかにも中途半端なDVDでしたもんね。
まあ、再現コンサートという話題にこじつけたリリースだったんのでしょうが。

しかしなんちゅうか、過去の遺産の使い回しはこれからますます激しくなって来るんでしょうね。そんなことやっても、どんどん売り上げは先細っていくだけでしょうに。
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野中本 (zarank)
2008-09-27 01:02:06
野中本は僕も近い感想でした。基本的に野中ブログをそのまま引用して和久井氏が纏めた作りでしたが、和久井氏が例の如く自身のミュージシャン話を出しすぎるのが気になって仕方が無かったです。

チープ・トリックのパンフ付はエンハンスト・パートだった映像も綺麗に処理されてて、あれはあれで良かったと思いました。
無理にでも記念盤を出したかったのでしょうが、フルビデオの発売が決まった今となっては単純にEPIC時代のクリップ集をDVD化したら良かったのに・・・と思いますね。
何はともあれ発売が決まって良かったです。
記念にテレ東版のブートビデオで盛り上がってます。(苦笑)
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和久井本。 (Andy@音楽観察者)
2008-09-27 05:59:13
zarankさん、コメントありがとうございます。
和久井氏の「自分語り」は毎回のことですが、今回はかなり鼻につきましたね。誰の本だよ、という感じで。
きつい言い方かもしれませんが、こんな仕事をしてるから、音楽ライターってのは低く見られるんだと思います。

チープ・トリック武道館は、今回のフルDVD版がこんなに短い間隔で出なければ、それなりに喜んでいられたと思うのですが…。パンフレプリカはうれしかったですし。
まあ映像自体がフルで見られることは喜ぶべきだとは思います。

しかし日本では同じ年に「公演30周年記念盤」と「発売30周年記念盤」が出ることになったわけで、ちょっと笑えます。
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