音楽中心日記blog

Andy@音楽観察者が綴る音楽日記

ビートルズの謎

2009年01月19日 | 本の感想
  
○中山康樹「ビートルズの謎」(講談社現代新書)(2008)
 「マイルスを聴け!」で有名な中山康樹氏の本は最近やたらとリリースされているので(「氷だけで禁煙できた!」なんて本まで書いてる)、少々食傷気味になっていたのだが、これはひさびさに読んでみたくなって入手した一冊。「定説」となっている<ビートルズ伝説>を検証しなおした本だ。
 内容は以下のとおり。
第1章 レイモンド・ジョーンズは実在したか
【コラム1】《マイ・ボニー》が投げかける疑問
【コラム2】世紀のホラ吹きドラマーの嘘と真実
【コラム3】カメラマンは見た
【コラム4】『ヘルプ』ジャケットの謎解き
第2章 シタールはどこからやってきたのか
第3章 『ラバー・ソウル』vs『ペット・サウンズ』伝説の死角を検証する
【コラム5】《涙の乗車券》の謎その1:ビートルズ史から消えた女性
【コラム6】《涙の乗車券》の謎その2:12弦エレキ・ギターの魔法
第4章 "ブッチャー・カヴァー"回収騒動の真相
第5章 『リヴォルヴァー』はどうして"回転式連発銃"なのか
【コラム7】『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のジャケットにまつわる素朴な疑問
第6章 『ホワイト・アルバム』限定番号は世紀のペテンだった!?
【コラム8】スリー・ヴァージンズ?
【コラム9】なぜ《レット・イット・ビー》はビートルズよりもジャズ・ミュージシャンのヴァージョンが先行発売されたのか
第7章 映画『レット・イット・ビー』を巡る謎と推測
第8章 ビートルズ解散劇の舞台裏

 「最新の証言や資料によって定説を検証する」といっても、読む側がその「定説」を知らないとまったくおもしろくもなんともないわけで、そういう意味でマニアックな本ではある。

 しかし同時に、ほんとにハードコアなビートルマニアは、ここに書いてある「新事実」についても知っているはずなのだ。というのは、中山氏は公刊されたビートルズ関連本や雑誌などをソースに(自らの推察をまじえて)この本を書いているので。独自に関係者に取材はしていない。

 だからこの本を十分に楽しむには、初心者でもなくハードコアマニアでもない、その中間のビートルマニアである必要がある。(て、あたりまえか。新書として出版されてんだから。ハードコアマニア向けだったら商売にならんよね。)

 え、お前はどうだったかって?

 はい。お察しのとおり、十分「新事実」を満喫しましたよ。
 ブライアン・エプスタインにビートルズを教えた(とされる)レイモンド・ジョーンズが実在していて、写真まで公表されていることも、著名なセッションドラマーであるバーナード・パーディが、初期ビートルズの音源にドラムをオーヴァーダビングしたと言い張っていることも、「涙の乗車券」のイントロが、ジャッキー・デ・シャノンが書いた「ウォーク・イン・ザ・ルーム」を下敷きにしていることも、「ブッチャー・カヴァー」より先に「トランク・カヴァー」が作られていたことも知らなかったんだから。

 そして「スリー・ヴァージンズ」! これにはマジびっくりした。いったい誰なんだあれは。

 というわけで、ビートルマニアの自覚がある人はとりあえず読んでおいたほうがいいかも。自分のスキルを確認するために。


 「I've Just Seen A Face」。この曲がアメリカ盤「ラバー・ソウル」の1曲目だったことがブライアン・ウィルソン(と「ペット・サウンズ」)に与えた影響については第3章に。
 

甘い罠

2008年09月26日 | 本の感想
  
○和久井光司「『at 武道館』をつくった男 ディレクター野中と洋楽ロック黄金時代」(2008)
 野中規雄。CBSソニー~EPICソニーの名物洋楽ディレクター。チープ・トリック「at 武道館」やクラッシュ「シングルズ'77-'79」など、伝説の日本企画盤を生み出した男。そのほかにもエアロスミスやジャニス・イアン、フリオ・イグレシアスを担当し、日本で大ヒットさせた男。2008年6月にソニー・ミュージック・ダイレクトの社長というポジションで定年を迎えた男。

 そんな人物の半生記というんだから、これは間違いなくおもしろいと思うだろう。少なくとも僕はそう期待してこの本を買った。
 ところが読後感は、「…あれれ。なんだこの腰砕けな本は。」

 確かに野中が語るひとつひとつのエピソードは興味深い。かつて洋楽が「日本洋楽」として存在し、日本独自の売り方で、日本独自のヒット曲を生み出すことができた、古き良き時代の空気をにじませたエピソードばかりだ。

 しかし、それが話としてふくらんでいかない。エピソードが有機的に絡まっていかない。ブツ切りの「情報」として、まな板の上にただ並べられていくだけ。
 タイトルが「『at 武道館』をつくった男」というくらいだから、その制作秘話がたっぷり掘り起こされていくのかと思えば、そうでもない。まるで酒席での雑談のように、あまりにあっさりと話題は流れていく。

 この本がそんな薄っぺらなものになってしまったのは、(ほぼ)野中自身の発言のみをソースとして書かれているからだろうと思う。事実を語る視点がひとつしかないのだ。

 野中の周りにいた人々、あるいは彼が関わったミュージシャンやそのスタッフなど、当事者にきちんと取材をし、視点の違う発言を照らしあわせて構成してゆくことができれば、もっともっと立体的な面白さを持った本になっただろうに。 

 要するにこれは、レコード・コレクターズ誌とかによく見開き2ページで掲載されている、プロデューサーとかエンジニアなどの音楽界裏方インタビューを、ただそのまま引き延ばしただけのものなのだ。そのレベルのものを、250ページにもわたって読まされるこちらの身にもなってほしい。

 二度と現れないかもしれない最高の素材を、こんな風に料理しそこなってしまうなんて。残念だ。ほんとうに残念だ。

 
 口直しに、武道館のチープ・トリックでも聴きましょう。


 そういやなんだかしらないけど、11月に「at 武道館」の30周年記念盤が3CD+DVDで出るんだって?
 2CD+DVD(収録時間短い)に、コンサートパンフのレプリカをセットにしたやつを4月に買わせたばっかじゃねえかよ。あれ30周年記念盤じゃなかったのかよ。ひでえよ(泣)
 

ネコード

2008年09月24日 | 本の感想
  
○レコード・コレクターズ増刊「猫ジャケ 素晴らしき”ネコード”の世界」(2008)
 猫をモチーフにしたレコードジャケットを、100ページ以上にわたり掲載したムック。しかもオールカラー。猫好きでレコ好きな人間にはたまらん本でした。

 各猫ジャケは、「ひとり猫」「なかよし猫」「美女と猫」「紳士と猫」「絵になる猫」というジャンル(?)に分類されて掲載され、その間に、スピッツ「名前をつけてやる」撮影秘話や、遠藤賢司(ほとんどのアルバムに猫をモチーフにした曲を収録している)、畠山美由紀(ソロアルバムのジャケで愛猫と仲睦まじい姿を披露)のインタビュー記事を収録してあります。
 
 子供のころから今に至るまで猫を飼い続け、猫に関する曲を書き、歌い続けてきたエンケン氏のインタビューは含蓄のある発言満載でしたし、結婚相手が猫アレルギーであるため、今は愛猫と一緒に暮らすことができなくなった、という畠山嬢のエピソードには深く深く同情してしまいました。

 以下、掲載ジャケの中から特に気に入ったものを紹介します。ちょっと重いかもしれませんがご勘弁を。



 「ひとり猫」コーナーではこれが一番好き。「猫歌手Tannaさんが友人たちと共に自慢の喉を披露」だって。聞いてみたい。



 「なかよし猫」ではこれ。二匹の表情のコントラストがたまりません。昭和40年代にこういう子供向けレコード、いろいろあったよなあ。

 

 「美女と猫」コーナーでは、この2枚の並びぐあいに負けました。左のはうちの猫そっくりだし。



 「紳士と猫」コーナーの、この見開きもインパクトあり。ザッパとエンケン。日米巨匠猫対決。



 でも「紳士とネコ」コーナーで一枚、となるとこれ。ロキシー・ミュージックのサックス奏者アンディ・マッケイのソロ。仔猫の愛らしさがなんともいえず。



 「絵になる猫」コーナーのイラスト猫ではこれが最高。「ヒゲが一本もないのに、肉球などどこにもないのに、ものすごい"猫感"が伝わってくるジャケットだ」というキャプションに激しく同意。楽しげな表情もいいですね。


 あー堪能した。でも、うちの猫たちに会いたくなってしまったよ……。
 

盗作の文学史

2008年09月08日 | 本の感想
  
○栗原裕一郎「<盗作>の文学史」(2008)
 音楽にはぜんぜん関係ない本だけど、とてもおもしろかったのでご紹介。どんな本かというと…

剽窃は文化である。――ん?
つくづく人間(作家)は面白い。盗作、パクリ、剽窃、無断引用、著作権侵害、作家のモラル……をめぐって繰り広げられたドタバタ(悲喜劇)を博捜し、事件としてでっち上げられる過程を冷静に考察した"盗作大全"
すべての作家、作家志望者、文学愛好家必読必携の書(帯より引用)

 日本の近代文学が誕生した明治時代から現在までの、文芸分野における「盗作事件」を徹底的に集め検証した、492ページにわたる大著である。
 各々の記述は、事件が発生した時の報道記事や関係資料に可能な限りあたったうえでまとめられている。たいへんな労作だと思う。大著であっても難解ではなく、むしろ非常にわかりやすいし、興味深い記述と考察の連続であった。
 具体的な内容については、出版元のサイトに目次が掲載されているのでそちらをどうぞ。これです。(※PDFファイル)

 以下、本の内容とあまり関係ない個人的な感想。

 立松和平「光の雨」は、坂口弘「あさま山荘1972」の記述を使ったことで問題になったわけだけど、現在進行中の山本直樹のマンガ「レッド」は大丈夫なんだろうか。あのマンガは、坂口弘や永田洋子、植垣康博といった連合赤軍事件関係者の手記に出てくるシーンとセリフをかなり忠実に拾い出し、再構成して作られているのだが…。表現そのままでなく、情景として取り入れているからいいのかな?
 あれが問題になるようだと、「レッド」の完成を楽しみにしている人間(俺)としてはたいへん困ることになる。

 井伏鱒二「黒い雨」盗作疑惑論争に主要人物として登場するお方の一人には、以前やっていた仕事でちょっとだけ関わったことがある。少々ファナティックなところのある人だった。その業界の関係者が集まっている場で、その場での議題にまったく関係ない案件に関する自分の意見を訴え始めたり。
 あんなやり方では、たとえまっとうなことを言っていたとしても、誰も耳を傾けなくなってしまうだろうと思った。

 それにしても、文芸の世界はシビアというか、「盗作」と指摘されることで、作家生命を脅かされたりするんだね。ポップミュージックの世界では剽窃、パクリなんてあたりまえのように存在しているのに。(以前書いたこのテキスト参照)
 だいたい「国民的バンド」と呼ばれるグループの代表曲が、海外アーティストの曲をベースに作られていても、だれも文句言わないわけですから↓

 ▼You Taught Me How To Speak in Love - Marlena Shaw



(追記)
 著者のブログによれば、この本に対して、とある文芸評論家から見当違いの批判を受けたらしい。
 で、これに見事に反論しているのがまたまた痛快。
 当の批判がいかに見当違いなものかを知るためにも、また、この本が書かれた意図を再確認するためにも、本書を読み終わってからこの反論を読むといいと思う。CDのボーナストラックを聴くような気分で。

ジャップロック サンプラー

2008年08月10日 | 本の感想
  
○ジュリアン・コープ著「ジャップロック サンプラー -戦後、日本人がどのようにして独自の音楽を模索してきたか-」
 セイント・ジュリアンが書いた日本ロック黎明期の研究書。
 これ、かなり困った本でした。いろんな意味で。

 いきなり黒船来航(!)から第1章が始まっているんだけど、そこから近代日本の歴史をたどって日本ロックの原型といえるグループ・サウンズの時代に到る記述が、もうなんていうかむずがゆい。生理的にダメだ、とネットで感想を書いていた人がいたが、それもうなずける書きぶり。

 そして事実関係の誤認がかなり多い。名前や地名などの固有名詞の読み違いならまだしも、加山雄三の映画「若大将」シリーズを、「若い将軍」が活躍する時代劇だと思っていたり(だから「エレキの若大将」は、ショーグンがライバルとギターバトルをする映画ということになる)、永島慎二のマンガ「フーテン」が映画化されて「男はつらいよ(フーテンの寅さん)」になり、映画を観た青少年がフーテンに憧れ続々と家出をした、てな記述に遭遇するともう笑うしかない。

 この翻訳版には詳細な脚注が付けられて、律儀に事実関係の誤りを訂正してあるのだが、それがまたなんともストレンジなおかしさを醸し出している。小林信彦がW.C.フラナガンになって書いた「素晴らしい日本野球」「ちはやふる奥の細道」を思い出してしまったよ。
 
 で、肝心の日本ロック黎明期に関する記述の方はどうかというと、こっちも同様に事実関係の間違いが多いようだ。 
 しかも、著者独自の論理・歴史展開の肝になる部分に誤りが多いのだから困ってしまう。ジョー山中がロックミュージカル「ヘアー」に出演していたことから人脈が広がっていったことになっていたり(実際は出演していない)、ポリドールのディレクターだった折田育造氏が、ありとあらゆる重要な和製ロックアルバムの制作に関わったことになっていたり。(これについては折田氏本人が、日本版巻末のインタビューで明確に否定している。)
 とあるアルバムについての記述では、事実関係を無視して、まるまる妄想と思い込みに基づいて書かれていたりもする。

 本の帯に「日本ロック創成期の空白を埋める奇書、遂に邦訳!」とあるんだけど、そのとおり「奇書」だな、これは。いったい聖ジュリアン氏は、どこからこれだけの情報を引っ張ってきたんだろう。

 しかし。しかしである。それでもこの本を読んでいると、ここに紹介されている日本ロック初期の「音」を、どうしようもなく聴きたくなってしまうのだ。著者の極端に熱を帯びた書きぶりにひきずられるように。
 これまであまり興味を持たずにきたジャンルなんだけど、このあたりの音源を求めて、今後中古盤屋めぐりをしそうな予感が。これまた非常に困るんだが。

 それにしても、この本をそのまま翻訳だけしてポンと投げ出さずに、くどいくらい詳細な訂正脚注を付けたり、事実関係を確認するために折田育造氏にインタビューをしたり、解説がわりに近田春夫とマーティ・フリードマンの対談を掲載するなどして日本版を編集した白夜書房は偉い。えらいね。
 その労に報いるためにも、本屋でみかけたら一度は手にとってあげてください。ぜひ。


 ジュリアン・コープの日本ロックベストワン。フラワー・トラベリン・バンドの「SATORI」。バトルズ「アトラス」はこれのパクりかも。