音楽中心日記blog
Andy@音楽観察者が綴る音楽日記
 

Relay  


 

 この↑写真、いいですね。
 ミニチュアのギターといい、ピート・タウンゼントにサインしてもらうのを待つ少年の表情といい、手書きっぽいザ・フーTシャツといい。

 昨夜行われた日本最終公演のオーディエンス録音音源が、早くも音源トレードサイトにアップされてました。YouTubeには、今回の日本ツアーの映像があれこれあがってますし。いや凄い時代になったもんだ…。

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 今回のザ・フー来日公演に関しては、多くの感想・レビューがネット上にあがっているわけだけれども、その中で特に自分の心に残ったものをクリップしておく。

 ▼The Who in Osaka(ROCK? or NOT!)

 ▼The Who@横浜アリーナ(子供騙しの猿仕事日記)

 ▼The Muffs' Fanpage In Japan 2008-11-15

 ▼The Who @さいたまスーパーアリーナ(golgo139:用件を聞こう……。)

 ▼The Who 武道館公演を観てきた(what's my scene? ver.7.2)

 ▼THE WHO (LIVE at 日本武道館)(1/2 FULL)

 そしてもちろん、常に最速で情報を提供してくれる「THE WHO 来日記念 ダイアリー」も。お世話になりました。


 武道館ではこれ↓やったらしいじゃねえの。ズルいよ。


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 昨日は30年分の怨念と鬱屈と偏見に満ちた文章を書いてしまった。少々後悔している。が、深く考えないことにする。

 このエントリでは、大阪公演の現場の状況や、細かい感想をメモ的に記録していこうと思う。あとから見返したときに、その場の雰囲気を思い出せるように。

・当日は素晴らしい天気だった。日中はとても暖かく、日が落ちる前の時間に会場前でのんびりとひなたぼっこをしているのはとても気持ちがよかった。
公式グッズは、開場一時間ほど前に会場横のテントで売り出された。自分はTシャツ三種類と、ツアープログラムとキーチェーンを買った。かなりの散財。一番人気はトートバッグだったらしく、唯一、開場前に売り切れになっていた。
・ちなみに違法グッズ屋は、帰りに大阪城公園駅そばに二つ屋台が出ていたのを見た。しょぼいね。ストーンズの時とは比べ物にならん。なにも買わず。
・予定通り午後6時に開場。すんなり入場できた。まず自分の席を確認に行く。アリーナ38列54番。ウドーの先行予約で買ってもこんなもんだ。ステージからちょっと遠い感じはするけど、ストーンズのときに比べれば上等。少なくとも、ステージでメンバーがなにをやっているか、肉眼できちんと見える距離だったから。
・入場した直後はアリーナに人が少なかったので、ステージのまん前までとことこ歩いていって、機材や楽器なんかを観察していた。ステージ自体はそれほど広くはないし、簡素な作りだ。でも、ここにピートとロジャーが立つのか、と思うとちょっとぐっときた。
・自分の席に戻って左横を見たら、少し向こうにPAを操作するエリアがあった。で、またとことこ歩いていって、じろじろと機材を眺めていた。ノートPCがずらりと並んでいた。コンピュータは必須なんだね、今は。あとでツアープログラムに掲載されていたスタッフ一覧を見たら、「Sound Consultant」という肩書でボブ・プリデンの名前があってびっくりした。いまだにツアーに同行してるのか。
・また自席に戻って、ぼんやりと観客を眺めていた。男が圧倒的に多い。平日ということで、仕事帰りらしきスーツの人々もけっこういる。ザ・フーのTシャツを着込んでいる人も多いね、と思っていたら、目の前を「Pictures of Lily」と書かれた赤色Tシャツを着た女の子が歩いていった。あの歌の内容を知ったうえで着ているのだとしたら、すごいなあと思った。
・このホールは最大16000人を収容できるそうだが、実際にはどれくらいが見に来ていたのだろう。開演直前には座席は9割方埋まっているように見えたんだけども。
・演奏は、定刻より少し遅れて7時10分くらいに始まったと思う。音の鮮烈さに驚く。迫力があってクリアで、かつキレもいいサウンドだ。またまたストーンズとの比較になってしまうが、名古屋ドームや大阪ドームの音響のひどさに比べると雲泥の差だった。
・それでもPAに関するトラブルはちょこちょことあったらしく、ロジャーとピートの間でこんな↓やりとりも見られた。(mixiのThe Whoコミュからの転載)
ロジャーが、ババの歌い出し?だったかな?で、なんか今一、歌の外音が出なかった時に、さんざんピノとかサイモンとかに、「今、出なかったよね?」みたいに訴えかけた。その後にMCで、「PAの調子が悪いので、セッティングする時間をくれ。」と、言った。それにPeteがカチンと来たみたいで、「ホールを一から建設し直すところから始めないといけないなぁ。で、その様子をフィルムに撮るんだ。新しいホールには、真ん中に穴が空いているんだ。穴の向こう側に立っている男が、反対側に立っている男を指さして、お前は何やってんだ!って言う。」てな感じで、Rogerに当て付けた怒りの一人芝居をやり出した。そして、「英語が通じないから、仕方ねぇや!」って、一人芝居を止めた。
・タウンゼントって人はなにかと難しい人だと思った。登場後のMCで「ヨーコハマ!」「トーキオ!」とかボケかましてたけど、ぜんぜんうけてなかった。でもコード・カッティングは最高だった。
・ピートが演奏の途中でギターを取り換えるシーンがあったけれど、あれは予定通りなの?それとも弦でも切ったのだろうか。
・ロジャーのヴォーカルに関しては、往年の力強さは望むべくもないものの、がんばっていたと思う。だから俺の後ろで「やっぱ声でてへんな~」と大声で言うのはやめてほしかった。思っても黙っててよ。
・ザック・スターキーのドラムは、演奏のテンションをあげるために必要不可欠なものだったが、ピノ・パラディーノのベースは正直地味すぎる。そこまで遠慮しなくてもいいじゃないかと思うくらい。見せ場は「マイ・ジェネレーション」のソロ1か所だけだった。
・メンバーの頭上にはスクリーンがあって、曲にあわせて映像が流されていた。すべて事前に用意された映像で、演奏するメンバーは映らない。「愛の支配」では映画「さらば青春の光」からの抜粋が流れたり、「グッド・ルッキン・ボーイ」ではエルヴィスを映したフィルムだったり。でも、同じものがエンドレスに繰り返し流されるので見ているうちにちょっと飽きてきた。
・ラストの方で、ピートとロジャーが抱擁しあうシーンが何回かあったけど、あれは単なるお約束だよね?
・それにしても、公式サイトのセットリストは笑える。「Baba Osaka」だってさ。オヤジギャグかい。「My Generation」は「My Japan-Nation」だし。「Sayonara Sister Disco」てのもいいね。

ひとまずここまで。またなにか思い出したら追加するかも。

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 11/13(木)、大阪城ホールでザ・フー来日公演初日を観た。

 以前にも書いたことがあるけれど、ザ・フーは、自分にとって最も大切なバンドだ。中学1年の時に初めて彼らの音楽を聴いてから30年間、それはまったく変わらない。

 1970年代終わりの日本の地方都市において、「ザ・フーが一番好きなバンドだ」と言うことは、「自分は変わりものである」と宣言することに等しかった。
 中学や高校の同級生たちの八割は、音楽といえば歌謡曲やニューミュージックしか聴いてなくて、洋楽なんてものを夢中になって聴いているのは少数派に過ぎなかった。そして、ザ・フーが好きなんていう奴は、その少数派の中のさらに少数派だった。悲しいくらいに。

 たしかに音楽雑誌で「ロック名盤100選」なんて特集があると、「トミー」「ライヴ・アット・リーズ」「フーズ・ネクスト」のどれかは必ず入っていたけれど、実際にそのレコードを所有し愛聴していた人たちは、いったいどれくらいいたのだろう?

 不世出のドラマー、キース・ムーンを失った後も、ザ・フーは活動を継続した。しかし最後には「IT'S HARD」(しんどいよ)というタイトルのアルバムをリリースして'82年に解散した。もちろん残念だったし悲しかったけれど、ザ・フーらしい(というかピート・タウンゼントらしい)終わり方だと思った。すべてのものはいつか必ず終わる。

 ところが彼らは再結成した。やれ20周年だ、25周年だとかなんとか理由をつけて。なんとも居心地が悪かった。あんたら「イッツ・ハード」って言ってたんじゃなかったのかよ。

 それでもオリジナルアルバムをリリースするならまだ再結成の意義はあると思った。
 しかし、彼らはアルバムも出さずにツアーばかりをするバンドになってしまった。ただのナツメロバンドになってしまったんだろう、と悲しかった。ヴェンチャーズとかと同じだ。メンバーの中に、どうしても金を稼がねばならない人がいるとの噂も聞いた。

 そんな中、90年代に入ると、ザ・フーは日本でも再評価されだした。たしか「ライヴ・アット・リーズ」のリマスター拡大版や、30周年ボックスがリリースされたことがきっかけになったのだと思う。とつぜん若い世代が「ザ・フーがかっこいい」「すごいバンドだ」と言い出した。これもとても居心地が悪かった。これまでずっと無視されてきたのにそんなはずはない、きっと誰かが俺を騙そうとしているんだ。そんな妄想すら抱いた。 

 その後、フーはコンスタントにツアーを行うようになった。ところがそんなとき、ジョン・エントウィッスルが急死する。キース・ムーン亡きあと、ピート、ロジャー、ジョンで保ってきた三角形がついに崩れた。多角形でなくなったザ・フー。それはもうフーと呼べないのではないか、と思った。
 
 そんな状況で2004年、彼らは初めて日本でライヴを行った。観にいかなかった。太ってハゲてしまったピート・タウンゼント。声の出ないロジャー・ダルトリー。もうジョン・エントウィッスルはいない。そんなバンドに、自分が大切にしてきたものを壊されてしまうのが怖かったからだ。

 しかし、来日公演を観た人はだれもがザ・フーは素晴らしかったと言う。混乱と後悔と嘆息。やっぱり観にいくべきだったのだろうか。 
 
 2006年に24年ぶりのアルバム「エンドレス・ワイヤー」が出た。往年の輝きはずいぶん翳ってしまったけれど、ザ・フーであろうとする強い意志をその作品から感じた。

 そして今年になって、初の単独来日公演が行われるとのアナウンスがなされた。迷った末に、今度は観にいくことに決めた。もうこれ以上後悔したくない。どうせ後悔するなら、観てからした方がいい。

 初めて生で見るフーの演奏は素晴らしかった。想像していたものに近かったといえば近かったが、想像を超えていたところもたくさんあった。2時間弱があっという間に過ぎた。自分の席がステージから遠いなんてことはほとんど気にならなかった。ピートは「Too old to jump」と言ってジャンプはしなかったけれど、腕はぶんぶん振りまわしていた。攻撃的なギタープレイだった。ついでに機嫌も悪そうだった。ロジャーの声は万全ではなかったかもしれないが、要所要所、しめるところはきちんとしめていた。ザック・スターキーのドラムスは凄まじかった。ピノとサイモンとラビットはひたすら地味だった。
 ライヴが終わって数十時間経った今も、気分は静かに高揚したままでいる。

 「エンドレス・ワイヤー」収録曲「フラグメンツ」のイントロが鳴りだしたときに、「ババ・オライリー」が始まったと勘違いした客がずいぶんいた。勘違いの歓声と手拍子は知らぬ間に消えていった。ピートが「エミネンス・フロント」を熱演していたときの、オーディエンスの反応の鈍さといったらなかった。ああやっぱりそうだったんだね。あんたらザ・フーが好きだとかいっても、「フーズ・ネクスト」とベスト盤しか聞いてないんだろ。安心したよ。

 最後の最後に、ピートとロジャー二人だけで「ティー・アンド・シアター」が演奏された。「エンドレス・ワイヤー」の最終曲だ。「キッズ・アー・オールライト」とか「マジック・バス」でもやった方が確実に盛り上がるはずなのに、なぜこの(一見)地味な曲が最後に演奏されたのか。その意味をよく考え、かみしめるべきだと思う。

 ライヴから帰ってきてからずっと、「エンドレス・ワイヤー」ばかりを繰り返し聴いている。今まで見えなかったことが見えてきたような気がする。

▼2008.11.13 Osaka Castle Hall, Osaka, Japan
 01. I Can't Explain
 02. The Seeker
 03. Relay
 04. Fragments
 05. Who Are You
 06. Behind Blue Eyes
 07. Real Good Looking Boy
 08. Sister Disco
 09. Baba O'Riley
 10. Eminence Front
 11. 5:15
 12. Love, Reign O'er Me
 13. Won't Get Fooled Again
 14. My Generation
  (encore)
 15. Pinball Wizard
 16. Amazing Journey
 17. Sparks
 18. See Me, Feel Me  
 19. Tea & Theatre

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