むらぎものロココ

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オルランドゥス・ラッスス

2005-06-13 23:31:22 | 音楽史
lassus_05ORLANDUS LASSUS
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Peter Phillips
THE TALLIS SCHOLARS

オルランドゥス・ラッスス(1532-1594)には、少年の頃、あまりに声が美しかったせいで、3回も誘拐されたという逸話がある。彼は少年の頃からイタリアに行き、長く滞在していた。そのため、オルランド・ディ・ラッソとイタリア名で呼ばれることもある。1556年からはミュンヘンの宮廷で活動するようになり、1563年には宮廷楽長の要職に就く。

ラッススは宗教曲、世俗曲問わず、当時のあらゆるジャンルにわたって膨大な量の作品を残しており、その数は2000を超えると言われる。彼は通模倣様式を継承しただけでなく、ヴェネチア楽派の複合唱や言葉と音楽が緊密に結びついた音画法、ジェズアルドを想起させる半音階なども取り入れた劇的な表現へ向かったが、フランドル楽派の最後の巨匠はルネサンス最後の巨匠でもあり、やがてバロックへと至る音楽の転換期のさなかにいた。
この超人的な音楽家も60歳を過ぎた頃には鬱状態になり、その才能も枯渇したかに見えたが、最後に「聖ペテロの涙」を作曲する。これは教会音楽と世俗音楽であるマドリガーレを統合した「宗教的連作マドリガーレ」であった。

タリス・スコラーズの演奏による「ミサ・オスクレトゥル・メ」は複合唱によるミサ曲であり、そのダイナミズムと美しさにはただただ圧倒される。