むらぎものロココ

見たもの、聴いたもの、読んだものの記録

プッサンをやりなおす

2005-07-30 13:02:33 | アート・文化
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Nicolas Poussin
「フォーキオンの葬い」1648
Les Funerailles de Phocion


「世界がいかにあるかが神秘なのではない。世界があるという、その事実が神秘なのだ」
(ウィトゲンシュタイン「論理哲学論考」)

フィリップ・ソレルスは「プッサンを読む」のなかで、プッサンの絵が書物と同じように読むことができ、そこでは構文や単語は形体や色彩に置き換えられていると言った。また、プッサンの絵は韻文であり修辞学上の教えであるとして、ソレルスはプッサンの絵の構造の中に緊密な構成(自然のなかからわれわれの精神の数学をえらびとり、自然に則ってそれを整理する)を認めるが、一見自然に見えるプッサンの絵のなかに奇妙さを発見する。

明確な部分と異常な総和。

「プッサンはローマ時代の舞台装置のなかにギリシャの物語を描き、あるいは真新しい屍骸とすでに腐爛した屍骸-緑と灰色の-を描き混ぜる。樹木を描くのに彼は季節の混在、たとえば春と秋の混在をおそれず、ここにいたって彼の常にかわらぬ固定観念があるえらばれた空間のさまざまな時代を同一の作品のなかに描きこむことにあったということが明示される」

これら部分は共存するのではなく、継起的に存在する。プッサンは空間に時間を導入すること、あるいは時間を空間的に表現することにおいて、実は絵画そのものを危険にさらしていた。古典主義様式による外見の自然さによって、あるいは物語や標題という言語によって、部分が多方向に拡散してしまうことがないように統合し拘束したはずのプッサンの画面を改めて眺めてみれば、そこから逃れていく、何とも言いようのないものが現れる。それを抑圧を逃れるフレンホーフェル的なものの噴出といってもいいだろう。

こうしてソレルスはプッサンの絵画について次のように記す。

「僕たちがここにもっているのはまさしく非常に意味深い文章(テクスト)なのだ。ただその文章(テクスト)には、意味がひとつに限られているのではなく、いくつもの方向から近づくことができ、いいかえればその厳密さにもかかわらず、(あるいはそれゆえに)結局はもっと茫漠とした未知の意味のなかでゆれ動き、消え去ってしまう文章(テクスト)なのである」

また、ソレルスは創造の過程を次のように図式的に示す。
全体的明証(第一印象)-ずれ(断片化、論理、分離、解読)-説明不可能な、あるいは説明を超越した特定の明証(神秘)

明晰・明証的であればあるほど、厳密であればあるほど、それと同程度の神秘を生み出す。世界がただあるという明証的なことがらこそが神秘であり、そのことへの驚きが絵画へとひとを誘惑する。

絶対知が非知へと転じたところで、プッサンは「なにを描くか知らなかったかのように描き、なにを彩るか知らなかったかのように彩り、なにを構成するか知らなかったかのように構成する」画家として、つまり、セザンヌの先駆者としての相貌を見せる。セザンヌは「自然を通じ、感覚を通じて古典主義に戻りたい」と言った。それは「自然に即してプッサンをやりなおす」ということだった。

→フリップ・ソレルス「プッサンを読む」(フィリップ・ソレルス「公園」新潮社所収)
→松浦寿夫「イコノポリティーク」(現代思想1984年3月号「美術と哲学の対話」所収)



セザンヌかく語りき

2005-07-26 21:19:01 | アート・文化
sainte-victoire
 
Paul Cezanne
「ローヴから見たサント=ヴィクトワール山」1904-1906
La montagne Sainte-Victoire, vue des Lauves


エミール・ベルナールは記す。

「一夕、バルザックの『知られざる傑作』とその主人公フレンホーフェルの話が出た時、突然翁は立上がり前に進んで、黙ったまま人さし指で己れの胸を叩いて見せた。その容子は小説中の人物そのままを見せられる心地がした。翁は烈しく感動して、眼に一杯泪をためて居られた。」
(エミール・ベルナール「回想するセザンヌ」岩波文庫)


セザンヌはジョアシャン・ガスケを相手に語る。まるでフレンホーフェルのように。

「現実の全体をそのまま欲しい……。それでないと(……)私の頭のなかには先入見となった型があり、真実をその上に当てはめて記すことになってしまう……。そうではなく、私は私自身を真実の上に当てはめて写したいのだ。」

「にせ絵描きは、この木、あなたの顔、この犬を見ない。木というもの、顔というもの、犬というものを見るだけだ。彼らは何も見ていない。同じものは何ひとつないのに。彼らには、ぼんやりとした定まったタイプのようなものがあり、彼らはそれを互いにやりとりし、それがいつも、彼らの眼-眼など持っているのだろうか-とモデルの間に漂っている。」

「自然にならって絵を描くことは、対象を描き写すことではない。感覚を実現することなのだ。」

「物はそれぞれ互いに浸透し合う……。それらは生きるのをやめない。物たちは、内密な輝きで周囲にわずかずつ広がっていく。われわれが眼差しと言葉でそうするように。」

「自然は表面にはない。深さにある。色彩は表面にありながら深さの表現である。色彩は世界の根から立ち昇ってくる。世界の生命であり、思想の生命である。デッサンはというと、それはまったくの抽象なのだ。それゆえに、デッサンはけっして色彩と分けられない。」

「世界の脈絡のない倫理。それは、もしかすると世界がもう一度太陽になろうと費やしている努力なのだ。」

「いたるところで一本の線がひとつの色調を囲み、虜にしている。わたしはそれらを解放したい。」

「魂や眼差しの輝き、表に現れた神秘、大地と太陽のあいだの、理想と現実のあいだのやりとり、色彩! 彩られた大気の論理が一挙に影や頑健な幾何学に取って代わる。」

「私が夢見るようないい絵には統一がある。そこではもうデッサンと色彩は分けられない。色を塗るにつれてデッサンされていく。色彩が調和すればするほど、デッサンは精確になる。色彩が豊かになれば、形態は充実する。色調の対象、その関係、そこにデッサンと肉付けの秘密がある……。あと肝腎なものは、詩なのだ。」

以上は山梨俊夫編・訳「セザンヌ 絶対の探求者」(二玄社)による。



ニコラ・プッサン

2005-07-18 13:52:16 | アート・文化
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Nicolas Poussin
「ニンフとサテュロス」1627
Nymphe endormie surprise par des satyres



バロック。規範からの逸脱。境界線の横断。それは絵画空間と現実空間を区別しない。
ベラスケスの「侍女たち」を見てみよう。それは、ゴダールの映画「勝手にしやがれ」でジャン=ポール・べルモンドがふいに観客の方に向かって語りかけたように見る者を巻き込むだろう。

ニコラ・プッサンは、1624年にイタリアに渡った。最初はバロック風の絵画を描いていたが、古代の彫刻や建築、あるいはレオナルドの「絵画論」やラファエロの絵画に学び、色彩やタッチといった感覚的なものよりも正確なデッサンと明快で秩序だった構図といった理知的なものを重視した厳格な古典様式を完成に導いた。
その過程は、ラシーヌが言葉によって身体を抑圧したように、自らの狂おしい欲望を古典的な描線と構図によって封じ込めたかのようだ。カオスの秩序化によって永遠の真理を見い出す?しかし、それがすでに手なずけたものとの戯れでしかないとしたら?あるいは、プッサンに隠されたバロック性をこそ、彼の本質であるとすること。これは?

たとえばニンフの下腹部に当てられている薄い布をめくり、にんまりとした表情を浮かべているサチュロスを見てみよう。
しかし、ニンフの無防備な肢体は、そうされることをあらかじめ知っていたかのようだ。そこでは侵犯は擬態でしかなく、隠されたものにこそ真理を見い出そうとするドラマは、あらかじめ決定された戯れでしかなくなっている。どこまで引き剥がされようが、表層でしかないことを知っているニンフ。サチュロスは自分の見たものが、隠された真理であると思い、喜んでいるのだろうか?だとしたら彼はこんな言葉を吐くだろう。

「宇宙のとざされた本質は、認識の勇気に抵抗しうるほどの力を持っていない。それは認識の勇気のまえに自己をひらき、その富と深みを眼前にあらわし、その享受をほしいままにせざるをえないのである」(ヘーゲル「小論理学 聴講者にたいするヘーゲルの挨拶」)

しかし、そこには閉ざされたものなど最初からなかったのだと言っていい。そしてサチュロスもそれを承知で戯れているのだとしたら?


瀧口修造

2005-04-12 01:40:01 | アート・文化
瀧口修造は1903年生まれ。彼の生誕100周年を記念して、2003年頃から様々な企画展や催しがあちこちで開かれていたようだが、2005年2月5日から始まり4月10日で終了した世田谷美術館の「瀧口修造 夢の漂流物」は、そうした催しの集大成であったと言えるだろう。瀧口修造によるデカルコマニーやバーント・ドローイング、あるいはロトデッサンの展示のほかに、彼の書斎で、彼だけが知りうる自由な結合を繰り広げていたオブジェがその数も夥しく展示されていた。

アンドレ・ブルトンの詩「自由な結合」は、 マルクスの価値形態論をあてはめれば、Ma femme(私の女)の価値表現として全体的な、展開された価値形態である。この連鎖はばらばらな寄木細工であり、未完成のものであるが、 Ma femme を等価物とした一般的価値形態になおすことができる。一般的価値形態から貨幣形態へ。社会的な慣習によって金という商品が貨幣としての機能を独占したが、これに対抗するオルタナティヴな貨幣形態として Ma femme を貨幣とすること。クロソウスキー的に言えば「生きた貨幣」となること。

瀧口修造は「オブジェの店」を出すことを考えていた。

年譜より
1959年
ジャーナリスティックな評論を書くことに障害を覚えはじめる
1963年
職業として文章を書くことに深い矛盾を感じる
この頃より「オブジェの店」を開くことを夢想しはじめる
1964年
架空のオブジェの店の名前としてデュシャンから「ローズ・セラヴィ」を贈られる

市場における流通形態とは全く別の、市場価値のないものを内的な要請だけで、プライベートなかたちで流通させようとするこの「オブジェの店」の構想の背後には、職業として文章を書くことに矛盾を感じ、書くことに障害を感じていたということがあった。瀧口修造と彼の書斎にあるオブジェ群との関係が、瀧口修造を等価物とする一般的価値形態になるためには、彼自身がオブジェ群との同等な妥当性を持たなければならない。貨幣に従属した職業としてジャーナリスティックな評論を書くことはここにおいて放棄されなければならない。

バラ色の人生と散文奴隷制度
Rrose Selavy の文字をしばらく眺めていると、そこに Prose Slavery の文字がゴーストのように浮かんでくる。
Prose Slavery 散文奴隷制度、あるいは苦役としての散文といったニュアンス。あるいは Slavery を Slobbery の古語とした場合には、よだれのような散文といった意味も含むことになる。幸田露伴を想起するまでもなく、駄文を牛のよだれとする慣用表現は古くからある。

世田谷美術館を訪れたのは3月20日のことだった。そのときは図録ができあがっておらず、予約をしてきたが、それが届いたのが3月30日だった。白地に「瀧口修造 夢の漂流物」とだけある表紙は、いかにも瀧口的なシンプルさである。中を開いてみると展示品の図版部分は全体の3分の1ほどで、残り3分の2には何人もの学芸員のテクストが掲載されている。この図録にあっても Rrose Selavy と Prose Slavery が二重化していることに驚きを禁じ得なかった。



マルセル・デュシャン

2005-03-12 05:02:00 | アート・文化
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Marcel Duchamp
「テーブルを囲むデュシャン」1917
Marcel Duchamp autour d'une table

横浜美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展を見に行った。

この展覧会は7つのセクションに分かれている。
1.画家だったデュシャン
2.レディ・メイド(既製品を用いた芸術作品)
3.≪彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも≫(通称「大ガラス」)とその周辺
4.ローズ・セラヴィ(デュシャンの女性分身)
5.≪彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも≫制作放棄以後
6.デュシャンへのオマージュ
7.≪与えられたとせよ 1.落ちる水 2.照明用ガス≫(「遺作」)とその周辺

この7つのセクションを順にたどっていくことで、デュシャンの作品を編年体で見ていくことができるとともに、それぞれの作品に影響を受けた(引用とパロディ)他の作家の作品と見比べることができるように配置されている。初期のキュビズム的な絵画を見ることができるのと、立体写真であるにせよデュシャンの遺作を覗き見することができるというのはいいと思うが、「Tu'm」という、最後の絵画作品を見られなかったのは残念だ。

デュシャンは「芸術家が使用する絵の具のチューブは既製品だからあらゆる油絵は『手を加えたレディ・メイド』だ」と言った。そしてデュシャンは洒落や地口を好む。言葉もまたレディ・メイドであり、洒落や地口によって意味をずらされるというわけだが、それはルイス・キャロルやレーモン・ルーセルと関連づけられるし、ジャック・ラカンやジャック・デリダと結びつけたりもできるだろう。

デュシャンの作品に影響を受けた作品は、デュシャンの作品につけられたタイトルを文字通りそのままやってみたというものが多かった。これらの作品が並置されるとき、その間にはウィトゲンシュタイン的、もしくは吉本興業的空間が現出するだろう。レオナルドの「モナリザ」に髭をつけた「L.H.O.O.Q」というのは、そのアルファベをフランス読みすればElle a chaud au cul(彼女の尻は熱い)となるが、その作品に対して燃えた椅子の残骸を提示し、それは熱い尻のせいで燃えたのだとするアルマンの作品や日本人にしかわからないが、巨大なカラス=大ガラスというオヤジギャグを臆面もなくやってみせた吉村益信の作品、「階段を降りる裸体」というキュビズム的、あるいは未来派的な絵画作品に対して、全裸の女性が階段を降りていく久保田成子の「デュシャンピアナ」(映像)とゲルハルト・リヒターの「エマ」(写真)などなど。誰でも思いつくようなものといえばそれまでだが、実際にやってしまうところが芸術家たるゆえんなのだろう。しかしそれらの作品に驚きのようなものはあまり感じられなかった。


アントナン・アルトー

2005-02-17 02:05:31 | アート・文化
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antonin artaud
pour en finir avec le jugement de dieu




アントナン・アルトー「神の裁きとけりをつけるために」
             「演劇とその形而上学」(白水社)

前者は、1947年11月にラジオ放送のために録音されたもので、sub rosa というベルギーのレーベルがCD化した。
自らを壊すために振り絞られているような声が生々しく、また強烈。テクストの朗読の合間に、打楽器とアルトーの叫び声による即興的な音楽が挿入されている。この録音にも参加したポール・テヴナンによれば、アルトーは厳しい訓練を日頃からおこなっていたそうで、彼女自身、アルトーから詩の朗読法を学んだ。それは、身体の能力を極限まで使うということに尽きるものだった。極限にまでいくこと。恒常的なシステムを維持しようとする身体機能を酷使することによって、身体を新しくつくりかえてしまうこと。ものを摂取し、エネルギーに変え、排出するといった生産システムとしての身体を超出すること。一切の合理性や有用性を備えない、全てを転倒させてしまうような、新しい身体。それ自体が詩であり、事件となるような身体。もはや分節化されることのない叫びに照応するのが「諸器官を持たない至高の身体」なのだ。
アルトーにとっては、神とは病気であり、人間の可能性を食いつぶして、卑小なものへおとしめてしまうものだ。そうであるならば、神を真理とすることによって形成された西洋文明は破壊されなければならない。ロゴス中心主義も、それを基礎としたフランス古典劇も。

「演劇とその形而上学」は演劇に魔術性や全体性を回復しようとして、戯曲への屈従を否定し、演出を演劇の最大の要素とした。西洋の演劇は哲学と同様に言語やロゴスや弁証法(対話)にあまりにも従属しすぎていた。そのため演劇で扱われる人間は、心理的、社会的類型といった抽象的な存在でしかなくなった。言葉に依存しすぎたために演劇はその活力を失ってしまったのだ。
アルトーは言葉を台詞に限定することなく、照明や音楽や俳優の身振りにまで拡大した。そうすることによって演劇は play から act になり、肉体的に何かを獲得させるものとなる。言語は物事を分析し、静的なものにしてしまい魂を奪い取る。そのために演劇は死んでしまったと言うのだが、アルトーは演劇によって極限まで突き進んだ。言語や理性を超越した境地へ向かう演劇をアルトーは「残酷演劇」と呼んだ。残酷とは、極限的認識へ向かうことの運動の総体のことだ。
我々がなじんでしまった様々な思考様式、およびそれらの枠組みの中で限界づけられる事物。こうしたものを外してしまうこと。アルトーにとっては、どちらかというと外れてしまったということだったような気もするが、重要なことはそれによって生じた表面の失われた身体、あらゆるものが苦痛を伴って入り込んでしまう孔だらけの身体を武器に、アルトーが創造の生成を、身体の作り直しを語ったことにある。


画家のアトリエ

2004-12-28 21:59:17 | アート・文化
art_of_painting今年はほとんど展覧会に行かなかったが、日本では見る機会の少ないフェルメールの、しかも「画家のアトリエ」を見ることができるとあって、上野にある東京都美術館の「栄光のオランダ・フランドル絵画展」には5月の連休の際に足を運んだ。モデルがまとっている青い衣装と抱えている黄色い本、壁に掛けられている地図の精密な描写やシワ、画面の左側を覆うカーテンやテーブルの上に置かれた布の襞。この絵はいくら眺めても飽きることがない。
この絵は「絵画芸術」とも呼ばれ、様々な寓意がこめられている。モデルは歴史を司るミューズ「クリオ」で、彼女の持っている本はトゥキディデスの書物だとかいった具合。その根拠となるものにチェーザレ・リーパの「イコノロギア」がある。
そこでヘルテル版にある詩と絵画のアレゴリーを使って、フェルメールの絵を見てみる。
モデルのかぶっている月桂冠は不朽の名声を表わす。右手に持っているトランペットは、神のメッセージを告げるもの、支配や権力の象徴、名声や名誉を表わすものとされているが、「詩のアレゴリー」では歴史上の偉大な人物やできごとを賞賛するところから、叙事詩を表わすとされている。青は天上の芸術を表わす。これらのことから、モデルを抒情詩を除いた詩のアレゴリーと見ることもできる。(呉茂一の「ギリシャ神話」には「クリオ」は歴史または英雄詩を司るとの記述がある)。
「絵画のアレゴリー」では女性が右腕をキャンヴァスの上に乗せており、そのキャンヴァスには「詩のアレゴリー」が描かれている。ここからホラティウスの「詩は絵のごとく」が連想され、歴史画にたどり着く。歴史画は絵画のジャンルの最高峰であり、画家は誰でもそのジャンルでの成功を目指したが、フェルメールも例外ではなかった。また、「絵画のアレゴリー」に描かれている女性は首からマスクをぶらさげているが、このマスクは生のイミテーションとしての絵画を表わす。フェルメールの絵ではテーブルの上にある顔の石膏像がこれに対応する。さらに「絵画のアレゴリー」の画面の奥には画家のアトリエがあり、アペレスが絵を描いている後ろからプロトゲネスがそれを見ている様子が描かれている。このことからフェルメールは自らをアペレスになぞらえ、プロトゲネスはフェルメールの絵を見ている者ということになる。プロトゲネスは優れた画家であったが、アペレスの技量に降参したという逸話がプリニウスにある。つまり、自分が最高の画家であり、自分の絵を見る者は誰もが賞賛するはずだという、フェルメールの自信をそこに見て取ることもできる。


FLUXUSな一日

2004-12-11 23:52:20 | アート・文化
うらわ美術館にて「フルクサス展 芸術から日常へ」を見る。

GEORGE_MACIUNAS11

fluxus ラテン語。1.流れる 2.流れ下っている、波の 3.ゆるんだ、だらりと垂れた 4.締まりのない、はかない、不安定な、動揺している 5.崩壊した、衰微した
あるいは、1.川 2.経過(研究社羅和辞典)


ジョージ・マチューナスはこの語の持つスカトロジックなイメージを気に入っていたらしい。
例1.丸出しにされた男の尻からDO IT YOURSELF FLUX FEST PRESENTSの文字が放出されているの図
例2.尻の穴に挿入された管がオルガンに通じ、人間がふいごの機能を果たしているの図(後日画像を確認し、思い込みだったことが判明。 ex falso quodlibet 偽からは何でもかんでも)
GEORGE_MACIUNAS4→ドゥルーズ=ガタリの「器官なき身体(body without organs)」ならぬ 「オルガン付き身体(body with organ)」
マチューナスにとってはフルクサスをオーガナイズすることがアートだった。フルクサスでは「V TRE」という新聞を発行したが、空白に入るべき文字を仮にOだとすると(フランス語でvotre「あなた方の」)「Oがないっす」=オーガナイズになるなどとくだらないことを思いつく。
ジョン・ケージとマルセル・デュシャン、ダダや未来派の流れを汲むフルクサスだが、ゲームやギャグの追及、そして複数生産による販売活動や反復可能(ハプニングではなくイベント)なパフォーマンスというところが新しかったのだろう。

この展覧会で展示されたもの
・パンフレット、プログラム、ポスター、レコード・ジャケット、本といった印刷物
・マルティプル作品
・フルクサスのパフォーマンスを記録した映像(フルクサス・ウェディング、フルクサス・キャバレー他)
これらによってフルクサスの痕跡をたどることができる。
その他、変なものがついたラケットを使ってピンポンをしたり、鍵盤の上に石を置いたり、ピアノ線の上に玉を置いたりしてピアノを弾いたりできる。
入場するときに風船を渡されるが、これを一息でふくらましたものを所定の場所に結びつけるよう指示される。後日「エア・イベント」で使われるそうだ。

浦和から電車を乗り継いで江戸川橋で下車し、limartというアート系の古書店に行く。ここではフルクサス関連の本を展示販売している。サムシング・エルス・プレスの本が何冊かあったが買わなかった。


黄檗美術と江戸の版画展

2004-11-23 16:53:35 | アート・文化
町田市立国際版画美術館の「黄檗美術と江戸の版画」と題された展覧会を見に行った。この美術館はJR町田駅からしばらく歩き、急な坂道を下ったところにある。当然のことながら帰りはこの急勾配を上るのだ。

展覧会は二部構成となっていて、第一部では黄檗美術の道釈人物画や詩箋(絵入り便箋)が展示されたほか、黄檗宗の僧侶と関係があった伊藤若冲の「乗興舟」、「玄圃謡華」といった拓版画と「花鳥版画」の展示もあった。第二部は「幕末版画の饗宴」と題され、北斎、豊国、国芳、芳年らの錦絵の展示。

黄檗宗の僧侶が中国から持ちこんだ「詩箋」が錦絵の起源のひとつであるとのこと。

帰りに図録とポストカードを購入。

ポストカード
 月岡芳年「和漢百物語」から  2枚
 月岡芳年「月百姿」から     1枚
 神坂雪佳「百々世草」      1枚
 小林清親「海運橋」         1枚
 川瀬巴水「東京二十景」から  2枚
 川瀬巴水「東京十二景」から  1枚
 北岡文雄「京の茶店」      1枚
 マン・レイ「回転扉」から     3枚
 マックス・エルンスト「慈善週間、または七大元素」から  2枚