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古き佳き青春の歌謡曲7:越後獅子の唄

2009年08月15日 | 歌謡曲
 「越後獅子の唄」は、松竹映画「とんぼ返り道中」の主題歌で、「私は街の子」(松竹映画「父恋し」主題歌)、「あの丘越えて」(松竹の同名映画主題歌)と三部作といわれるものである。美空ひばりは、この三部作とこれに続く「りんご追分」で大スターの座を不動のものにした。9歳でデビューしてこの三部作が13~4歳のころにあたるという、まさに天才歌手であった。
 越後獅子は江戸時代の「角兵衛獅子」の別称で越後の蒲原郡月潟村を発祥とすることから、そうも呼ばれていた。子どもが小さい獅子頭をかぶり、身をそらせ、逆立ちで歩くなどの芸をしながら、銭を乞い歩く、飢饉や貧農故の口減らしを兼ねた道中行脚でもあったわけで、その悲しみが「越後獅子の唄」にはよく歌い込まれている。


 映画「鞍馬天狗・角兵衛獅子」

 私はこの曲を聴くと、何故か胸がジーンとなる。
生れ故郷が新潟でもないし、何故なのかはわからないが、これが歌のもつ引き付ける魅力なのだろうと思う。



美空ひばり 1950年、ひばり13歳のレコード歌唱。
田川寿美 最近の女声歌手では一押し。
カラオケバージョン



     越後獅子の唄


  作詩 西条八十 作曲 万城目正
  歌 美空ひばり (昭和25年)

 1 笛にうかれて 逆立ちすれば
   山が見えます ふるさとの
   わたしゃ孤児(みなしご) 街道ぐらし
   ながれながれの 越後獅子

 2 今日も今日とて 親方さんに
   芸がまずいと 叱られて
   撥(ばち)でぶたれて 空見上げれば
   泣いているよな 昼の月

 3 打つや太鼓の 音さえ悲し
   雁が啼く啼く 城下町
   暮れて恋しい 宿屋の灯(あかり)
   遠く眺めて ひと踊り

 4 ところ変われど 変わらぬものは
   人の情けの 袖時雨(そでしぐれ)
   ぬれて涙で おさらばさらば
   花に消えゆく 旅の獅子

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1 コメント

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万城目正 (メロディ)
2018-06-26 14:27:13

作詞 西条 八十、作曲 万城目 正 「越後獅子の唄」 いーですね♪ じんときます。


ところ変われど変わらぬものは人の情けの袖時雨・・・・時が変わってもそうあり続けて欲しい日本です。

振り返れば戦後から昭和30年代半ば位までが、すごくいい時代だった気がするね。

こういう歌はもう生まれないでしょう。

万城目正は北海道出身。武蔵野音校でバイオリンを専攻。

浅草松竹座を経て、松竹蒲田撮影所に入り映画音楽を担当。昭和11年コロムビアから「片羽鳥」でデビュー。

昭和13年日本コロムビアに入社、同年の松竹映画「愛染かつら」の音楽監督として主題歌「旅の夜風」を作曲し、空前のブームを巻き起こす。

 続編の主題歌「愛染夜曲」「愛染草紙」を始め、「純情二重奏」「愛の紅椿」「大空に祈る」など戦前から戦後にかけてヒット曲も多い。

戦後は21年の映画「そよかぜ」の挿入歌「リンゴの唄」が大ヒット。昭和43年4月25日死去。63歳。 

「純情二重奏」など 一貫して流れる旋律は, 叙情的なムードと, しっとりとしたロマンの曲が多い。

古賀メロディのように,西條八十など
名だたる詩人のやさしい名詞によるところが大きいからでしょう。

昭和の歌謡史の中で忘れてはならない作曲家と言えるでしょう。


 
万城目正の代表曲
「旅の夜風」(西條八十作詞; 1938年):映画『愛染かつら』の主題歌
「愛染夜曲」(西條八十作詞; 1939年)
「愛染草紙」(西條八十作詞; 1940年)
「純情二重奏」(西條八十作詞; 1939年)
「純情の丘」(西條八十作詞; 1939年)(松竹大船「新女性問答」主題歌)
「別れ路の歌」(高橋菊太郎作詞、1939年)(松竹大船映画「母の歌」主題歌)
「愛の紅椿」(西條八十作詞; 1940年) 松竹「愛染椿」主題歌
[愛馬花嫁](西條八十 作詞 1940年)征戦愛馬譜 暁に祈る
「リンゴの唄」(サトウハチロー作詞 1946年」 映画「そよかぜ」主題歌
「浅草の唄」(サトウハチロー作詞) 1947年
「涙の駒鳥」(西條八十作詞、1948年)「松竹映画 駒鳥婦人」主題歌
「悲しき口笛」 (藤浦洸作詞; 1949年)
「別れのタンゴ」(藤浦洸作詞,1949年)
「東京キッド」 (藤浦洸作詞; 1950年)
「越後獅子の唄」(西條八十作詞; 1951年)
「情熱のルンバ」(藤浦洸作詞; 1951年)
「あの丘越えて」(菊田一夫作詞; 1951年)
「哀愁日記」  (西條八十作詞; 1954年)
「この世の花」 (西條八十作詞; 1955年):
「しあわせはどこに」(西條八十作詞; 1956年)

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