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太陽系外縁天体は数十億年に渡ってほとんど変質を受けていない原始的な天体なのか? 小惑星アロコスの内部構造をモデル化した研究

2024年04月22日 | 太陽系・小惑星
太陽系の8つの惑星のうち、最も外側を公転している海王星の公転軌道のさらに外側。
そこには、“太陽系外縁天体”(※1)と呼ばれる天体が無数あります。
※1.元の論文では、アロコスなどのような天体を“カイパーベルト天体(KBO)”と表現している。ただ、エッジワースとカイパーが予測した天体の存在や分布は、現在知られているものとは大きく異なっていて、この名称には異論もある。最近では、正確にはイコール関係ではないものの、ほぼ同義語かつ中立的な語として“太陽系外縁天体”という呼称が使われる傾向にので、ここでは太陽系外縁天体と表現を使用している。
その太陽系外縁天体は、形成時に取り込んだ揮発性物質(低温でも蒸発しやすい成分)を、現在でも保持しているのではないかと考えられています。

でも、揮発性物質がどのような形で保持されているのか、あるいはどのようにして徐々に失われているのか、その詳細はこれまでよく分かっていませんでした。

今回の研究では、NASAの冥王星探査機“ニューホライズン”が接近探査を行った486958番小惑星アロコスの観測データを元に、内部構造をモデル化した研究を行っています。

その結果判明したのは、アロコスのような小さな天体では地下の奥深くで気化した一酸化炭素が滞留し、それ以上の揮発が抑えられている可能性があることでした。
このことが示しているのは、アロコスのような非常に原始的な天体が、失われやすい物質を保持し続けている可能性です。(※2)(※3)
※2.今回の研究のように、ほとんど真空の環境での揮発性物質の相転移は、固体から気体へ、気体から固体へと直接変化する。固体から気体の相転移を“昇華”、気体から固体への相転移を“凝華”と呼び、厳密にこれで表現するのが正しい。本記事内では分かりやすさを優先し、この表現を使用していない。

※3.今回の研究でモデル化された天体内部では、一酸化炭素の気化“昇華”と固化“凝華”がほぼ同じスピードで起こっているので、見た目の上では一酸化炭素の気化が抑えられている状態となっている。本来はこの“平衡状態”で表現することが正しい。本記事内では分かりやすさを優先し、この表現を使用していない。

この研究は、ブラウン大学のSamuel P. D. BirchさんとSETI協会のOrkan M. Umurhanさんの研究チームが進めています。
図1.NASAの冥王星探査機“ニューホライズン”の撮影画像と観測値によって作成された小惑星アロコスのトゥルーカラー画像。(Credit: NASA, Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory, Southwest Research Institute & Roman Tkachenko)
図1.NASAの冥王星探査機“ニューホライズン”の撮影画像と観測値によって作成された小惑星アロコスのトゥルーカラー画像。(Credit: NASA, Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory, Southwest Research Institute & Roman Tkachenko)


数十億年に渡ってほとんど変質を受けていない原始的な天体

太陽とその周囲の天体は、今から約46億年前に誕生したと言われています。
対して、小惑星や彗星のような小さな天体は、数十億年に渡ってほとんど変質を受けていないと推定されています。

それでも、試料の採取に成功した小惑星イトカワやリュウグウの物質を分析すると、いくらかの変質の痕跡が見つかっています。
では、イトカワやリュウグウよりもさらに変質を受けていない、原始的な天体はあるのでしょうか?

例えば、有力な候補と言えるのが、海王星よりも太陽から遠い場所を公転する“太陽系外縁天体”です。

太陽系外縁天体は、誕生時から現代にいたるまで太陽から非常に離れた場所を公転しています。
なので、熱など重大な変質を経験していないと見られています。

太陽系外縁天体の一部は、まれに公転軌道が大きく変化して太陽の近くを通過する場合あります。
すると、揮発性物質が蒸発して一時的な大気や尾が形成されることに、これが彗星と呼ばれる天体です。

彗星は詳細な研究が可能ですが、太陽の近くに長期間いた結果、ある程度の揮発性物質を放出していて、原始的な物質は失われていると考えられます。

一方、一酸化炭素は二酸化炭素と比較して蒸発しやすく、かなり早い段階で蒸発しきってしまうと考えられます。

実際に観測された彗星の大気に含まれる一酸化炭素の量は、二酸化炭素と比べると極めて少ない量しかありませんでした。
わずかな一酸化炭素は、蒸発しにくい氷の微細な隙間に含まれているものが少しずつ湧き出していると推定されています。


“ニューホライズン”による小惑星アロコスの接近観測

もし、太陽系外縁天体が非常に原始的な天体だとすると、そこには固体の一酸化炭素が大量に保持されていることが考えられます。

一酸化炭素はその大部分が保持されつつも、数十億年かけて少しずつ蒸発していきます。
このため、太陽系外縁天体からはわずかながらも観測可能な一酸化炭素の大気や、その流出が観測されるはずです。

ただ、太陽系外縁天体は文字通り太陽系の外縁部にあるので、このような観測はこれまでできていませんでした。

今のところ、唯一の観測記録となっているのがNASAの冥王星探査機“ニューホライズン”による小惑星アロコスの接近観測です。
“ニューホライズン”は2015年に史上初となる冥王星への接近探査を終えた後、2019年1月1日にアロコスへの接近探査を行っています。

アロコスはその小ささなどから、形成後にほとんど変質を受けていない、まさに原始的な太陽系外縁天体だと考えられています。
このため、“ニューホライズン”の接近探査という貴重な観測機会では、アロコスから流出する一酸化炭素の検出が期待されていました。
観測の結果、アロコスの観測データからは一酸化炭素が見つず… 予想外の発見となりました。

この結果を単純に適用すると、実はアロコスは全く原始的ではなく、大きく変質した天体なのかもしれません。
でも、アロコスの物理的な外観や表面を観測してみると、公転軌道などは、アロコスが今と同じ軌道を長期間維持していて、ほぼ何も変化していないことを示していました。


なぜ一酸化炭素は検出されなかったのか

今回の研究では、アロコスのような小さな太陽系外縁天体の内部構造をモデル化。
これにより、一酸化炭素が検出されなかった理由を調べています。

このような小さな天体は、小さな岩石の粒が緩く結合してスポンジのような隙間の多い多孔質構造を形成していると考えられています。

そこで、研究チームが行ったのは、一酸化炭素の固体を含む多孔質構造の天体の中で、蒸発して気体となった一酸化炭素の挙動の解析でした。
その結果、表面に近い部分からは一酸化炭素が逃げ出す一方で、地下深くでは多孔質構造の隙間に徐々に溜まり、宇宙空間へ逃げ出す量はあまり多くないことが分かりました。
図2.今回の研究で作成された太陽系外縁天体のモデル。多孔質構造の内部では時間が経っても一酸化炭素が滞留していて、固体から気体への変化が抑えられていることが予測される。(Credit: SETI Institute)
図2.今回の研究で作成された太陽系外縁天体のモデル。多孔質構造の内部では時間が経っても一酸化炭素が滞留していて、固体から気体への変化が抑えられていることが予測される。(Credit: SETI Institute)
この状態は、まるで天体の内部で地下大気が形成されているかのようです。
このような場所では、一酸化炭素がこれ以上気化することが抑えられます。
そして、変化に乏しい地下深くの一酸化炭素は、めったなことでは宇宙空間へと逃げだすことはないはずです。

このモデルを見る限りでは、誕生から十分に時間が経過したアロコスは、表面に近い部分で一酸化炭素が枯渇。
一方、地下深くの一酸化炭素は滞留して逃げ出さないことになります。

このようなプロセスがアロコスで起こっていたので、“ニューホライズン”の接近観測では一酸化炭素を検出できなかったのかもしれません。
その場合、アロコスは真に原始的な天体で、一酸化炭素に限らず形成当時の揮発性物質が大量に保存されている可能性があります。

今回のモデルが妥当かどうかを検証するのに必要となるのは、アロコスと似たような性質を持つ天体を複数観測することです。

2021年12月に打ち上げられ運用が始まっているジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、遠く離れた天体に探査機を送り込まなくても、太陽系外縁天体の一酸化炭素や二酸化炭素の流出を観測できる性能を持っています。

高い赤外線感度と高性能な分光器を持つジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、遠方の深宇宙だけでなく、見た目の移動速度が速い太陽系内の天体を追跡して詳細な観測が行えることも強みにしているんですねー

アロコスのような天体が本当に原始的なのか、案外早く判明するのかもしれませんね。


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