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質量や大きさ、周囲の環境が違っても、ガス供給やジェットの放出などの物理過程は超大質量ブラックホール間で普遍的なのかも

2024年05月11日 | ブラックホール
今回の研究では、天の川銀河の中心に潜む超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”のごく近傍で、電波の偏光をとらえることに成功。
新たに得られた偏光の画像からは、ブラックホールの縁から渦巻状に広がる整列した強い磁場が発見されました。

この磁場構造は、M87銀河の中心にある超大質量ブラックホールと驚くほど似ていて、強い磁場がすべてのブラックホールに共通して見られる可能性を示唆しています。

さらに、この類似性は、“いて座A*”に隠されたジェットがある可能性も示唆しているようです。
この研究は、国際研究チーム“イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーション”が進めています。
本研究の成果は、2024年3月27日付でアメリカの天体物理学雑誌“Astrophysical Journal Letters”に掲載されました。
図1.天の川銀河中心の超大質量ブラックホール“いて座A*(いてざエースター)”の偏光画像。国際研究チーム“イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)コラボレーション”は、2022年に天の川銀河中心の超大質量ブラックホールの史上初の画像を公開。本成果により、この超大質量ブラックホールの新たな姿が偏光でとらえられた。この画像は天の川銀河の超大質量ブラックホール周囲の偏光を示している。天の川銀河中心の超大質量ブラックホールのこれほど近傍に、磁場の構造を映し出す偏光がとらえられたのは史上初めてのこと。線は偏光の方向を示していて、ブラックホール周囲の磁場に関係している。(Credit: EHT Collaboration)
図1.天の川銀河中心の超大質量ブラックホール“いて座A*(いてざエースター)”の偏光画像。国際研究チーム“イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)コラボレーション”は、2022年に天の川銀河中心の超大質量ブラックホールの史上初の画像を公開。本成果により、この超大質量ブラックホールの新たな姿が偏光でとらえられた。この画像は天の川銀河の超大質量ブラックホール周囲の偏光を示している。天の川銀河中心の超大質量ブラックホールのこれほど近傍に、磁場の構造を映し出す偏光がとらえられたのは史上初めてのこと。線は偏光の方向を示していて、ブラックホール周囲の磁場に関係している。(Credit: EHT Collaboration)


ブラックホール近傍の電波の偏光

2022年のこと、地球からおよそ27,000光年の距離にある“いて座A*”の画像が初めて公開され、天の川銀河の超大質量ブラックホールはM87の1000倍以上も質量とサイズが小さいにもかかわらず、見た目は驚くほど似ていることが明らかになりました。

このことから研究チームが考えたのは、この2つのブラックホールには外見以外の共通点があるのではないかということ。
そこで今回の研究では、“いて座A*”のごく近傍で電波の偏光でとらえ、その画像から研究を進めています。

以前、報告されたM87の研究で明らかになっているのは、超大質量ブラックホールの周囲の磁場によって、強力なジェットを周囲の環境に放出することができることです。
この研究に基ずくと、今回新たに得られた画像から、“いて座A*”についてもM87のブラックホールと同じことが言えるかもしれません。

今回の画像から分かるのは、天の川銀河の中心にあるブラックホールの近くに、渦巻くように整列した強力な磁場があるということ。
“いて座A*”の偏光構造が、より大きく、強力なジェットを伴うM87のブラックホールに見られるものと驚くほどよく似ていることに加え、重要なのは、秩序だった強い磁場により、ブラックホールが周囲のガスや物質とどのように相互作用するのかといことだと分かりました。
図2.多波長で見る天の川銀河の偏光。左図は天の川銀河の中心に位置する超大質量ブラックホール“いて座A*”の偏光を示したもの。線は偏光の方向を示していて、これはブラックホール周囲の磁場に関係している。中央の図は成層圏赤外線天文台“SOFIA”がとらえた天の川銀河の中心領域の偏光。右上の図は赤外線天文衛星“プランク”によってとらえられた天の川全域のチリからの偏光を示したもの。(Credit: 左図:EHT Collaboration, 中央図: NASA/SOFIA, NASA/HST/NICMOS, 右図: ESA/Planck Collaboration)
図2.多波長で見る天の川銀河の偏光。左図は天の川銀河の中心に位置する超大質量ブラックホール“いて座A*”の偏光を示したもの。線は偏光の方向を示していて、これはブラックホール周囲の磁場に関係している。中央の図は成層圏赤外線天文台“SOFIA”がとらえた天の川銀河の中心領域の偏光。右上の図は赤外線天文衛星“プランク”によってとらえられた天の川全域のチリからの偏光を示したもの。(Credit: 左図:EHT Collaboration, 中央図: NASA/SOFIA, NASA/HST/NICMOS, 右図: ESA/Planck Collaboration)


特定の方向に起こる偏った振動

光や磁場などの電磁波は、電場と磁場の振動が波として伝わります。
私たちの目がとらえる可視光もの一種です。

光の波は、ある特定の方向に偏って振動することがあり、私たちはそれを“偏光”と呼んでいます。
偏光は地球上でもありふれたものですが、人間の目には通常の光と区別がつきません。

ブラックホール周辺のプラズマでは、磁場の周りを渦巻く粒子が、磁力線に垂直な偏光パターンを与えます。
このブラックホール周囲の領域の偏光をとらえることで、その磁力線を画像化することができる訳です。

さらに、ブラックホール近傍の高温のガスからの偏光を画像化することで、ブラックホールに落ち込む、あるいは排出されるガスを取り巻く地場の構造と強さを直接調べることができます。

偏光は、ガスの特性やブラックホールに物質が供給された際に起こる現象など、天体物理学の重要な問題について、より多くのことを教えてくれます。


ブラックホール近傍の偏光の画像化

偏光でブラックホールを撮影するのは、偏光サングラスをかけるほど簡単なことではありません。
“いて座A*”の場合は特に難しく、天体の構造が観測中に時事刻々と変化していくので、撮像している間じっとしていてはくれません。

このため、“いて座A*”の撮像には、よりゆっくりと変動し観測中は構造が変わらないM87の撮像に使われた以上の高度な画像化手法が必要となりました。

本の表紙だけを見てもその内容を推測するのは難しいように、偏光を通常の電波画像から予測することは困難です。
ましてや、“いて座A*”の構造は撮影中動き回っているので、通常の電波画像の取得さえ難しいものとなります。

それでも、偏光の画像化が可能となったのは驚くべきことでした。
それは、一部の理論モデルが、偏光撮像が不可能なほどの激しい変動を予測していたからです。
自然は、それほど残酷ではなかったようで、偏光画像を手に入れることができました。

得られた画像とそれに付随するデータは、異なるサイズと質量のブラックホールを比較対照する新しい方法を提供してくれます。
技術が向上すれば、この画像からブラックホールの秘密や類似点、相違点がさらに明らかになるはずです。

今回の研究では、“いて座A*”の磁場構造がM87と非常に似ているという事実が明らかになりました。
このことは、質量や大きさ、周囲の環境の違いにもかかわらず、ブラックホールにガスが供給され、またその一部がジェットとして放出される物理過程が、超大質量ブラックホール間で普遍的である可能性を示していて、重要な発見と言えます。

この結果により、理論モデルとシミュレーションをさらに改良し、ブラックホールの事象の地平面付近で物質がどのような影響を受けるかについて、より理解を深めることが可能になります。
図3.巨大楕円銀河“M87”の中心にある超大質量ブラックホールと“いて座A*”の偏光画像の比較。超大質量ブラックホール“M87”と“いて座A*”の偏光画像には渦巻状の構造が共通して見られ、これらのブラックホールの縁が類似した磁場構造を持つことが示された。これはブラックホールにガスが供給され、その一部がジェットとして噴出される一連の物理的過程が超大質量ブラックホールの間で普遍的である可能性を示唆している。(Credit: EHT Collaboration)
図3.巨大楕円銀河“M87”の中心にある超大質量ブラックホールと“いて座A*”の偏光画像の比較。超大質量ブラックホール“M87”と“いて座A*”の偏光画像には渦巻状の構造が共通して見られ、これらのブラックホールの縁が類似した磁場構造を持つことが示された。これはブラックホールにガスが供給され、その一部がジェットとして噴出される一連の物理的過程が超大質量ブラックホールの間で普遍的である可能性を示唆している。(Credit: EHT Collaboration)
イベント・ホライズン・テレスコープ”では、2017年以来数回の観測を行い、2024年4月に再び“いて座A*”を観測する予定です。
さらに、観測毎に新しい望遠鏡、より広い帯域幅、新しい観測周波数を取り入れるなどのアップデートを行っているので、画像は毎年向上しています。

今後10年間に計画されている拡張により、“いて座A*”の信頼性の高い動画の作成が可能となり、隠されたジェットが明らかになるかもしれません。
また、他のブラックホールでも同様の偏光特性を観測できるようになっているかもしれません。

一方、イベント・ホライズン・テレスコープ”を宇宙に拡張することで、ブラックホールの画像をこれまで以上に鮮明にすることができると考えられます。


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