雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

嬉しきもの

2014-05-20 11:00:52 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第二百五十八段  嬉しきもの

嬉しきもの。
まだ見ぬ物語の、一を見て、「いみじうゆかし」とのみ思ふが残り、見出でたる。さて、心劣りするやうもありかし。
人の破り棄てたる文を継ぎて見るに、おなじ続きを、あまた行(クダリ)見続けたる。
「いかならむ」と思ふ夢を見て、「恐ろし」と、胸つぶるるに、事にもあらず合はせなしたる、いと嬉し。
よき人の御前に、人々あまたさぶらふをり、昔ありけることにもあれ、今きこしめし、世にいひけることにもあれ、語らせたまふを、われに御覧じ合はせてのたまはせたる、いと嬉し。
     (以下割愛)


嬉しいもの。
はじめて見る物語で、一の巻を見て、「ぜひ続きを読みたい」と思いつめていた物の残りを、見つけた時はとても嬉しい。ところが、読んでみると、がっかりするようなこともありますが。
人の破り捨てた手紙を継ぎ合わせて読むときに、続きになっている行をたくさん読めた時。
「どうなることか」と心配な夢を見て、「恐ろしい」と、胸がつぶれるような思いの時、夢合わせで、大したことないとうまく説明してくれたのは、とても嬉しい。

高貴な方の御前に、女房たちが多勢伺候している時、昔あった出来事にせよ、最近お聞きになり、世間で噂されているようなことにせよ、お話になられるのを、私と目を合わせておっしゃられるのは、大変嬉しい。

遠い所はもちろんのこと、同じ都のうちであっても離れて暮らしていて、自分にとってかけがえのない大切な人が病気だと聞いて、「どうなのかしら。どうなのかしら」と、心配でたまらず気をもんでいる時に、全快したということを、人づてに聞くのも、大変嬉しい。
恋人が、他人から褒められ、高貴なお方などが、なかなか見どころがある者だと思っているとおっしゃられるのを聞くのは、嬉しい。

晴れの行事の時とか、あるいは、誰かと贈答した自分の歌が評判になって、備忘録などに書き残されるのは、嬉しい。私自身には、まだ経験のないことですが、それでもどんなに嬉しいか想像がつきますわ。
あまり親しくない人の詠んだ以前の歌で、よく知られているのに私が知らないのを、他の人から聞くことが出来たのも、嬉しい。のちに、その歌を、書いた物の中などで見つけた時は、実に興味深く、「これがあの時の歌だったんだ」と、あの私に話してくれた人が、すてきだと思う。
陸奥紙(一番上質な産地)、または、普通の紙でも良質なものを、手に入れた時は嬉しい。

立派だと一目置いている人が、歌の本末(上の句または下の句)を尋ねられた時に、とっさに思い出したのは、われながらよく思い出せたと嬉しい。常に覚えている歌でも、時には、人から尋ねられると、さっぱり忘れてしまって思い出せないままになる場合が、多いものです。
急用で探していた物を、見つけ出した時は嬉しい。

物合(モノアハセ・物を比べ合わせて優劣を競う遊び。絵合わせ、花合わせなど)や、いろいろな勝負事に勝った時、どうして嬉しくないことなどありましょうか。
また、「私こそ」などと思って得意顔をしている人を、まんまとだませた時。女どうしよりも、相手が男の場合は、とりわけ嬉しい。「『このお返しは、必ずしよう』と思っているだろう」と、常に注意させられるのも面白いが、全然平気な顔で、何とも思っていない様子でふるまい、こちらを油断させたままでいさせようとしているのも、また面白い。

憎らしい者が、ひどい目に遭うのも、「罰があたるかもしれない」と思いながらも、これもまた嬉しいですねぇ。
晴れの行事に際して、衣を仕立て直させ、「どんな仕上がりか」と気にしていると、きれいに仕上がってきたのは、嬉しい。
刺櫛(サシグシ・髪上げした額髪の前に挿す装飾用で、時々磨きに出す)を磨かせたのが、美しくなってきたのもまた嬉しい。
「また」が多過ぎますが・・・。(「また」が三つ続いた言訳らしい)

幾日も幾月も、ひどい状態で患い続けていたのが、良くなってきたのも、嬉しい。恋人の場合は、自分自身の時より遥かに嬉しい。

中宮さまの御前に、女房たちがぎっしり坐っているので、あとから参上した私は、少し離れた柱のあたりに坐っているのを、早速お目をとめられて、
「こちらへ」
と仰せになられますと、女房たちが道をあけて、大変近くに召し入れられた時は、それは嬉しゅうございます。



嬉しいことが、次から次に並べられています。
少納言さまの宮中生活、楽しかったことも沢山あったのだと、何だか嬉しくなってしまいます。

どれも、私たちの感覚で納得できるものばかりですが、ちょっと気になるものもあります。
例えば、「人の破り捨てた手紙・・」などは、確かに興味津々であることは分かるのですが、「この草子に書き残していいのか」と心配してしまいます。なにせ、読者は身近な人だと承知しているはずなのにです。
コメント
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