枕草子 第二百七十五段 常に文おこする人の
常に文おこする人の、
「なにかは。いふにもかひなし。いまは」
といひて、またの日、音もせねば、さすがに、「明け立てばさし出づる文の見えぬこそ、寂々(サウザウ)しけれ」と思ひて、
「さても、際々(キハギハ)しかりける心かな」
といひて、暮らしつ。
(以下割愛)
いつも後朝(キヌギヌ)の文を寄こす男の人が、
「どうしてあなたとこうなってしまったのか。いまさら言っても仕方がない。もうこれきりだ」
といって帰り、その翌日は、何の音沙汰もないので、さすがに、「夜が明けるとすぐに召使が差し出す手紙がないのが、何とも寂しいことだ」と思って、
「それにしても、きっぱりと割り切ったあの方の心だこと」
と呟いて、その日は暮れました。
そのまた翌日は、雨がひどく降る。昼まで音沙汰がないので、
「ひどく見限られたものねぇ」
などと言いながら、端近くに坐っていた夕暮れに、傘を差した使者が持ってきた文を、いつもよりは急いで開けて見ると、ただ、
「水増す雨の」(何かの引用らしいが、不詳)
とだけ書いてあるのは、やたらたくさん詠み並べた和歌よりも、気が利いています。
今朝はそれほどとも見えなかった空が、大層暗くかき曇って、雪も空が暗くなるほど降るので、とても心細い気持ちで外を見ている間もなく、白く積って、さらに盛んに降り続いている時、随身らしいほっそりとした男が、傘を差して、脇の方にある塀の外から入ってきて、御簾の下から手紙を差し入れたのは、嬉しいことです。
とても白い陸奥紙とかいう色紙で、結んである上に引きわたした封の墨が、線を引くなり凍ったらしく、下の方がうすくなっているのを、開けてみますと、本紙をとても細く巻いて結んである折目は、細かく筋がついている所へ、墨が、黒々と、また淡く、下の方ほど行間が狭く、上下に散らし書きしてあるのを、繰り返して、長い間読んでいるのは、「何が書いてあるのかしら」と、よそながら見ているのも興味深い。
まして、当人がほほ笑んだりする所は、その個所の文面をとても知りたいけれど、遠くに坐っている者には、黒い文字などが見えるだけで、「どうやらそんな文句らしい」と想像するだけです。
頭髪が長くて、顔立ちが美しい女性が、暗い頃に手紙を受け取って、灯火をともす間ももどかしく、火桶の火を挟み上げて、その明かりで一字一字拾い読みしている姿などは、実に情緒があります。
なかなか風情があり、落ち着いた文章ですが、さて、これは誰かの描写なのでしょうか、それとも少納言さま自身の回想なのでしょうか。
後半部分の書き方は、第三者を描写している書き方ですが、何だか、取って付けたようで、大部分がご自身の回想だと理解したのですが・・・
常に文おこする人の、
「なにかは。いふにもかひなし。いまは」
といひて、またの日、音もせねば、さすがに、「明け立てばさし出づる文の見えぬこそ、寂々(サウザウ)しけれ」と思ひて、
「さても、際々(キハギハ)しかりける心かな」
といひて、暮らしつ。
(以下割愛)
いつも後朝(キヌギヌ)の文を寄こす男の人が、
「どうしてあなたとこうなってしまったのか。いまさら言っても仕方がない。もうこれきりだ」
といって帰り、その翌日は、何の音沙汰もないので、さすがに、「夜が明けるとすぐに召使が差し出す手紙がないのが、何とも寂しいことだ」と思って、
「それにしても、きっぱりと割り切ったあの方の心だこと」
と呟いて、その日は暮れました。
そのまた翌日は、雨がひどく降る。昼まで音沙汰がないので、
「ひどく見限られたものねぇ」
などと言いながら、端近くに坐っていた夕暮れに、傘を差した使者が持ってきた文を、いつもよりは急いで開けて見ると、ただ、
「水増す雨の」(何かの引用らしいが、不詳)
とだけ書いてあるのは、やたらたくさん詠み並べた和歌よりも、気が利いています。
今朝はそれほどとも見えなかった空が、大層暗くかき曇って、雪も空が暗くなるほど降るので、とても心細い気持ちで外を見ている間もなく、白く積って、さらに盛んに降り続いている時、随身らしいほっそりとした男が、傘を差して、脇の方にある塀の外から入ってきて、御簾の下から手紙を差し入れたのは、嬉しいことです。
とても白い陸奥紙とかいう色紙で、結んである上に引きわたした封の墨が、線を引くなり凍ったらしく、下の方がうすくなっているのを、開けてみますと、本紙をとても細く巻いて結んである折目は、細かく筋がついている所へ、墨が、黒々と、また淡く、下の方ほど行間が狭く、上下に散らし書きしてあるのを、繰り返して、長い間読んでいるのは、「何が書いてあるのかしら」と、よそながら見ているのも興味深い。
まして、当人がほほ笑んだりする所は、その個所の文面をとても知りたいけれど、遠くに坐っている者には、黒い文字などが見えるだけで、「どうやらそんな文句らしい」と想像するだけです。
頭髪が長くて、顔立ちが美しい女性が、暗い頃に手紙を受け取って、灯火をともす間ももどかしく、火桶の火を挟み上げて、その明かりで一字一字拾い読みしている姿などは、実に情緒があります。
なかなか風情があり、落ち着いた文章ですが、さて、これは誰かの描写なのでしょうか、それとも少納言さま自身の回想なのでしょうか。
後半部分の書き方は、第三者を描写している書き方ですが、何だか、取って付けたようで、大部分がご自身の回想だと理解したのですが・・・