日暮しの種 

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紫陽花が星のごとく美しく

2021-06-06 07:23:49 | 編集手帳

2021年5月19日 読売新聞「編集手帳」


梅雨の晴れ間の景色だろう。
俳人の加賀千代女は<紫陽花(あじさい)雫(しずく)あつめて朝日かな>と、
花と水滴と陽光のきらきらした戯れを描写している。

ずいぶん気の早い記事を愛知の地方版に見かけた。
名古屋市の鶴舞公園に「あじさいの散歩道」という名所があるそうで、
「現在は一分咲き」と伝えていた。
見頃を迎える6月上旬~下旬まで、
二分、
三分…とゆっくり花を結ぶようすを眺める楽しみ方が産地にはあるのかもしれないと思った。

花屋に並ぶ鉢植えのアジサイは愛知や島根などが主な産地とされる。
ここ数年は人気の高まりから、
新品種が続々と誕生している。

島根県の試験場が開発した品種は先頃、
「星あつめ」という名に決まった。
空の星を一つ一つ集めるように色づき、
膨らんでいく花の成長に見立てたらしい。
佐賀県は今年、
意欲的に「可愛花」と「雨のち星」という二つの銘柄を送り出した。
前者は「かわいかぁ」という九州弁にちなむ。
後者は雨の中でさえ、
美しく瞬く星だから…。
と知って、
島根の「星あつめ」と並べて観賞したくなった。

地上に星が元気に瞬く季節が来る。雲が隠すからだろう。

 

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「庭のなか」

2021-05-29 08:46:42 | 編集手帳

2021年5月13日 読売新聞「編集手帳」


フランスの作家ルナールが軽妙な筆致で動植物を描いた短文集『博物誌』は、
岸田国士の翻訳で新潮社から文庫版が出ている。

――二つ折りの恋文が、
花の番地を捜している。
先週この一文に触れたところ、
問い合わせをもらったので改めて書籍を紹介させていただく。
それにかこつけ、
かねて書きたくてうずうずしていた文章を引く。

花――今日は日が照るかしら
向日葵(ひまわり)――ええ、あたしさえその気になれば
如露(じょうろ)――そうは行くめえ。
          おいらの料簡ひとつで、
          雨が降るんだ(略)
薔薇(ばら)――まあ、なんてひどい風!
添え木――わしが付いている。
「庭のなか」と題する項にある.

九州南部が平年より19日も早く梅雨入りした。
晴れたり曇ったり、
ときに局地的な大雨を降らす季節が早めのダッシュを決めたらしい。
風水害の心配ばかりか、
今週の末から全国各地で気温が急上昇するという。
熱中症への警戒が欠かせなくなる。

ご家族や近所で、
毎日のように天気の話をされてはいかがだろう。
「庭のなか」の花々や道具の気兼ねのない語らいは、
心配を分け合うようすと解せないこともない。

 

 

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詩句にみる野鳥との距離

2021-05-27 07:16:41 | 編集手帳

2021年5月11日 読売新聞「編集手帳」


道を歩けばスズメに会った時代の作品だろう。
俳人の藤井紫影が描写している。
<子雀の一尺飛んで親を見る>

スズメの子が親と暮らすのは10日ほどで、
その後はスズメの子だけで群れを作って旅に出るという。
そんな習性を知ってからというもの、
一茶の句をふしぎに思うようになった。
<雀の子そこのけそこのけお馬が通る>。
親がそばにいる光景を一茶も目の当たりにしたのだろうか。

短い子育て期間にもかかわらず、
そこに目を向けている。
かつてはそれだけ、
生活の周りにたくさんのスズメがいたということだろう。

宮沢賢治の詩「小岩井農場」に鳥にちなむ色の名が出てくる。
柔らかな山肌は「ひわいろ」、
遅咲きの桜の花は「鴇いろ」、
ゆるやかに傾斜する畑は「とびいろ」――
「鶸(ひわ)色」は明るい黄緑、
鴇(とき)色」は淡い紅色、
鳶(とび)色」は茶褐色。
小欄は辞書に頼らないと詩句の像を結べなかった。

ちなみに雀色は夕暮れ時の形容だが、
今や死語に近い。
野鳥への親しみ方が変わったからだろう。
愛鳥週間(10~16日)を迎えた。
鳥たちとの距離がこんなに違うと、
昔の俳人や詩人が言っているような。

 

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農事暦 残雪絵

2021-05-26 07:00:04 | 編集手帳

2021年5月10日 読売新聞「編集手帳」


 種まき爺(じい)さんとか蛇の口とか、
ユニークな名前が楽しい。
この季節、
山の斜面に見られる雪形(ゆきがた)の話である。

岩肌と残雪とが織りなす美しい文様には雪絵、
残雪絵の呼び名もある。
春の遅い雪国では古来、
農耕期や豊凶を知らせる農事暦として伝承されてきた。
一説によれば数は数百に上る。
ちなみに「爺さん」は東北の鳥海山など、
口を開けた大蛇は中央アルプス・麦草岳に現れる。

このところ、
あちこちの地域版が雪形と田植えの到来を報じている。
岐阜の笠ヶ岳、
白馬の雪形は例年より3週間ほど早く姿を見せた後、
積雪で一度消えたらしい。

雪解けは早かったけれど。
気候が落ち着いてくれれば…。
緊急や非常といった物々しい文言が行き交う昨今、
なに変わらぬ様子で空の機嫌を案じる農家の言葉にほっと一息ついた。
休日の田植え体験でつかの間、
コロナを忘れた子供もいたようだ。
縄文の昔から体に刻まれただろう農耕のリズムを思う。

多くの雪形が消え去る梅雨の時期に、
長野の安曇野から蝶ヶ岳を眺めると、
白い羽を広げたチョウが拝めるそうだ。
その頃、
幾分でも晴れ間が広がっていると信じたい。

 

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アルコール摂取量を足し算引き算

2021-05-13 07:02:38 | 編集手帳

2021年4月21日 読売新聞「編集手帳」


 かつて「こどもの詩」欄に、
小学2年生の算数の詩が載ったことがある。
<わたしはひき算がとくい
 たし算のもんだいでも
 まちがえて 
 ひき算してしまう…
 ひき算なら百てんなのに>

当時の選者、
詩人の長田弘さんの評がうなずける。
<どっちかじゃなく、
 どっちも大事。
 大きな数を小さくする引き算も。
 小さな数を大きくする足し算も>

大人の世界でも大事なことだろう。
酒類大手各社は缶製品を中心にアルコールの量を「グラム」で示す取り組みを始める。
要は「足し算」で、
飲み過ぎに注意してもらう試みである。

厚生労働省によると、
糖尿病や高血圧のリスクが高まるアルコール摂取量は
「1日につき男性で40グラム、
 女性で20グラム以上」だという。
この値を目安にして各社公表の数字を足していけばいいので、
「%」表示より分かりやすい。
もう一方の「引き算」はぜひ、
健康診断の要注意値を減らす楽しみに。

若い頃からかなりお酒を召し上がったというダジャレ名人、
高田文夫さんに自戒の響きもある作品がある。
<とうにょうだよ 
 おっかさん>。
心配してくれる家族をまぶたに描く予防法もある。

 

 

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マスターズ挑戦10度目 満面の笑み

2021-05-05 08:54:00 | 編集手帳

2021年4月13日 読売新聞「編集手帳」

 

 ゴルフはなぜ18ホールで競うのか。
時は18世紀に遡る。
1764年、
スコットランドのセントアンドルーズのコース改造でたまたまそうなったからだという。

その当時の日本は、
江戸時代が半分を過ぎた頃である。
歴史も見えない壁の一つだろうか。
日本の一流選手が挑戦しては惜しいところで敗れてきたメジャー大会で、
松山英樹選手(29)が栄冠を射止めた。
マスターズ・トーナメント優勝の偉業は、
沈みがちな気分を明るくするニュースだろう。

松山選手は優勝者に贈られる「グリーンジャケット」に袖を通し、
両手を振り上げて喜んだ。
つられてほほ笑んだ方は多かろう。

詩人の杉山平一さんに「蕾」という作品がある。
<誰がつくった文字なのだろう
 草かんむりに雷とかいて
 つぼみと読むのは素晴らしい…
 とき至って野山に
 花は爆発するのだ>(「杉山平一詩集」土曜美術社)。
春から初夏にかけての景色だろう。

あまり感情を表に出すことのない松山選手が、
春の鮮やかな芝生の上で満面の笑みをたたえた。
マスターズへの挑戦は10度目になる。
蕾のままでいた時間は短くない。
爆発する花を思った。


 

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マンボウ?マンボ?まん延防止!

2021-05-02 06:58:03 | 編集手帳

2021年4月8日 読売新聞「編集手帳」


 ♪ワッショイ ワッショイ ワッショイ ワッショイ ソーレソレソレ お祭りだ――と、
にぎやかに書き出してみる。
美空ひばりさんのうたった『お祭りマンボ』である。

<私のとなりのおじさんは 
 神田の生まれで 
 チャキチャキ江戸っ子 
 お祭りさわぎが大好きで>と1番の歌詞にある。
ワッショイは神田祭のみこしだろう。
2年に1度、
5月に行う神田祭の中止が決まった。

去年は祇園祭(京都)、
天神祭(大阪)が主行事をやめ、
これで日本三大祭りすべてが中止ということに。
東京都が「まん延防止等重点措置」に踏み出す準備を始めたというから、
しかたのないことだろう。

この施策の略称を巡っては、
のんびり感がある、
昼寝をする魚を連想させると、
まじめに議論されもした。
とはいえ、
話題になることで小難しい名の施策を広める役は果たしたかもしれない。
小欄もためらって略称を使わないできたが、
かねて気になる歌の名を上の段に記してしまった。

いつか、
にぎやかなお祭りが戻ってくることを願いつつ。
本場のラテン音楽ではなぜか陽気にこんなふうに叫んだりする。
♪マンボ ウーッ

 

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橋田寿賀子さんが描いた“ホームドラマ“

2021-04-29 07:19:40 | 編集手帳

2021年4月7日 読売新聞「編集手帳」


 ホームドラマは、
日本のテレビ界で独特の発展を遂げたジャンルといわれる。
そもそも成立させるのが難しい。
家族の日常を描くとなれば、
娯楽色では刑事物に勝てない。

「視聴率が稼げない」。
そんな声が満ちるなか、
脚本家の橋田寿賀子さんは考えを変えることはなかった。
売れっ子になりかけていた1970年代初め、
本紙に仮説を語っている。

「三つ要素があれば、
 視聴者の共感をつかめると思います。
 身近なテーマ、
 展開に富むストーリー、
 リアルな問題点」。
仮説が真説になったことはその後の作品群が証明している。

ホームドラマをテレビの主役にした橋田さんが95歳で亡くなった。
仲良しの山岡久乃さんはぼやいたという。
「あなたのホンにかかると、
 ろれつが回らない」。
長いセリフを書くのはむろん役者を泣かせるためではない。
隣の家でありそうなことに、
こっそり聞き耳を立てる心理に視聴者を導こうとすると、
困る役者の顔を浮かべつつ長くなるらしい。

視聴者も泣いた。
お茶の間での聞き耳に覚えのある方は多かろう。
涙、怒り、喜び…
心揺さぶる日常をセリフに詰め込んだ人が逝った。

 

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20歳のアスリートが流した涙

2021-04-26 11:33:44 | 編集手帳

2021年4月6日 読売新聞「編集手帳」


 「大きな感動」あるいは「感動を超える感動」といった表現でもまだスケールが足りないとき、
イタリアの人は「コンムオーベレ(commuovere)」と言うらしい。

『翻訳できない世界のことば』(前田まゆみ訳、創元社)で、
著者のE・F・サンダースさんは次のように説明している。
「涙ぐむような物語にふれたとき、
 感動して、
 胸が熱くなる」――
と教わって辞書で調べてみたところ、
やはり日本語に当てはまる語句は見つからなかった。

何も言わない方がいいとさえ思う。
競泳の池江璃花子選手が、
東京五輪のメドレーリレー代表に内定した。

「勝てるのはずっと先のことだと思っていた」。
白血病の発症から、
2年余りしかたっていない。
日本選手権女子100メートルバタフライ決勝で、
1位でゴールしたことがわかると、
水のなかで肩をふるわせて泣いた。
その涙に感動し、
胸を熱くした方は多いことだろう。

涙はしょっぱい。
アンデルセンは言ったという。
「涙は人間がつくる一番小さな海である」。
20歳のアスリートが流した涙は、
命のまぶしさでは世界の七つの海が束になってもかなわないだろう。

 

 

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ジャパニーズウィスキー

2021-04-24 07:02:04 | 編集手帳

2021年4月4日 読売新聞「編集手帳」


 日本でウイスキーを初めて飲んだのは、
幕末の1853年、
黒船来航時の一行がもてなした幕府側の役人、
というのが有力な説であるらしい。

「ペリー提督日本遠征記」に、
顔を真っ赤にしながら楽しむ様子がある。
「紳士らしい泰然とした物腰を崩さなかった」とも。
北原白秋が、
「ウイスキーの強くかなしき口あたりそれにも優(ま)して春の暮れゆく」と詠んだのは1913年の歌集だ。
琥珀色の味と香りは、
かくも長く人を魅了してきた。

熟成を辛抱強く待たねばならないウイスキーづくりは、
日本人の気質と合っているのだろう。
初の国産品は1929年に遡る。
米英に比すれば新参だが、
今世紀に入ると世界で最高賞が相次ぎ、
海外の愛好家をにしている。
5大生産地といえば今やスコットランド、アイルランド、米国、カナダ、日本だ。
繊細で複雑な味わいは和魂洋才の神髄と言えよう。

4月から「国内で蒸留」といったジャパニーズウイスキーの定義が明確化された。
ラベルなどに順次、
反映される。
近年、
外国産原酒のみを使用し、
ブランドを毀損(きそん)する例があるためだ。
春宵には飲みたくなる。
本物を。

 

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プロ野球開幕

2021-04-23 07:18:46 | 編集手帳

2021年3月27日 読売新聞「編集手帳」


変なクイズを考える級友がいた。
『巨人の星』の歌はどうはじまるか? 
なんだ、
そんなことか。
♪思い込んだら…と歌うと、
首を横に振られた。
「シュッ キーン ダダダッ ワーッ…だろう」

いわゆる引っかけ問題である。
昭和の子供たちを夢中にさせたアニメの主題歌はイントロの前、
投げる、
打つ、
走る、
観衆のざわめき、
という効果音に始まっていた。
去年のプロ野球はテレビ中継、球場の観戦のいずれでも打球音がよく響いた。

にぎやかな応援の鳴り物や、
ワーッの歓声もない球場はさみしいものの、
代わりに野球の迫力を伝えるものがあった。

プロ野球が開幕した。
残念なことに“かんせん”事情は今年もあまり変わらない。
仙台や大阪では陽性確認数がにわかに増えている。
球団の責任と苦労は大きいだろう。
全国を巡りつつ集団感染を出さない活動を、
シーズンを通してやり遂げてもらいたい。

米国ではホームランを「Big Swat」とも呼ぶ。
スワットは「ピシャッと打つ」という意で、
警察の特殊部隊「SWAT」の名も打撃にかけたものらしい。
世を苦しめる敵をピシャッと迎え撃て。

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見知らぬ誰かよりは、口うるさいお父さんのほうがまし

2021-04-22 08:52:20 | 編集手帳

2021年3月25日 読売新聞「編集手帳」


 花粉が飛んでいなければ春風は心地よい。
天気のいい朝に、
新美南吉の詩「窓」を浮かべることがある。
<窓をあければ
 風がくる、
 風がくる
 光った風がふいてくる…>

窓は生活の内側から、
使うものだろう。
外側から使われては、
ちょっと困ったことになる。
知らない人が外に立って、
日々の暮らしをのぞかれていたなら…。
ぞっとする。

無料通信アプリLINE(ライン)を利用する人の情報が、
業務委託先の中国企業で閲覧可能になっていた。
国境をはるか越えた遠い場所に、
生活の窓がひそかに存在したことに驚く。

しかも、
政府が企業に情報提供を強制できる国にポカッと開いていた。
問題があっても日本の法がおよばず、
情報を守りにくい。
欧州連合(EU)は個人情報の管理が十分でない国へのデータ移転に目を光らすという。
多くの人が、
安心して通信できる環境の遅れを痛感する昨今だろう。

第一生命「サラリーマン川柳」につぎの一句がある。
<父だけが 
 LINEのグループ 外されて>。
見知らぬ誰かにこっそりのぞかれるぐらいなら、
口うるさいお父さんのほうがかなりましなのでは。

 

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テスラの経営者イーロン・マスク氏

2021-04-19 07:18:37 | 編集手帳

2021年3月22日 読売新聞「編集手帳」

 

米電気自動車大手テスラの経営者イーロン・マスク氏は読書家として知られる。
幼い頃は1日10時間かじりつき、
図書館の本を読み尽くしたほど。
特にSFに夢中になった。

影響を受けたのは英国の脚本家が書いた「銀河ヒッチハイク・ガイド」という小説で、
知り合いの宇宙人と星々の間を放浪するドタバタコメディーである。

そんな珍道中がお好みのマスク氏率いるスペースX社は、
民間人だけによる宇宙旅行を今年秋にも行う準備を進めている。
昨年、
有人宇宙船の打ち上げを成功させたものの、
宇宙飛行士がいない旅はどうなることやら。
ワクワクに不安も交じり、
想像すると胸がいっぱいになる。

型破りな経営者は「テクノキング」という新しい肩書にした。
SFに出てくる怪獣のような奇妙な響きだが、
実際、
米証券当局に資料を提出している。

3年前のエープリルフールに「テスラは完全に破綻した」とつぶやき、
株価の急落を招いたりもした。
そうこうしているうちに技術を高め、
今や販売台数で世界最大の電気自動車会社である。
世の中には成功とお騒がせを一緒にやってのける人がいるんだなあ。

 

 

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いや、まだまだ

2021-04-18 08:40:19 | 編集手帳

2021年3月20日 読売新聞「編集手帳」


 本紙「時事川柳」欄が東京、
大阪本社を拠点に、
別々に投稿作品を選んでいるのはご存じだろう。
同じ3月7日付に東西でじつに対照的な作品が載っている。

<おもてなしする客なしも仕方なし>(東京 森昭大)。
五輪とも飲食店とも読める。
で、
一方はというと<大売り出し検温銃が通せんぼ>(大阪 原洋志)。
緊急事態宣言が一足先に解けた街の景色だろうか。
開放感と緊張感の両方がユーモラスにつづられている。

週明けに1都3県の宣言が解除され、
所々警戒の赤に塗られていた日本地図がようやく真っ白になる。
依然気を抜けない情勢でも、
どこかホッとするのは人情だろう。

きょう春分の日が巡り来た。
1年前の昼夜の長さが等しくなる日はどんな世の中だったか? 
本紙をたどると、
専門家会議が警戒を呼びかける記事が1面にあった。
<換気の悪い密閉空間、
 人の密集、
 近距離の会話や発声が行われる3条件が…>。
いわゆる「3密」の呼びかけはここに始まっていた。

近頃では当たり前すぎるためか、
あまり耳にしない。
つい懐かしいとつぶやいてしまい、
いやまだまだと心の緩みに蓋をする。

 

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「笑う」はほのぼの 「嗤う」は邪気

2021-04-16 07:03:11 | 編集手帳

2021年3月19日 読売新聞「編集手帳」


馬糞で作った堆肥にはえるキノコが美味であることを発見したのは、
古代ローマ人といわれる。
いわゆる食用マッシュルームの起源である。
日本では馬糞茸(まぐそだけ)と呼ばれ、
昔から存在は知られていたという。

近代植物学の祖・牧野富太郎博士はこの気の毒な名のキノコをおいしく食べられると知ったとき、
腹を抱えて笑い転げたのか、
随筆「植物一日一題」に異例の様式で書き留めた。
自作の俳句を並べたてたのである。

食う時に名をば忘れよマグソダケ、
家内中誰も嫌だとマグソダケ、
嫌なればおれ一人食うマグソダケ…と面白がっている。

「わらう」には笑うと嗤う(あざけること)があり、
線引きをしづらい。
五輪の開会式に、
女性タレントに豚の扮装をさせる「オリンピッグ」という出し物を発案した演出家が辞任した。
顰蹙(ひんしゅく)を買ったのは、
人の容姿を嗤う面があるのに思い至らないことだろう。
いじめの加害者に似ていなくもない。
邪気に気を留めず、
平和と人道を掲げる祭典で発表しようとした愚かさもある.

牧野博士の面白がり方をほのぼのと感じるのは対象がキノコのうえ、
底抜けに無邪気だからだろう。

 

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