MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

こだわり? 戯れ?

2010-07-09 00:00:01 | 星と音楽・科学一般

07/09 私の音楽仲間 (183) ~ 私の室内楽仲間たち (163)




      Beethoven『ラズモーフスキィ』第2番




   この集いは、すでに何度かお読みいただいているグループです。

         これまでの 『私の室内楽仲間たち』




 第楽章の書法を目にすると、私たちは一瞬言葉を失い
ます。 これを一体、どう表現したらいいのでしょう…?



 とにかく、パート譜だけを眺めていたのでは、まず理解
できない音楽です。 また、瞑想の雰囲気を湛えた楽章
とは言え、聞く者の耳を、外面的な響きで酔わせようと
しているのでもありません。



    [譜例





 ここで Beethoven が用いている素材は、同じ音程の繰り返し
そこから新たに派生する動機、それらの対位法的な模倣など
です。

 個々の素材は、その特徴が見極められた上で、登場する
頻度、場面などが厳格に管理されています。 「素材を極限
まで使い尽くそう」とする、克己、彫琢の厳しさが窺えます。

 いわば "絶対音楽" 的な手段が用いられ、筆致は整然と
した論理性に貫かれています。



 演奏者が瞑想のうちに茫洋としてしまうのでは、このような
音楽は伝わりませんね。

 「Beethoven が何をしようとしているのか」も。 また彼が
「如何に緻密な作業と労力を積み重ねているのか」も。



 作曲も、演奏も、実に奥深い世界だと痛感させられます。




 また、上記の[譜例]の冒頭を、もう一度見てみましょう。
"2度音程" が続けて現われる箇所です。



 これを見ると、思い出してしまうものがあります。

 それは第Ⅰ楽章でご覧いただいた箇所で、そこでは
"3度音程" が、4回連続しています。

 35小節目などのチェロに見られます。 

    [譜例





 このように、同じ音程を何度か繰り返すことによって、Beet-
hoven は新しい動機、主題を作ろうとしています。



 チェロの最初の4つの音符は、"3度" と "2度" の繰り返し
から出来ています。 その順番をちょっと変えると、[譜例
の第Ⅱ楽章の主題になるわけです。

 この二つの主題には密接な関連があるだけでなく、作曲者
の強い愛着さえ感じられます。




 再び第楽章に戻ります。



 最初の[譜例]は楽章の冒頭でしたが、そこではあまり
活躍していないものがありますね。 「ロシアの主題」の中
の、[3度の幅で動くつの音]です。

    [譜例





 もちろん Beethoven が忘れているのではありません。 これ
は以後、たとえば次のように用いられます。



    [譜例] (16 ~ 21小節)





 Vn.Ⅱから順番に登場する、2つの音符の音程は、先ほどの
2度から、長3に拡がっています。 "捉えどころの無い2度"
に比べれば、はるかに "情感豊かな音程" で、ここで初めて
重要な役割を与えられました。

 また各パートの最初の音は、"Si" → "Mi" → "Si" と、4度、
5度
音程で配置されています。



 なおここで Vn.Ⅰは、上下に幅広く跳躍しながらも、やはり同じ
"3度音程" を一緒に奏でています。




 下降するから、上向するへと拡がった音程は、この
後どうなっていくのでしょうか?



 37小節目では、下降する "完全4度" が現われます。 今度は
Viola とチェロの2人で、しかも3回連続して繰り返されます。

 また両者の間の音程はを保ったままです。 Viola の2、3
小節目は、チェロの1、2小節目の模倣でもあります。

 何と言う徹底ぶりでしょうか。



    [譜例] (35 ~ 40小節)





 なお直前の4小節間では、Viola がオクターブ (8度) で
跳躍しています。

 先ほど[譜例]で動いていた ViolinⅠでは、最大の
跳躍幅は7度でした。 ここでは音程が広くなるとともに、
4分音符が間に入り、周期が長くなっています。




 Beethoven は相変わらず、すべての音程素材を使いこなし、
均整の取れた論理、普遍的な響きを目指そうとしているので
しょうか? それとも、個々の魅力的な音程と、純粋に戯れて
いるだけなのでしょうか。

 いずれにせよ、「天体のハーモニーを思い、星を見つめる」
だけに止まっていたら、この楽章は出来なかったでしょう。




 「第Ⅱ楽章のアイディアが生まれたのは、星を見つめながら、
天体のハーモニーを思い浮かべていたときだった。」

 何度もお読みいただいた一節で、弟子のチェルニ―が聞いた
という、作曲者の言葉です。 信憑性を一笑に付す学者が多い
そうですが、貴方はどうお考えですか?

 "瞑想的な雰囲気"、"星空"…と来れば、何やら出来過ぎの感
もしないではありません。




 しかしこの楽章における Beethoven の作曲姿勢を見る限り、
「まんざら嘘でもなさそうだ」と私は感じるのです。

 その手法が相変わらず緻密なだけではありません。 様々
な音程、音符の数、そして繰り返される回数など、"数字" に
対するこだわりが、随所で見られるからです。



 数字と言えば、思い浮かぶのは数学天文学。 いずれも
「瞑想に耽る」と言うよりは、「厳密な正確さが求められる学問」
です。 ここでの Beethoven の態度は、「後者に近い」と言える
でしょう。



 冒頭の青線赤線部などでは、パート間に跨る "音程の法則"
が見られました。 これはあたかも、天体間を支配する法則の
ようです。

 また各パートの "対位法的な模倣" による動きは、星々の運行
さえ思わせます。 まさに "天体のハーモニー (調和)" です。



 ニュートンの唱えた万有引力の法則に、Beethoven が興味を
抱いていたかどうかは判りませんが、天文学についての書物
を深く読み込んでいた」との記述
も見かけます。




 ところで惑星には "見かけの逆行運動" というのがあります。
これは《東→西→東→西》のように複雑な運動なので、かつて
の天動説では説明に大変苦労しています。 図をご覧になると、
まるで第Ⅱ楽章冒頭の主題そっくりだと思いませんか?

            図① 図②

 この運動は "遊星、惑星" と呼ばれる一因ともなりました。
英語 "Planet" の元となった、ギリシャ語 "プラネテス" は
「放浪する者」(πλανήτης) という意味なのだそうです。




 「せっかく瞑想に耽りながらいい気持ちでウトウトしてるのに、
ロマンの夢を覚ますでない!」

 …と、またしても作曲者から抗議の電話がかかってきそうです。




 帝政ロシアからやっとヴィーンへ戻ったかと思ったら、今度は
星空の探索…。 長旅、本当にお疲れさまでした。




  (この項終わり)




 音源はこれまでと同じものです。



ブダペスト弦楽四重奏団:1951年5月録音

バリリ四重奏団      :1956年録音

音源ページ




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