モルツーの日々@競馬と本と日本史他

本が好きな書店員(出版社営業部から書店員に出戻りました)。史跡巡りの写真を素敵に撮りたい。馬も好き。

継桜王子の秀衡伝説を初めて知った

2010年12月05日 | 奥州藤原氏
熊野古道に藤原秀衡にまつわる伝説があることを、つい先日知りました。

きっかけは、こちらのブログさん。

「継桜王子」ってなんだろう?
「奥州藤原氏にまつわる話」ってなんだろう?
と検索してみたところ、ウィキペディアに項目がありました。

曰く、「継桜王子」という神社があって(王子様の名前ではなく社の名前なのですね)、そこには下が檜で上が桜というフシギな木がかつてはあって、その桜は「秀衡桜」とも呼ばれていて、なぜ呼ばれていたかというと、

「藤原秀衡が熊野に詣でた際、山中で夫人が産気づき男児を出産した。
乳児を連れて参詣を続けるわけには行かず、熊野権現の夢のお告げを頼りに立願し、滝尻王子の裏手にある窟に赤子を残して参詣の旅を続けた。
しかし、野中のあたりに差し掛かったとき、やはり我が子のことが気になり、それまでついてきた桜の枝の杖を地面に突き刺し、置いてきた赤子が無事ならこの桜も育つだろう、それが叶わなければこの桜も枯れるだろうと祈り、旅を続けた。
帰路、ふたたび野中に着くと桜は育っており、喜んだ夫妻は道を急いだ。
赤子は山の狼たちに護られて無事に育っていた。この子が後の和泉三朗忠衡である。」
(ウィキベディアからコピペさせていただきました)

という伝説があるのだそうです。
・・・置いてくなよ!狼かよ!!と、まずはツッこんで・・・、と。

そんな伝説があるだなんて始めて知りました。
ただ、ウィキペディアでも言及されていますが、秀衡が熊野に来た記録は無いようです。
熊野信仰はしていたそうですが。

とはいえ、秀衡氏が熊野に伝説を残してることが、嬉しいです。
当時、京でもよく知られた人だったんだろうなぁと、改めて思えて。

熊野古道に行くチャンスがあったら、ゼッタイ、探し出してお参りします!継桜王子!!



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