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モルツーの日々@競馬と本と日本史他

本が好きな書店員(出版社営業部から書店員に出戻りました)。史跡巡りの写真を素敵に撮りたい。馬も好き。

読了レビュー『貧困 子供のSOS - 記者が聞いた、小さな叫び』

2016年10月07日 | 書籍紹介と読書記録
貧困 子供のSOS - 記者が聞いた、小さな叫び
読売新聞社会部
中央公論新社


「貧困」という言葉を、よく見聞きするようになった。
よく見聞きするようになったことで、逆に何の引っ掛かりもなく聞き流してしまっているような気がする。
一日一食しか食べさせてもらえない子供。
酷い場合には一食も食べられない子供。
服を買ってもらえない子供。
周りの子がみんな持っている物を持てずにいる子供。
「貧困」の影響を受けると、子供達は「未来への希望」を失ってしまい、さらなる貧困スパイラルに陥ってしまうのだという。

本書では、そんな「子供の貧困」にスポットライトをあて、子供自身への取材をメインとしている。
読売新聞で連載記事に加えて、そこには載せ切れなかった周辺の事柄にページの大半が割かれていて、大変興味深い。
取材をしている間の子供の様子や、親の言葉、彼らと関わりをもっている支援団体者からのコメントなど、とてもリアルに雰囲気が伝わってきた。
また、一節一節は簡潔にまとめられているため、とても読みやすい。
その分やや物足りなさを感じなくはないが、子供の貧困問題を考えるための入口の一冊として、お勧めできる。

「貧困」の問題点は、直近の生活もさることながら「この先、自分の人生はどうなるのだ」という不安感だと思う。すでに社会に出ている大人でもその不安感に囚われると夜も眠れなくなるだろうに、その人生においてまだ「将来」しか無いような子供にとっては、「未来への希望」がどんなものかも知るチャンスが無いままに無気力になってしまうのもむべなるかなと思う。

私自身は子供が無く、どちらかというと客観的な視点で本書を読んだが、だからこそ、貧困が子供に与える影響は「虐待」と呼べる事柄だろうと納得し、危機感を覚えた。
一個人では大したことはできないが、何か小さなことでも行動を起こしたいと思うし、本書を読んで行動を起こす人が増えていけば良いなと願う。

「貧困」が子供に与える影響がリアルに伝わってきた。「生活保護は甘えだ」と思う人にもぜひ読んでいただきたい。


読書記録2016年7月

2016年10月04日 | 書籍紹介と読書記録

2016年7月は2冊。
念願の書店員に戻り、立ち仕事にカラダが付いていかずに居た頃です。

 

まっ直ぐに本を売る―ラディカルな出版「直取引」の方法
石橋毅史
苦楽堂

主にトランスビューについて書かれた本。
当たり前なことをフラットな感覚で行っているだけなのだと感じられて、驚いた・・・なんてことはあまり無かった。
自分の腕に収まる範囲のことを、無理なく行っているカンジのトランスビューという存在。
でもその有り方はとても全うで、大きくなりすぎた現存の取次ぎの方が無理あるシステムなのではないかと思えてしまった。
「業界再編」の気配を感じながら働いているが、こういった存在が増えていくのではとも思う。



無私の日本人 (文春文庫)
磯田道史
文藝春秋

読みたいなーと思っていたら、ダンナが買ってた。
ラッキー。
羽生結弦が「殿」役で出てることでも話題の映画「殿、利息でござる!」の原作本(小説ではないが)。
この著者は、知られていない史料から、当時の人間の営みを再現して我々に見せてくれる。『武士の家計簿』で感服した覚えがある。
本書もそのチカラは健在で、とある東北の村で、村人達が村の将来を考えて自分達のアイデアで行動していく姿に衝撃を受けました。「お上任せ」でない人達は、ちゃんと当時も居たのだなと。
映画はまだ観ていないのですが、羽生クンはこの役だろうなーという「殿」もちゃんとかっこよく登場。
ちなみに、映画とは別のエピソード2編も収録されているが、その2編を含めて『無私の日本人』というタイトルなのだと感じさせられた。


以上、2冊でした。


読了レビュー 『城主になった女 井伊直虎』

2016年09月15日 | 書籍紹介と読書記録
城主になった女 井伊直虎
梓澤 要
NHK出版

 

「大河ドラマ主人公、柴崎コウ氏主演」と聞いて、打ち震えた女子(おなご)は私だけではないはずだ。
そんなキャスティング、かっこよすぎるじゃないか、と。

その時に想像した直虎さんのイメージは「芯のしっかりとした女性」であって、男勝りで武器を振り回す「男に混ざる系」のイメージでは無かった。
本書を読んで、彼女がイメージ通りの「芯の強い系女子(じょし)」であるらしいと想像できて、とても嬉しく思っている。


特に、出家時のエピソードが揮っていた。
許婚・亀之丞の親が戦国の争いによって命を狙われ亀之丞自身も遠方に逃げ落ち延びるのだが、それを知った直虎は、「出家する」と言い張り、親にも相談せずに馴染みの寺へ行って出家してしまう。
この時、直虎はまだ8~9歳くらい。
9歳の女の子が許婚の状況を理解し、剃髪してしまう。
しかも、それを知った両親が嘆きに嘆いて「どうか名前だけは尼の名前ではなく今のままで」と言っても本人は頑として「どうか出家した者として尼の名前を付けてください」と、その馴染みの寺の和尚に懇願したとのこと。
困った和尚さんが付けた名前が、井伊家の嫡男に付けられる「次郎」という名と、僧侶であることを現す「法師」を合わせた「次郎法師」という名前だったというのだが、10歳未満の女の子が大人達を困らせながらも凛として己の主張を通しているあたり、今からドラマでこのシーンがどう描かれるのか楽しみで堪らない。

本書の作者は、2006年に井伊直虎の小説を出している。(『女にこそあれ次郎法師』*2016年に文庫化)
現地を訪れ、その地の史料も読み込んでいるようで、とても骨太な取材に基づいて「直虎像」を作り上げているようで信頼がおける。
井伊家といえば、ひこにゃんの彦根城のイメージがあるが、そもそもは浜松市、浜名湖の少し北側の「井伊野」あたりだったとのこと。
彦根と併せて、直虎巡りをしてみたくなった。

NHK出版から今年(2016年)8月に出版された本書。
当然ながら、2017年大河ドラマを意識して作られていると思われる。原案本では無いが、巻末には「ゆかりの地紹介」も掲載。毎週本編後に放送される「あの部分」を彷彿とさせる。

「真田丸」がいよいよ佳境にさしかかる中ではあるが、来年の大河ドラマが待ち遠しいかたへぜひお勧めしたい。


読了レビュー 『罪の声』

2016年09月15日 | 書籍紹介と読書記録
 罪の声
 塩田武士   
 講談社



犯人に「声」を利用された子供と同世代と思われる作者の「子供を事件に巻き込んだことへの憤り」が感じられた。
 
テレビで流されたグリコ・森永事件のあの脅迫テープは、当時子供だった私の記憶にも残っている。
事件の経緯や詳細をネットの解説サイトで復習し、その脅迫テープを動画サイトで聴いてから読み始めた。

作中では、企業名などは架空の名称に変更されている。しかし、物語を読み進めながらそれらの仮称を脳内で自然と変換してしまうほど、グリコ・森永事件の話として違和感無く読める。

主人公が、幼い頃の自分の声が吹き込まれたテープを親の遺品から見つけ、ネットの動画サイトにある「あの大事件の脅迫テープ」と全く同じものであると気付くシーンには鳥肌が立った。
また、作者の「キツネ目の男」についての考察はハッとさせられた。「なるほど真相はそうだったのかもしれない」と思え、その謎解きの要素に惹きつけられてイッキに読んでしまった。

ただし、この作品の目指すところは未解決事件の真相を暴き出すことではないのだと、事件を辿る「当事者」である主人公とともに読み手も気付かされていく。
たとえ時効後であっても、家族自身のために事件を「解決」させねばならない、と。

私も、あの脅迫テープの子供と同世代。作者がインタビューで語っていた「どこかですれ違っているかもしれない」という感覚にとても共感した。
「事件に利用された子供」についても、考えさせられる。

読書記録2016年6月

2016年09月12日 | 書籍紹介と読書記録

仕事を辞めて、有給休暇消化中だったのでけっこう読みました。

翼のある人生 SKY IS THE LIMIT
室屋義秀
ミライカナイ

レッドブルエアレースのパイロットによる自伝エッセイ。
私、エアレース大好きでして。今年(2016年)の千葉幕張大会、1日目の予選のチケットを取って行ってきたんです。
残念ながら強風のため中止になってしまったんですけどね。
本書は、会場での先行販売で買ったものです。
エアレースとは、「空のF1」とも言われるもので、決められたコースを小型プロペラ機で順番に飛んでタイムを競って順位を決めます。車のF1はクラッシュすることが要素の一つになっている雰囲気を感じますが、エアレースは事故に最大限の配慮がされており、安心して観戦できます。
その中で繰り広げられるレースは、飛行機の美しさにも実は注目されていて、大会映像で映し出される小型飛行機の姿はツバメのようであったり猛禽類のようであったり。あと、飛行機の「カオ」も注目だったりします。
そんなエアレースのパイロットだなんて、どんなイイトコの坊ちゃんがなるのさと思っていたら、この室屋選手、普通のサラリーマン家庭出身で、苦労してエアロバティック飛行を続けていたとのことです。
日本でバイトをしまくって稼いである程度貯まったところでアメリカへ行き、そこで飛行時間を得て技術を学び・・・ということを繰返し、スポンサーを得るために営業しまくったというハナシも。かつてテレビでやっていた「マネーの虎」にも出たとか。
アクティブな行動派なのだなぁと感心することしきりでした。
最も、そうでなければ「アジア人唯一のエアレースパイロット」なんて称号はなかなか得られないですもんね。
本書を読んで、またさらに室屋選手のことが好きになりました。
ふくしまスカイパークにも、遊びに行ってみたいです。



空飛ぶ広報室 (幻冬舎文庫)
有川浩
幻冬舎


エアレースの熱が冷めやらぬ頃、「空」モノが読みたくて。
ドラマを1話だけチラチラと観たことがあったので、ドラマキャストのイメージで読みました。ピッタリですね。
メソメソなく主人公、キライじゃないです。
しかしなんともこの有川浩という作者は、どんだけ取材してどんだけのメッセージを込めて作品を産んでいるのだろうと感服します。
本書も、東日本大震災直後に出版予定だったものを、震災を受けてラストシーンを入れたいがために予定を変更したとのこと。作者の取材対象への想いが現れていて、「小説家として、小説で出来ること」をとても真摯に考えている作者なのだと思わせられました。



女子の古本屋 (ちくま文庫)
岡崎武士
筑摩書房

古本屋を開業した女性店長たちへのインタビューレポート。
開業は、アイデア勝負なのだと思えました。


蛍の森
石井 光太       
新潮社

気になっていた本が文庫化されていたので即ゲット。
あの石井光太氏によるハンセン病を題材にした小説だというので。
「なぜ小説だったんだろう?」と、真っ先に思いましたが、現在もかつての病気と差別に苦しむかたが居る現状では、ノンフィクションは難しかったのだろうと思えました。
ノンフィクション作家が小説ってどうなのよとも思っていましたが、ちゃんと面白く読めました。
ただ、どうしても「差別」を考えることより、「事件はどうなっていくのだろう」という展開の方に気をとられてしまって・・・。
本書をきっかけに、ハンセン病・らい病というものの周辺事情を知ってもらえればよいのかなとも思いますが。


HAB本と流通
クリエーター情報なし
エイチアンドエスカンパニー

書籍業界の最新事情が分かる!
特に、直取引トランスビューの様子が良く分かって、とても参考になりました。


桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)
朝井リョウ
集英社

ブックカフェ「ソリッド&リキッド」にならぶ、著者誕生日ブックカバーのコーナーで、自分と同じ誕生日の本を買ってもらいました。
いつかは読んでみたいと思う本だったので嬉しい限り。
なるほど、文芸作品として話題になるだろうと思わされる作品でした。
桐島クンとやら、登場しないままに彼のウワサだけが触れられて、メインテーマは感受性豊かな高校生の気持ちの部分。
確かにこれは青春文芸です!



以上、6月は6冊でした。


読書記録2016年4月

2016年09月06日 | 書籍紹介と読書記録

桜の季節に、桜な本を読みたくて。
ずっと横目で見ながら通りすぎていた宮部みゆきの小説を、やっと読みました。

桜ほうさら(上) (PHP文芸文庫)
宮部みゆき
PHP研究所
桜ほうさら(下) (PHP文芸文庫)
宮部みゆき
PHP研究所

桜の雰囲気に彩られた世界にどっぷりとひたることが出来ました。
この著者らしく、人間の「気持ち」に光を当てた小説。


以上、2冊でした。


読書記録2016年3月

2016年09月02日 | 書籍紹介と読書記録

2016年3月は、2冊。
個人的な変化がいろいろあった月なのだけど、気持ちが忙しかった割りに意外にもゼロ冊じゃなかったな。


文庫版 小説 土佐堀川 広岡浅子の生涯 (潮文庫)
古川智映子
潮出版社


朝ドラ、録画して観てました。めっちゃ面白くてハマったので、原案本も読まなくちゃと思って。
五代サマは完全に脳内でフジオカ的なカンジになっておりました。
小説ですが、ドラマ性はやはり朝ドラの方が高くて面白かったのですが、しかし明治期の女性実業家。
実物もとても面白かったです(・・・とはいえコチラも「小説」ですが)
カッコイイ女性、好きです。


どうしよう
壇蜜
マガジンハウス

けっこう壇蜜さんのこと、好きです。
淡々としていながら、人間の裏側をしっかりと見据えているのだけど、それを悲観していない雰囲気が。
クラスにこんなコがいたら、ゼッタイお友達になってもらいにいくなーと。


以上、2冊でした。



読書記録2016年2月

2016年08月30日 | 書籍紹介と読書記録

久々の「読書記録」。
溜めてた分を、数日に渡って連投しようと思います。

2016年2月に読んだ本は6冊。
私にしてはけっこう読んだなーって思います。
話題の「キミスイ」も登場しますよ。


赤猫異聞 (新潮文庫)
浅田次郎

新潮社

ハズレ無しの浅田次郎。
予想通りの展開なのにこんなにも心に残るのは、ウデの違いなかぁって。



君の膵臓をたべたい
住野よる
双葉社

WEBで評判が良かったので読んでみました。
そーゆーパターンって大したことないことが多いものですが、コレは違いました。
人のココロのアツさがぶわ~っとなってて、あぁ、これはきちんとした「文芸」だと思いました。
侮っててゴメンナサイ。
「奇をてらったタイトルで釣って、どうせライトな作品でしょ」と思ってるかたにこそオススメして感想聞きたいです。

また、同じ夢を見ていた
住野よる
双葉社

続けてこちらも読みました。
私は、こちらの作品の方が好み。
女の子が主人公で、少し不思議な物語。
生きづらさを抱える人への癒しにもなる話じゃないかなと思う。
猫さんが可愛いんだ。


あなたという国: ニューヨーク・サン・ソウル
ドリアン助川
新潮社


作者は、9.11テロ当時、ニューヨークに居たようです。
なのでその描写がとてもリアルで、現地の混乱と情報錯綜の様子が迫ってきました。
日本人と韓国人。やはりこんなカンジなのかなと思わせられたり。
お祖父さんが特攻兵だったことを親戚に隠しているという韓国人ヒロインの言葉は、ちょっと色々考えさせられました。


目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書)
伊藤亜紗
光文社

見えることが良いことで、見えないことは悪いことなのか。
見えていると強くて、見えない人は弱い立場か。「言葉にしにくいものを言葉で解明していこうという学問」である「美学」の専門家が、晴眼者と視覚障害者の違いに注目することで「人間にとっての視覚」を解き明かしていこうとする過程を、一般人にも分かりやすく解説してくれている。
福祉に偏りすぎず、生物学でもない、両者の間に絶妙なバランスで立って解説した本書。
とても興味深いし、分かりやすかったし、私の中の障害者福祉に対する考え方が少し変化した気がする。


本屋稼業
クリエーター情報なし
角川春樹事務所


読み始めは、淡白な小説だなぁと思ったのだけど、キャラクターの心情に自分を重ねまくって読む小説とは違うタイプの小説なんだと気づいたらそれほど気にならなくなった。「経済小説」とかって、このタイプが多いなと。
気にならなくなった後は、かなりのめり込んでイッキ読み。
題材が本と本屋を愛する人の話だったことが大きかったかもしれない。
イラストが描かれたカバーを取ると、中から紀伊國屋カバーを模したデザインが現れて、愛が感じられた。


読書記録2016年1月

2016年02月21日 | 書籍紹介と読書記録
2016年1月の読書メーター
読んだ本の数:2冊
読んだページ数:482ページ
ナイス数:37ナイス

颶風の王颶風の王感想
これはオススメ。北の大地の風を体感した気がする。三浦綾子文学賞というのも納得。ニンゲンがオヨブモノ、オヨバヌモノ。自然とヒトの在り方を、とある馬の血筋と人間の血筋を追う形で描いている。前半、古い時代を描いている部分はやや装飾的すぎる雰囲気があったが、その物語が終盤に活きてくる。静かに強く、心に残る作品。そして馬好きのかたには全力でオススメしたい。
読了日:1月14日 著者:河崎秋子
お茶の味: 京都寺町 一保堂茶舗お茶の味: 京都寺町 一保堂茶舗感想
お茶にまつわるエッセイ。お茶のことだけでなく、京都の歳時記も。ゆったりとした時間に少しずつ読んで楽しませていただきました。
読了日:1月5日 著者:渡辺都

読書メーター

『あん』朗読劇感想

2015年11月04日 | 書籍紹介と読書記録
かなり遅ればせながら、朗読劇『あん』の感想を書いておく。


人の心をコトバで現す「小説」こそが、主人公たちの心情をイチバン表現できる方法だと思っていたが、『あん』の朗読劇を観て、その考えが少し変わった。『あん』朗読劇は、登場人物たちの心情のエッセンスに光を当て、浮かび上がらせていた。朗読劇というもののチカラを目の当たりにしたのだと思う。

同じ作品を別媒体で表現しようとするとき、そのままストーリーをなぞってもあまり面白くはならない。その作品を知らない人ならともかく、すでに別媒体であらすじを知っている人にとっては退屈なだけになってしまう。
『あん』朗読劇を観るにあたって、退屈だったらどうしよう、と少し思っていた。
けれど、前振りトークで原作者でもあり朗読劇の主役も演じるドリアン氏が「小説とも映画とも、ラストが少し違います」と言ってくれたことで期待が持てた。そして、劇が始まったら、ラストどころか最初からその味わいは全く違っていて、あらすじは知っているのに物語の世界にすっかり入り込んでしまっていた。
月光を思わせるギターの音色と、ドリアン助川氏の心地良く響く語りの声。イントロからすでに感極まってしまいそうなほど。
中井貴恵氏による徳江さんは、とても雰囲気があってテンポが心地良くて、樹木希林氏の徳江さんとは違うようで同じようで、でも間違いなく徳江さんで、桜の木の下でとても嬉しそうに餡を作る姿が浮かんだ。
映画とも小説とも違うのは、その短かさ。
どうしても縮めないといけないので、その分、強い要素だけが残る。短歌に色んなものが凝縮されるように。
餡や風の声を聴く徳江さん。
部屋で一人「どら焼き、いかがですかぁっ!」と慟哭する店長さん。
声を上げて泣くわかなちゃん。
原作を知らない人がこの朗読劇をどんなふうに捉えるかまでは分からないが、小説を読んで映画を観てから今回観劇した私に、とても朗読劇の印象は強いものだった。

また、演劇のことをよく知らない私が語るのも僭越ながら、中井貴恵氏の演技は特に凄かった。
徳江さんとわかなちゃんの演じ分けだけなら「まぁプロだし」で済ませてしまえるが、終盤で登場する若い頃の徳江さんがわかなちゃんと違っていた。また、ぜんざいを振舞うシーン、病み上がりの徳江さんの声がそれまでと張りが違っていた。少し痩せてしまった徳江さんが見えて、「これは凄い体験をさせてもらったな」と感動的だった。


私は現在、38歳。
私が通っていた小学校や中学校では、ハンセン病についても、その施設が自分の住まう市内にあることも、教えてはくれなかった。親も同様。
大人たちは、その情報を無意識に視界から外していた印象。
しかし、市内の北端にその施設は確かに存在し、大人になって市内で客商売をしていれば手指の曲がった人を見かけることが時折あった。
気になっていながら、きっかけも無く素通りしていた存在。
その全生園をモデルとしてこの世に産まれた『あん』は、その大きなきっかけをくれた作品。
ハンセン病のこと、全生園のことを少しでも気になったことがあるかたに、全力全身でオススメできる作品です。

願わくば、原作小説、映画、そして今回の朗読劇が末永く残る作品となりますように。