goo blog サービス終了のお知らせ 

まきた@VetEpi

酪農学園大学をベースに、発展途上国と日本の獣医疫学に取り組む獣医師のブログです。

そんなに喜んでくれるなら

2005-05-01 11:06:57 | ほっと一息。
5月1日(日)。

ワイスワ一家とカンパラ市内のショッピング・モールへ。
子供達を遊ばせるため。

小さなスペースだけれども、遊園地のようになっているところがありました。
日本でもデパートの屋上を遊園地にしてるよね。

体力の限りはしゃぐ5歳のバブラ。
そんなに喜んでくれるなら、お安い御用、と一緒になって遊んであげました。
子供の笑顔はいいなあ。

チャールズの一家と

2005-04-30 13:37:52 | ほっと一息。
4月30日(土)。

ようやく週末ということで、ワイスワ家に招待されました。
いやー、飲んだ、食った。

お酒はウガンダワラジというバナナの蒸留酒。この香りがたまらない。
皆様ごめんなさい。ウガンダのワラジとナイル・スペシャルというビールは、ひっじょうに美味しいにも関わらず、生産能力がないので、ほぼ外国には出回りません。興味ある方は頑張って行ってみてください。あー、申し訳ないけどなんという贅沢。

仲良くえー感じのワイスワ家の写真です。

今日は日本食とフランス語の日

2005-04-18 07:44:22 | ほっと一息。
4月17日(日)。

今日は昼に4時間ほどフランス語の勉強をしました。入門編の本はほぼ一冊終え、ほとんど文法は理解したので、あとは単語を覚えまくれば、会話の練習に入れるかな。
そして夕方からは、フランス人のトーマの家で日本食パーティー。
ユリさん、スコッチウイスキーに関連した仕事を夢見て渡英した若者のKouki君、我が家族3人と、フランス人シェフ、ウエイターである二人のセバスチャン(同名)、そしてトーマの計8人でした。

日本の食事は食べているつもりでも、刺身や豆腐、納豆、寿司などはやはり非日常的です。
美味しかったなー、もうお腹一杯!!
ネパールでもそうだったけど、日本食が食べられない環境にいると、たまに食べたときの感動というものは大きいものです。日本にいても、故郷や学生時代などの思い出の料理は特別なものですよね。皆さんにはありますか?
ネパールから日本に帰ったときは、やはりネパール料理が恋しくなったものでした。村の水牛肉の餃子や干し肉の炒め物はおいしかったなあ。しまった、こんなこと書くんじゃなかった。思い出しちゃったじゃないか!

天馬も、離乳食に使っていた納豆を久しぶりに食べることが出来て大喜びでした。
トーマが面白いDVDをたくさん持っているので、天馬は夢中でした。毎回見始めてしばらくすると次これ、と変えるようにダダをこねるのですが、やさしいトーマと皆さんが言うことを聞いてくれるので、彼にとってはとても幸せなひと時だったことでしょう。
フランス語の練習もちょっと出来たし、いい日だったな。

ある犬達との思い出

2005-03-09 22:31:53 | ほっと一息。
最近「ですます調」とそうでないパターンを書いて試してみましたが、やっぱり「ですます」でないとつっけんどんな感じがしますね。統一してないことに気が付いた方、ごめんなさいね。

先日子供達のコミュニケーションについて書きましたが、実は彼らを見ていて思い出したことがありました。
それは多分僕が3、4歳の頃、なので約30年前か。

その日僕は祖父母の家に預けられていました。
そういう時は大抵兄といたはずなのですが、なぜか僕一人でした。
一人で玄関から出ると、5、6頭の犬の群れがやってきて、僕のまわりを囲みました。僕は幼い頃から動物が好きだったので、なでたりじゃれついたりしていると、犬達も僕のことを仲間と認めました。
ボス犬は白っぽい芝系の雑種で、一緒に行こうと合図をしました。
僕は一番後ろではなく、ボス犬の斜め後ろくらいで、他の犬に囲まれるように歩いたのを覚えています。
角を曲がり、しばらくすると公園に着きました。そこで犬達と仲良く遊んでいたのです。
どのように帰ったかは覚えていないのですが、帰ると祖母が心配していて、
「ほんな犬なんかに付いていったらあかん!」
と怒られました。

祖母は野良犬ということで狂犬病が心配だったでしょうが、僕にとっては見知らぬ犬達との純粋な交流でした。犬達は僕に対して好意的だったし、お互い楽しかったということはなんとなく覚えています。
それからしばらく、祖父母の家に行くたび、またあの犬達に会えないかと待っていましたが、二度と会うことはありませんでした。

言語は違えども

2005-03-08 03:42:50 | ほっと一息。
家族連れで留学すると、周りの一人身の学生に比べてかなりの割合で行動が制限されていることに気付く。一人身だったら多国籍で住むフラットで思い切り異文化交流できるし、英語だけでなく多言語も習得できるのに、と実はよく考えていた。
家族で過ごすのは父親として当然の責任でもあるし、逆に精神的には一人身の学生より追い込まれにくいというメリットも確かにある。

しかし5日の土曜日、家族で来ていて良かったと思うことがあった。
僕が忙しくしている間に、妻はいつの間にか友人を増やしており、そのうちの一人に誘われ、家にお邪魔することになった。
彼女は日本人でJunkoさんといい、スコティッシュと結婚してこちらで暮らしている。
そしてTaro君という2歳半のお子さんがいる。天馬より半年お兄さんだ。

僕たち大人4人が話をしている間、Taro君と天馬は二人で遊んでいた。Taro君は英語も日本語も分かるが、話すのは英語だけだ。そんな二人がどうやって遊ぶのか検討も付かなかったが、仲のいい二人の笑い声が聞こえてきたので覗いてみた。
二人ともお互いに自分の言語を話しているのだが、会話が成り立っているらしいのだ。
写真を撮ったら、Taro君がちょっとフラッシュに驚いてしまったが、仲良く遊んでいた様子が分かるでしょう。本当にけらけら笑っていたのだ。

僕も英語、語学の向上ということに目を奪われがちだったが、人が仲良くするには、言葉は二の次なのかも知れない。大切なことを思い出した。


森のにおい、音のない音

2005-02-01 09:01:40 | ほっと一息。
昨日のブログを書いていて、6年間山の中で仕事をしていた、と書きました。

ここへ来て、まさにいろんな人に出会い、その度に刺激を受けると同時に自分が知らないことを恥じたりします。でももう恥じるべきではないと思いました。
その時また学べて幸せ、と思うようにすればいいわけで。

人生で無駄な時間はない、と聞いたことがあります。
山の中でのあの6年間は、大変だったけど、楽しく美しい時間でした。

丸々3年半、秩父の山の上で仕事をしました。3年半なぞ、10年選手や20年選手、さらにその上には全く及びませんが、まあ丸1年を2回経験すると、少しは季節の移り変わりが分かるものです。
春桜の花が咲き、まあその前からレンギョウが咲いたと思いますが、山吹など春の花があり、ふきのとう、タラの芽などの山菜が楽しめます。春の終わりには桐の薄紫の花やエゴの花。
梅雨ころにはスイカズラの可憐な黄色い花が咲き、山帽子、ウワミズザクラ、初夏にはホオの花が咲きました。

とまあ、若干勘違いはあるかも知れませんが、結構季節には敏感になったものです。
今日の題名は、牛探しをしていたときの情景です。

農家さんから預かっている牛が柵をくぐり抜けて、よく山の中に入ってしまうことがあります。
もちろん一生懸命探して仕事してましたよ。
しかし、夏の森の中で、ふと心地よい風が吹いたあの爽やかさ。牛から意識をそらすと、そこは森の中です。
なんとも言えない木の香り、通り過ぎる風に木の葉が揺れる音、そして風が止まった時の一瞬。
あれは、音がないのではなくて、音のない音でした。

いずれ伝えたいのが、ずっとそこで働いているひとの感性の鋭さです。この世は地位、名声、欲、など人の浮世の方に目が奪われがちですが、全てはもっと大きい自然の流れの中で「生きる」営みがなされているように思えます。牧場のひとたちは、そこらへんを良く知っていたように思います。もちろん牛自体の変化、群れの反応など、本を読んでいるだけでは絶対つかめないことも。

今の季節は、牧場では雪が降っていなければ、牧柵点検をしています。来年牛が脱走することのないように。とても寒いけれど、地形も良く分かるし、冬には冬の、「音のない音」があるものです。
日本の山は、いいなあ。

持つべきは友なり

2005-01-14 07:13:34 | ほっと一息。
生活や、日照時間が短く全く猫の目のように変わる天候には慣れたけれど、本業に関しては、決して順風満帆というわけではありません。

エディンバラ大学獣医学科というのは、獣医師を志すイギリス人達にとっても憧れの大学らしく、イギリス人、外国人を問わず優秀な人たちばかりです。
優秀な人が話しているのを聞くとき、初めこれは僕の語学力が足りないから余計その人が優秀に思えるのだと考えていました。
しかし、他の学科に留学している優秀な日本人や、こちらで働いている医師と獣医師の中国人夫婦、アフリカからの留学生などなどいろんな人と会ううちに、これは語学力の問題ではないなと気が付きました。

レベルが違うかも?僕って場違い?

加えて、学べば学ぶほど途上国の大変さ、発展の困難さが分かります。解決の糸口はどこなのか、と。
どよんとして8時過ぎに帰ってくると、しばらくして友人のステワートから電話がありました。
来週夕食はどうかとのお誘い。
彼は妻のための語学学校も見つけてくれてました。
彼と話しているうちに、心はほぐれていきます。持つべきものは友だと感じた一日でした。