しばらく中国上海近郊の水郷が多かったので、日本の水郷も。 近江八幡の水郷です。 安土桃山時代に豊臣秀次が八幡山城を築城した際、市街地と琵琶湖を連結するために造られました。 城下町の都市計画として整備され、城を防御する軍事的な役割と、当時の物流の要であった琵琶湖の水運を利用する商業的役割を兼ね備えました。 八幡堀により船や人の往来が増えたことで商業が発達し、八幡山城廃城後の江戸時代には、近江商人(八幡商人)による町の発展に大きな役割を果たしたとの事です。 町は大阪と江戸を結ぶ重要な交易地として発展し、堀沿いには裕福な豪商たちの白壁の土蔵や旧家が建ち並びます。 八幡堀を含む旧市街地約13.1ヘクタールは、「近江八幡市八幡」の名称で重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。 ランキングに参加して居ます。 ポチッとよろしくお願いします。 にほんブログ村 |