空飛ぶ自由人・2

旅・映画・本 その他、人生を楽しくするもの、沢山

映画『愛を耕す人』

2025年02月21日 23時00分00秒 | 映画関係

[映画紹介]

かつて、「マット・デイモンにハズレなし」
我が家の家訓だった。
しかし、それも「グレートウォール」(2006)で、もろくも崩れた。
代わったのが、マッツ・ミケルセン


“北欧の至宝”マッツ・ミケルセン出演の映画にハズレはない
美男でもなんでもないのだが、
そのたたずまい、挙措に哀愁がにじみ出る。
アカデミー賞の国際長編映画賞受賞作の
「アナザーラウンド」(2020)など、


ラストの酩酊状態で踊る姿に、
どうして酔っ払いのダンスが胸を撃つのだろうと、
不思議に思ったものだった。

この映画もマッツだからこそ成り立った作品。
イダ・ジェッセンによる歴史小説「The Captain and Ann Barbara 」を
発売前に読んだニコライ・アーセル監督が感銘を受け、
マッツに声をかけたことで映画化が実現した。
ニコライ・アーセル監督といえば、
ベルリン国際映画祭で2つの銀熊賞(男優賞/脚本賞)に輝いた、
デンマークの宮廷を舞台に、
王と王妃、侍医の三角関係を描く傑作、
「ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮」(2012)で、
マッツの才能を開花させた人。


その二度目のタッグ。
これは、観なければなるまい。

18世紀デンマーク。
広大な王室所有の荒れ野が放置されていた。
退役軍人のルドヴィ・ケーレン大尉が、
ひとり荒野の開拓に名乗りを上げる。
草木の生えない荒地に
じゃがいもを植えて、収穫を待つ。
しかし、地元領主のフレデリック・デ・シンケルが
自らの勢力が衰退することを恐れ、
様々な手段で妨害する。


集まった開拓民の中にも、
迷信と無知と人種差別が潜んでいる。
襲い掛かる寒冷地の自然の脅威
地元領主からの非道な仕打ちに抗いながら、
シンケルのもとから逃げ出した使用人の女性アン・バーバラや
家族に見捨てられた少女アンマイ・ムスと共に、
開拓を続けるが・・・

デンマーク開拓史の裏側に隠された、
実在の英雄とその疑似家族を辿る物語。
マッツ演じる主人公ケーレン大尉の、
無言の演技が画面を引き締め、
重厚な作品になった。

デンマーク・ドイツ・スウェーデン合作。

5段階評価の「4」

新宿ピカデリー他で上映中。

 


映画『ドライブ・イン・マンハッタン』

2025年02月18日 23時00分00秒 | 映画関係

[映画紹介]

夜のニューヨーク。
ジョン・F ・ケネディ空港から一人の女性が定額タクシーに乗り込む。


女性はプログラマーで、
オクラハマの故郷の姉を訪ねての帰り。
姉は11歳離れており、性格が悪いという。
母は娘たちを残して家を出、
6歳の時に父親とも別れた。
父との別れの日の記憶は姉と食い違っている。

運転手はタクシー歴20年の中年男性。
2回の離婚歴があり、
人生の辛酸を味わい尽くしており、
女性がスマホでやり取りしている相手が
既婚者だと見抜く。
こうして、二人は、それぞれの人生を語っていく。

運転手と客の交流を描くのは、
「パリ タクシー」 (2022)と同趣旨だが、


「パリ タクシー」は回想を交えての展開。
しかし、本作は、
マンハッタンの女性の自宅まで
渋滞に巻き込まれながらの100分間
徹頭徹尾、二人の会話だけで終始する。

脚本と監督は、劇作家でもある、
クリスティ・ホール
会話劇はお手の物だ。
最初は舞台劇を想定していたらしい。
優れた脚本が世界中から集まる
“脚本家専門サイト”「ブラックリスト」で
第3位にランクイン。
ダコタ・ジョンソンの製作会社「ティータイム」が獲得し、
脚本家を長編初監督にした。


会話は、シニカルなジョークを交えながら、
車内という閉ざされた空間で交わされる2人の会話は、
次第に本質に触れて来る。
二度と会うことのない関係だからこそ、
お互いの本音を打ち明けていく二人。
最初はバックミラー越しのやり取りで交わされた会話も、
渋滞に嵌った時、
運転手が仕切りの窓を開け、
乗客の方を向いて語り出す。

困難な恋愛を抱えている女性は
次第に心を開いていく。
最後に、女性は誰にも言わなかった
オクラホマでの人生の秘密を運転手に明かす。

ラスト、運転手との別れの際に差し出された手を握らず、
彼の頬に触れる。
父親との別れの際の記憶、
不倫相手に父性を求めていたことが分かる。

女性を演ずるのは、
「フィフティ・シェイズ」シリーズのダコタ・ジョンソン


美人。
製作も兼ねる。
運転手を演ずるのは、ショーン・ペン


「ミスティック・リバー」(2003)、「ミルク」(2008)で
アカデミー賞受賞歴2回の名優。
友人でもある二人が
完全二人芝居に挑戦。
冒頭、空港の配車係が行先を訪ねる以外は、
ずっと車内の会話に終始。
時間進行と映画時間が一致するワンシチュエーション劇。
その意欲と志を買う

ニューヨークの夜景が
ぼやけて窓の外に写り込むが、
観光的な描き方はしない。

5段階評価の「4」

シネスイッチ銀座他で上映中。

 


映画『6888郵便大隊』

2025年01月09日 23時00分00秒 | 映画関係

[映画紹介]

第二次大戦下、
兵士と家族の間の手紙を届けるのに尽力した陸軍婦人部隊の
実話に基づくヒューマン・ドラマ。
6888は、「シックス・トリプル・エイト」と読む。

合衆国東部の町で、母と伯母と暮らす学生のリナ。
黒人差別意識のない白人の恋人エイブラムとの仲も良好だった。
しかし、軍人として戦地に赴いたエイブラムは還らぬ人になってしまう。
悲しみに暮れるリナは決意する。
軍に入り、ヒトラーと戦う、と。

リナが配属されたのは“6888大隊”。
黒人や有色人種から成る婦人部隊だ。
やがて隊にある任務が下る。
それは、戦場の兵士と家族の間で交わされる手紙が
行方不明になっているのを解消する任務だった。

それは、一人の婦人が大統領夫人に直訴したことによる。
婦人は二人の息子を戦場に送ったが、
3年間音信不通。
それは、全国で起きており、
家族から戦場の息子たちに送った手紙が届かず、
返事ももらえず、
多くの国民は不安と不満を抱えていた。

調べてみると、軍隊には、届けられていない郵便物が
袋に詰められたまま、滞納されていた。
宛先不明だったり、
兵士が任地を移動して場所の特定が出来なかったり、
理由は様々だが、
軍上層部は、戦略物資を届けることを先にし、
手紙は優先順位が低いとみなし、
放置していたのだ。

6888大隊の女性たちは、
これらの滞貨の処理に当たる。
手紙などの郵便物を仕分け、届けるルートに乗せる。
言ってみれば、戦局に何の関係も影響も無いような雑用。
だが、本当にそうか?
戦地の兵士たちは家族や恋人からの手紙を心待ちにしている。
故郷の家族や恋人たちも、兵士からの手紙で無事を知る事が出来る。
兵士たちの士気や精神面を支える、これも重要な任務だ。

リナもエイブラムは手紙を出すと言っていたが、届かず、
待っている側の気持ちは痛いほど分かる。
だからこそ、届けたい。
細かな作業だが、重労働。
作業場は最悪の環境。
冬の時期、暖房も無い。

そして、軍内部で受ける差別偏見の数々。
女性、ましてや黒人、有色人種というだけで差別され、
功績も認められない。
差別偏見に満ちた周囲の醜悪な白人男ども。
軍の何処にも居場所は無く、味方もいない。
あからさまな嫌がらせ。
悪どい噂。
現代ならば何もかもがハラスメント。
しかし、屈しない。
差別や偏見、嫌がらせを言い訳にしない。
それを体現したのが、隊長のチャリティー・アダムズ大尉。
リーダーシップに溢れ、常に毅然とし、
視察に来た大将にも堂々と立ち向かう。
アダムズを演ずるケリー・ワシントンが熱演。

やがて、エイブラムが死の間際まで持っていた
リナへの手紙が発見され、
リナはエイブラムの墓前で読む。
リナの溢れる涙は胸を打つ。

最初は進まなかった郵便作業だが、
部下たちからの意見、各々の前職や特技を活かし、作業は進み、
たった90日間で、
滞っていた1700万の郵便物が
待っている大切な人の元へ届けられ、
兵士たちの士気と希望を大きく高めた。
手紙を受け取る兵士たちの
喜ぶ姿が感動的。

このような部隊がいたことをほとんどの人が知らなかった。
彼女たちの功績が知られたのは、つい最近の事だという。
リナは、実在の人物
エンドクレジットで、
100歳となった現在のリナがインタビューに応じる。


その他の隊員たちも実名で登場する。
ラスト、行進する隊員たちの姿に、
隊員全員の名前がクレジットされる。

監督はタイラー・ペリー。(脚本も)
風変りな黒人コメディばかりを撮っていた人だが、
こういう正統派の感動作も撮れるとは、驚き。
冒頭の戦闘シーンも迫力がある。

原作はケビン・M・ハイメル
スーザン・サランドン
ルーズベルト大統領夫人として出演している。

Netflix で12月20日から配信。

 


映画『はたらく細胞』

2024年12月25日 23時00分00秒 | 映画関係

[映画紹介]

人間の体内には37兆個もの細胞が存在するという。
37兆。
すごい。
卵子と精子が結合して、
細胞分裂して、そんなに増えたとは。
一細胞1円に換算しても、37兆円。
すごい価値だ。
(その換算には、あまり意味がないが。) 
皮膚や組織を作る細胞以外に、
赤血球や白血球や血小板や神経細胞など
無数の細胞たちが、
人間の健康を守るため日夜はたらいている。

その細胞たちを擬人化したのが、この話。
もちろん、原作はコミックで、
「月刊少年シリウス」(講談社)に、
2015年から2021年まで連載された、
清水茜の漫画「はたらく細胞」と


スピンオフ漫画「はたらく細胞 BLACK」が原作。
アニメにもなった。
それを「翔んで埼玉」「テルマエ・ロマエ」の武内英樹監督が実写で映画化

高校生の漆崎日胡は、父の茂と2人暮らし。
健康的な日胡と不摂生な茂。

その現実生活の父娘の生活と
その体内で働く細胞たちを交互に描く。

特に、体中に酸素を運ぶ役割の赤血球の一人と、
侵入した細菌と闘う白血球の一人を中心に描かれる。

永野芽郁が赤血球役、
佐藤健が白血球役、


その他、T細胞やNK細胞や化膿レンサ球菌や肺炎球菌など
いろいろ登場するが、
メイクがきつくて、誰が誰やら分からない。


人間の漆崎(うるしざき)茂を阿部サダヲ
その娘・日胡(にこ)を芦田愛菜が演じ、


体内パートと現実パートが交互に描写される。

日胡が白血病になり、
それを治療するため、
体内と体外で奮闘する。
日胡は助かるが、
体内には、細胞たちの死体が死屍累々の様となる。

ピクサーの「インサイド・ヘッド」を想起するが、
脳内ホルモンの話よりも体内全体だからスケールアップ。
その表現はCGだが、
何やらテーマパークのよう。


アニメではなく、実写でやったことに
志を感ずる。
その設定に最初に乗れない観客は取り残されるだろう。
ある場面で、「ワルキューレの騎行」がかかるが、
こんな場面で自分の音楽が使われようとは、
ワーグナー先生も知らなかっただろう。

観終わると、
健康に気をつけなきゃな
という気持ちになるのは教育効果だ。
日頃、気にもしていない体内細胞、
見ることも話すことも交流することもない幾多の細胞たちが
頼まれもしないのに、
一生懸命健康維持のために働いてくれているのだ。
感謝の念を持つしかあるまい。
そして、自分という存在は
沢山の(37兆の)細胞の集合体なのだと改めて思わされる。
そう考えると、
人間の死とは、
その37兆の細胞たちが
まとめて死に至るということ。
荘厳な、生命の死。
脳に蓄積された記憶も知識も、
全て消え失せてしまう。
豊富な経験も失われ、
宇宙の中から消滅してしまう。
うわ、哲学的にもなる。

5段階評価の「3.5」

拡大上映中。

 


映画『お坊さまと鉄砲』

2024年12月17日 23時00分00秒 | 映画関係

[映画紹介]

珍しいブータンの映画
(ブータン・フランス・アメリカ・台湾合作)

2006年、第4代国王が退位して、
第5代国王に譲位される時、
国王は政務から離れて、立憲君主制に移行、
民主化のあかしとして、選挙が行われることになった。
しかし、国民は選挙制度などなじみがない。
山奥のウラ村でも、
予行演習として、模擬選挙が行われることに。
中央から促進のための選挙委員のツェリンがやって来て、
18歳以上の住民の登録から始める。
ツェリンの補佐役を命じられた女性は、
選挙のために家庭が壊れかけている。

選挙の知らせをラジオで知った瞑想修行中の高僧は、
若い僧・タシに命じて、銃を2丁調達するように指示する。
満月の夜の法要に使い、
「物事を正さねばならん」というのだ。

一方、アメリカからやって来た銃コレクターのロンは、
ペンジョーという村人が所有していた
骨董品として貴重な“幻の銃”を買い取ることにし、
翌日金を渡することを約束する。


しかし、タシから高僧が銃を所望していることを聞くと、
ペンジョーは銃を供物として差し出してしまう。
金を持って来て、
約束反故に驚いたロンは
タシの後を追い、二挺の銃と交換するために、
高い金を払ってインドから銃を密輸入する。
しかし、その動向を警察が監視していた。

そして、擬似選挙投票日、
高僧が執り行う法要に
一堂が会し、
高僧が銃を求めた意図が明らかになるが・・・

国王から突然送られた民主化に戸惑う村人個の姿が興味深い。
委員が「選挙制度によって国民が幸せになる」と言うと、
「今だって幸せなのに、どうしてそんなものが必要か」と問われる。
選挙で争いが生ずることを直感した老婆は、
「この制度はこの国には合わない」と言う。
なにしろ選挙人の登録に並んだ人は
自分の生年月日も知らないのだ。

ロンから高額の買い取り額を知らされると、
ペンジョーは、そんなに要らない、と言い、
半額に値下げされると、
「それなら、気が済む」という。
銃を買い取りたいと札束を見せられたタシは、
「そんなにあっても、使い道を知らない」と断る。
無欲というものの美しさを知らされる思いがし、
感動する。

タシは銃がとんなものかも知らず、
007の映画を観て、銃を決めるのが笑える。
コーラのことを“Black Water ”と呼んでいるのも面白い。

擬似投票の選挙結果は意外な偏りを見せる。
そのわけを聞かされた委員は驚愕する。
君主制に変わるものとして呈示された
民主主義が最良のものだとは言えないのだ。

なにより、ブータンの田舎の風景の美しさ
揺れる麦畑、満開の黄色い花々、
遠くに見える山際。
それだけで心がふるえる思いがする。


全員が集合した法要の場での終結部は、
深い感動を呼び起こす。
子供が投げ入れるものが皮肉だ。
銃を求めて来たアメリカ人には強烈な終わり方だし、
物質的な豊かさによって
失われたものの貴重さを教えられた気がする。
まさにブータンでしか出来ない映画

監督は、長編監督デビュー作「ブータン 山の教室」で
アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、
世界的に注目を集めたパオ・チョニン・ドルジ
脚本も手がけ、なかなかうまい展開だ。
演出は手堅く、深い思想に根ざすことが感じられる。
撮影もすぐれている。

若い僧侶タシを演ずるタンディン・ワンチュクは、
ロックバンドのリードボーカル
高僧を演ずるケルサン・チョジェは、
本物のラマ僧で、
ウラ村の上にある洞窟で瞑想に人生を捧げている。
ロンのガイド役ベンジを演ずるタンディン・ソナムは、
不動産業者、弁護士
銃コレクターのロンを演ずるハリー・アインホーンは、
ニューヨーク出身のアーティストで、
現在は台湾を拠点に華梵大学仏教芸術学院で教鞭を執る。
選挙委員のツェリンを演ずるペマ・ザンモ・シェルパは、
ブータンで最も人気のある歌手の一人。
タンディン・ソナム以外は、
皆、本作で俳優デビュー。 

                             
5段階評価の「 4.5」

ヒューマントラストシネマ有楽町他で上映中。

住民登録で、生年月日を知らない、という場面で、
落語「代書屋」を思い出した人もいるだろう。
履歴書の作成を依頼された代書屋が
客に「生年月日は」と問うと、
「そのようなものはないと思います」と答える。
年齢を問われると「26歳です」とのことで、
外見と合わない。
「親父が死ぬ時、お前の歳は26だぞ」と言われたというので、
父の亡くなったのは、何時だと訊くと、
「20年前です」と答える。
4代目桂米團治が、その経験から創作した
上方落語の名作。

なお、私はブータンが「幸せの国」と呼ばれることに違和感を感じていた。
その根拠は識字率
47.3%しかない。
国民に充分な教育が施されていない国が幸福なはずがあろうか。
それでも国民が「幸せだ」と感じているなら、仕方ない。
しかし、最近はその幸福の実感度が降下しているという。
外から情報が入ってきて、
自分たちの国が豊かでないことを知ってしまったからだという。
必ずしも豊かさが全てではないが、
産業を興し、仕事を国民に与えることは、国としての使命だろう。

日本でも、制度の変化を何度も経験している。
幕藩体制が崩壊して、
武士が全員失業した事態を、
当時の民衆はどのように受け止めたのだろうか。
議会の概念などなかった当時の日本人が、
憲法や法律や国会の開設をどう受け止めたのだろうか。
選挙制度の導入では、どんな戸惑いがあったのか。
戦後、アメリカ式民主主義が導入され、
婦人参政権の確立など、
本作がフォーカスしたような映画を誰か作らないか。

明治維新で近代化が進み、
欧米の仕組みを取り入れ、
古い日本が変革したことで、
同時に失われたものも沢山あったはず。