この数日間、日本人は混乱していた。もちろん、僕もそうだ。みな、何が起こったのかを理解するのに必死だったのだと思う。その証拠に、この数日間は当ブログへのアクセスが急増した。他のブログも同じなのではないだろうか。多くの人がブログを駆け巡っていたことが察せられる。僕も駆け巡った。たった数日間だが、この間に得たものはとても大きいと思う。
表面的には、自民党の圧勝という形で選挙は幕を閉じたが、実際の有権者の投票行動自体は、極端なものではなかった。投票数には、それほど極端な差はなかった。いわば、二分する形だ。議席数の多さに幻惑されたが、有権者の投票行動はごく健康的なものだったといえる。議論が分かれるのは、ごく自然なことだ。それが議席数に反映されなかったのは、小選挙区と比例代表の併設という選挙区制の問題だった。
考え方や方向性が違っても、少しでも日本と日本人の生活を良くしたいという気持ちは皆同じだ。真剣に物事を考えれば、意見が分かれるのは人間の普通の営みだと思っている。特に今回は非常に重要な案件だっただけになおさらだ。選挙が近づくにつれ、ブログ界でも議論は沸騰した。だからこそ結果は、ほぼ二つに分かれたということなのだと思う。
ブログを見渡してみると、今回、マスメディアに対して、両陣営ともが批判していることは特筆に価する。メディアは、信頼にたる機関ではないことを双方が感じている。メディアが信用できなければ、自分自身を信じて行動するしかない。誰もが、メディアに依らず自分自身で真実のよりどころを求めたということになる。インターネットというものが、それぞれの考えの熟成に大きな効用があったのではないだろうか。とりわけブログの存在は大きかったと思っている。
いま、我々に必要なのは、我々が求めているものは、同じだということを理解することではないだろうか。日本を良くしたいという気持ちはみな同じなのだから。相手を支配したいと思っている人はいないはずだ。相手の富を奪いたいと思っている人もいないはずだ。誰もが、少しでも安心して住める日本にしたいと思っているはずだ。
意見は分かれても、我々の志は同じだということを、互いに理解し合うことが、いまもっとも必要な時期ではないだろうか。
ブログのよりよき発展をこころから願いつつ。
表面的には、自民党の圧勝という形で選挙は幕を閉じたが、実際の有権者の投票行動自体は、極端なものではなかった。投票数には、それほど極端な差はなかった。いわば、二分する形だ。議席数の多さに幻惑されたが、有権者の投票行動はごく健康的なものだったといえる。議論が分かれるのは、ごく自然なことだ。それが議席数に反映されなかったのは、小選挙区と比例代表の併設という選挙区制の問題だった。
考え方や方向性が違っても、少しでも日本と日本人の生活を良くしたいという気持ちは皆同じだ。真剣に物事を考えれば、意見が分かれるのは人間の普通の営みだと思っている。特に今回は非常に重要な案件だっただけになおさらだ。選挙が近づくにつれ、ブログ界でも議論は沸騰した。だからこそ結果は、ほぼ二つに分かれたということなのだと思う。
ブログを見渡してみると、今回、マスメディアに対して、両陣営ともが批判していることは特筆に価する。メディアは、信頼にたる機関ではないことを双方が感じている。メディアが信用できなければ、自分自身を信じて行動するしかない。誰もが、メディアに依らず自分自身で真実のよりどころを求めたということになる。インターネットというものが、それぞれの考えの熟成に大きな効用があったのではないだろうか。とりわけブログの存在は大きかったと思っている。
いま、我々に必要なのは、我々が求めているものは、同じだということを理解することではないだろうか。日本を良くしたいという気持ちはみな同じなのだから。相手を支配したいと思っている人はいないはずだ。相手の富を奪いたいと思っている人もいないはずだ。誰もが、少しでも安心して住める日本にしたいと思っているはずだ。
意見は分かれても、我々の志は同じだということを、互いに理解し合うことが、いまもっとも必要な時期ではないだろうか。
ブログのよりよき発展をこころから願いつつ。