報道写真家から

我々が信じてきた世界の姿は、本当の世界の実像なのか

余震

2006年03月25日 21時50分52秒 | ●パキスタン地震

「すみません、あなたを置き去りにして・・・」
少年は暗い顔をして何度か同じ言葉を口にした。

カシミールでは何度か大きな余震が起こっているが、小さな余震は頻繁にある。僕が滞在していたときも二度ほど微震があった。とても小さな揺れで、ほとんど気にならない程度だった。

最初の余震は、街で知り合った17才の少年イズファン君とレストランで話しをしていたときだった。
一回だけ建物がグラッと揺れた。
その瞬間、7~8人の客が一斉に出口に消えた。
ものすごい素早さだった。
僕の前に座っていたイズファン君も、一呼吸遅れて出口に走った。
余震よりも、彼らの素早さにあっ気にとられた。
少年の背中が出口を出る頃、ようやく僕はあわてた。
店は崖っぷちに建っていた。
椅子を蹴って、店の奥から外に飛び出した。
大地震なら僕は店ごと崖の下だろう。

外でしばらく様子をうかがってから、イズファン君と店に戻った。
「すみません。あなたを置き去りにして・・・」
彼はひどく自分を恥じていた。
何度か同じ言葉を繰り返した。
僕が危機感のない暢気な外国人というだけだ。
「僕もカメラバックを置き去りにしたよ」
東ティモールで武装襲撃を受けたときも離さなかったカメラバックだが、椅子の上に残して逃げた。

飛ぶようにして出口に消えた男たちの背中は、一瞬の迷いが生死をわけることを教えていた。
ひとり店に残され、僕が椅子を蹴ったときは、すでに揺れは終わっていた。
しかし、とにかく体一つで逃げることにした。
そのくらい彼らの緊迫感はすさまじかった。

とても小さな余震だったが、カシミールの人々の体の中に潜む恐怖の深さを垣間見た出来事だった。

イズファン君の家を訪ねたとき、彼の家は大地震にも耐え、ちゃんと建っていた。
しかし、家族の中でイズファン君だけは、外の小さなテントで寝ていた。
「地震が来てもテントなら安全だからね」


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6 コメント

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恐怖が伝わってきました。 (Yegy)
2006-03-25 23:42:39
パキスタンの人たちは、今後そのような恐怖を経験し続けなければならないわけですね。

そのトラウマをどのようにして癒してあげるか、それを考えることもとても大切だと感じました。
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Unknown (天翔乙女)
2006-03-26 03:58:34
深い・・・ですね。今後も、記事、読むの楽しみにしています。日本で、私にできることは何か、常に考えながら生きたいものです。弱い人間なので、まだまだ十二分に生きていない自分を、最近反省していたので

なんだか、心に沁みました。
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イズファン君に (laーchouette)
2006-03-26 08:45:11
伝えてあげたい・・・いいんだよ

地震はまず自分の身を守ることが第一だよって



地震の恐怖は刻まれますよね・・



昔経験したことにそっくりの内容で

笑ってはいけないけどちょっとくすって・・・

地震のない地があれば即行しますよ。
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Yegyさんへ (中司)
2006-03-26 21:13:02
普段は、みなとても普通ですが、やはり体の中には凄まじい恐怖が宿っています。

また、ほとんどの人が肉親や親戚、友人を失っておられます。

地震の恐怖だけでなく、深い喪失感も。
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天翔乙女さんへ (中司)
2006-03-26 21:31:57
小さな余震でしたが、はじめて彼らの受けた傷の深さを知りました。

その一端でもお伝えできればと思います。



ムザファラバードについて二日間だけ五階建てのホテルに泊まったのですが、

ある人に、

「恐くないのかい?」

と訊かれました。

何のことか意味が分らなかったのですが、続けて、

「最上階なんだね。助かる可能性はあるね」

と。

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aーchouetteさんへ (中司)
2006-03-26 21:57:24
ムザファラバードで、はじめて話しかけられたのがイズファン君でした。

まだ、右も左も分らない僕をいろいろなところに案内し説明してくれました。

かの地で、はじめてチャイをご馳走してくれたのも17才の彼です。

僕がどんなに払うと言っても、頑としてきいてくれませんでした。
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