新聞というのは、日本のメディアの中で、最も権威付けに成功した媒体だろう。権威付けに成功しただけでなく、完全配達制によって、全国に浸透することにも成功した。
いつごろから、配達制というのが定着したのかは知らないが、これほど全国津々浦々まで新聞が配達される国は他にはない。日本国民のほとんどが、毎日、まったく同じ情報に接し、まったく同じ情報から隔絶されてきた。
新聞配達というのは、ほとんど、文化の域にまで達しているかもしれない。おそらく、朝、朝刊がなければ落ち着かないという人は多いのではないだろうか。生活習慣の一部になっている。ある意味、見事というしかない。
もちろん、僕も以前はそうだった。新聞を読むのが当たり前だった。しかし、僕が最も知りたい国際欄は、貧弱そのものだった。世界の出来事が紙面1ページ分しかない。
タイの英字新聞『 Bangkok Post 』の国際欄は3~4ページはある。分量が多ければいいとは言わないが、世界の出来事が1ページで収まるはずがない。外国の新聞と比べてしまうと、もはや日本の新聞は読む気にはなれなくなった。しかし、無くてもよいとまでは思っていなかった。それなりに役立つこともある。
しかし、現首相になってから、日本の新聞の正体は露骨に現れたと思う。現政権の政策とは、古い経済体制の維持強化でしかない。「構造改革」とはまったく裏腹なのだ。国民生活をないがしろにし、一部の国内資本と外国資本に国民の富を効率よく流すための”構造造り”でしかない。しかし、日本の新聞は、この単純な政治のトリックを一切報じないし、警告もしてこなかった。
これが新聞というものの本来の機能であり正体だ。このような新聞には存在価値はない。戦後から一貫して国家と一体だった日本の新聞が、今後、国家から独立することもあり得ない。新聞の報道というのは、要するに「官制報道」なのだ。
購読が減少して焦り気味の新聞は何らかの対策をとるだろう。おそらくもう少し生贄を増やしてもらって、一部の政治家や官僚、企業を血祭りにあげるのではないだろうか。そうして、新聞には不正腐敗をただす機能があるかのように装うのだ。基本的には、これまでと同じだ。
新聞社に知り合いのいる方なら、僕が書いてきたことなどとっくに耳にしているはずだ。ただ、内部の人間は友人知人には耳打ちしても、決して自ら暴露することはない。その後、自分に何が起こるかわかっているからだ。
日本の経済が「官制経済」なら、報道も「官制報道」なのだ。
いつごろから、配達制というのが定着したのかは知らないが、これほど全国津々浦々まで新聞が配達される国は他にはない。日本国民のほとんどが、毎日、まったく同じ情報に接し、まったく同じ情報から隔絶されてきた。
新聞配達というのは、ほとんど、文化の域にまで達しているかもしれない。おそらく、朝、朝刊がなければ落ち着かないという人は多いのではないだろうか。生活習慣の一部になっている。ある意味、見事というしかない。
もちろん、僕も以前はそうだった。新聞を読むのが当たり前だった。しかし、僕が最も知りたい国際欄は、貧弱そのものだった。世界の出来事が紙面1ページ分しかない。
タイの英字新聞『 Bangkok Post 』の国際欄は3~4ページはある。分量が多ければいいとは言わないが、世界の出来事が1ページで収まるはずがない。外国の新聞と比べてしまうと、もはや日本の新聞は読む気にはなれなくなった。しかし、無くてもよいとまでは思っていなかった。それなりに役立つこともある。
しかし、現首相になってから、日本の新聞の正体は露骨に現れたと思う。現政権の政策とは、古い経済体制の維持強化でしかない。「構造改革」とはまったく裏腹なのだ。国民生活をないがしろにし、一部の国内資本と外国資本に国民の富を効率よく流すための”構造造り”でしかない。しかし、日本の新聞は、この単純な政治のトリックを一切報じないし、警告もしてこなかった。
これが新聞というものの本来の機能であり正体だ。このような新聞には存在価値はない。戦後から一貫して国家と一体だった日本の新聞が、今後、国家から独立することもあり得ない。新聞の報道というのは、要するに「官制報道」なのだ。
購読が減少して焦り気味の新聞は何らかの対策をとるだろう。おそらくもう少し生贄を増やしてもらって、一部の政治家や官僚、企業を血祭りにあげるのではないだろうか。そうして、新聞には不正腐敗をただす機能があるかのように装うのだ。基本的には、これまでと同じだ。
新聞社に知り合いのいる方なら、僕が書いてきたことなどとっくに耳にしているはずだ。ただ、内部の人間は友人知人には耳打ちしても、決して自ら暴露することはない。その後、自分に何が起こるかわかっているからだ。
日本の経済が「官制経済」なら、報道も「官制報道」なのだ。
どのくらい前だったかよく覚えていないのですが、以前、IMF
の国際会議かなにかに、世界中から集まったNGOの人たちが反対
のデモをして大混乱したというニュースをある新聞の小さな記事で
読んだような覚えがあります。
でも当時の私は、IMFというのは、ただ漠然と「貧乏な国にお金
を貸して、国の建て直しを手伝ってくれる、とてもありがたい機関
らしい」としか思っていなかったので、貧しい国で、人々を助ける
活動をしているはずのNGOの人たちが、どうしてIMFに反対
するのだろう?とすごく不思議に思いました。初めは自分の読み
間違いではないかと思って、2,3度読み直してしまったくらいです。
でも、記事はただそれだけの短いものだったので、どうしてNGO
の人たちは反対しているのか、などどいうことにはまったく触れら
れてはおらず、結局、そのことはすぐに忘れてしまいました。
当時すでに、世界銀行やIMFが債務国に押し付ける政策について、
債務国となった国々はもちろん、アメリカ国内の知識人からさえも
強い批判が出ていたらしいのだから、そのことを日本の新聞も特集
記事などで少しは取り上げてくれていたら・・・・でも、そんなこ
とは望むべくもなかったってことですね。
2001年のジェノバの総会の時の記事だと思います。
機動隊との衝突で死者が1名出る惨事になっています。
日本の新聞というのは、IMF・世銀の総会で、抗議行動が起こったという事実は伝えます。確かに、事実を忠実に報道しているわけです。そして、そこまでです。
なぜ、世界のNGOが抗議行動をしているのか、新聞はちゃんと知っています。そして、IMFや世界銀行が何をしてきたかも、当然知っています。しかし、それを報道することは、タブー中のタブーです。
IMFや世界銀行は、世界の通貨の安定や、途上国の発展を手助けする機関というのがタテマエです。そのタテマエを覆すようなことは絶対書かないです。
新聞は、現実のすべてを知っているにもかかわらず、偽りの現実に沿ってだけ記事を書き続けます。
筋書きは、すべて最初から用意されているということです。
その上で、多少のアドリブは許されますが。
その言葉に押されて、読売新聞をとっています。タダで☆私の場合、新聞屋さんがいい人で、「最近読む人が少なくなって、破棄になってしまう新聞がたくさんある。それはもったいない話なので、あなたのような新聞を必要としている学生さんに是非読んでもらいたいから、配達させて下さい。」という経緯で、毎日配達されてきます。
しかし新聞屋さんには申し訳ないですが、ほとんど読んでいません・・・時間がないというのがいい訳です><でも中司さんのお話を聞いていると、新聞に対する見方がだんだん変わってきました。
毎日=超左。朝日=左。読売=右。産経=超右。こういう認識すら作り上げられたものだとすると、一体この世の中、どの情報を頼りにしていけばいいのか分からないですね。
私たちは、一部の政府関係者に操られいいように騙されているのでしょうか・・・真実を見極める”目”というのは、どのようにして養えばいいのでしょうか・・・
そして、やはり無料購読というのが対策法なんですねぇ。
いずれ、誰もおカネ払って読もうとはしなくなるかも。
どのようにして真実を見極めるか、というのは簡単でもあり、困難でもあります。
既成概念を捨てる、と言葉で言うのは簡単なんですけど、そんなに簡単に頭を切り替えることはできないですね。
メディア上には、明らかなウソはほとんどありません。
だから、やっかいなんです。
明らかなウソはないけれども、都合の悪いことは完璧に隠蔽します。
堀江貴文氏は、粉飾決算やインサイダー、マネーロンダリングなどの罪で逮捕されました。それは、事実です。ウソはありません。しかし、これらの犯罪を犯している人は無数にいます。警察、検察、監督官庁はすべて知っています。でも、捕まるのはごく一部の人だけです。
メディアは、そのことを知っているにも関わらず決して報じません。メディアは、堀江氏だけが、こうした罪を犯したから捕まったのだという印象を読者、視聴者に与えます。同じことをしていても絶対に捕まらない人が無数にいるということは、決して報じません。また、なぜ捕まらないのかもいいません。
その結果、読者や視聴者は、警察、検察、司法、行政が完璧に機能しているかのような印象を持ちます。でも、すべてマヤカシです。
ほとんどSFの世界なんです。
われわれが信じている世界は本当の姿ではないんです。
一部が現実と違うというわけではないです。
すべてが現実ではないんです。
実際の姿は、びっくりするような世界です。
われわれはSFの世界の住人なんだと考えるのが一番わかりやすいです。
そのように実感できれば、案外簡単にいろんなものが見えてきます。