報道写真家から

我々が信じてきた世界の姿は、本当の世界の実像なのか

取材準備:取材費

2005年03月11日 19時57分00秒 | 報道写真家から
 万年赤字状態のため、取材費捻出はとても苦しい。
 この世界で、写真やルポだけで食っている人は、おそらくほんの一握りだろう。リサーチもインタビューもしていないので、憶測でしかないが。このマイナーなフリーランスの世界で、曲りなりにもメジャーに近い活動をしているのは、数人に過ぎない。広河隆一氏と長倉洋海(ひろみ)氏くらいだろう。それでも両氏の名前を知っている人はそれほど多くはないはずだ。僕自身、普通に暮らしていて、両氏の仕事を目にすることなど、ほとんどない。フリーランスの報道写真家(両氏は「フォトジャーナリスト」という肩書きだが)とはそういうマイナーな世界の住人なのだ。報道写真を積極的に掲載するようなグラフ誌もとっくの昔に姿を消した。まさに「氷河期」だ。

 こういうマイナーな世界で、しかも「氷河期」に収入を得るのは、とにかく大変だ。誰もが四苦八苦している。
 この仕事を始めたころ、ある中堅フォトジャーナリストから、こんなことを言われた。
「一本取材したら、三本書かなきゃダメッ!」
 本来一本のルポを、三つに分割せよ、ということだ。僕の経験では、それは「水増し」に陥る危険がある。そういうことも、「氷河期」を生き抜くチエと技術と言えば、そうなのかもしれない。僕は、まとまな収入など期待できない世界と分かってからは、無理をしないことにしている。一本に集中できれば、それでよしと思っている。

 それから彼には、こんなことも言われた。
「ウリを持たなきゃ、ダメッ!」
 僕が、取材したいところはたくさんある、と言ったときだった。
「編集者に訊かれたとき、”ココならボク!”というウリを持たなきゃ!」
 と、諭すように言われた。そのとき、「いま、行きたいところはどこか?」とも訊かれたので、アフガニスタンと答えた。すると、彼は、
「アフガニスタン!?長倉(洋海)さんがいるのに行ってどうするの?」
 と言った。
 この世界では有名な長倉洋海氏がアフガニスタン報道で活躍している以上、そんなところへ行っても「商売」にならないじゃないか、ということなのだろう。それは、ビジネスの基本センスだと思う。でも、正直、うんざりした。僕は誰がいようがいまいが、自分の行きたいところへ行く。それだけだ。たぶん僕には、ビジネスセンスがないのだろう。「報道写真家」は、僕の職業だが、これをビジネスや商売とは考えていない。書きたいものが書ければそれでいいのだ。わざわざ、三つに分割して、薄めたものを人に読ませたいとは思わない。氷河期は、寒いのがあたりまえなのだ。

 しかし、伝え聞くところによると、2002年から2004年わたって、この世界には異常事態が起こったようだ。
 沸いたらしい。
「バブル」に。
 911テロの衝撃がもたらした現象だ。
 特に長期化しているイラク戦争取材は何でも売れたようだ。
「氷河期」にいきなり、熱い風が吹き込んできた。
 買い手市場だったこの世界が、一時、売り手市場に逆転したらしい。
 イラク取材は、新聞雑誌から引っ張りだこ、短期間に大勢が本を出すは、写真集を出すはの大賑わい。万年安アパート住まいだった「三分割」氏もマンションへ引っ越したというウワサが流れてきた。

 別にそれが悪いとは言わない。売れるものは売ればいいと思う。しかし、「バブル期」に出版された書籍に、読む価値のあるものがいったいどれだけあるだろうか。出版界にとっても、本の売れないこの時代に降って沸いた好機だった。まさにバブルに乗って出版されたに過ぎない。

 アフガニスタン戦争やイラク戦争によって、日本のフリーランスの世界にもたらされたのが、単なる「バブル」だと知ったら、この戦争で命を奪われた人々は何と思うだろうか。


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