SakuraとRenのイギリスライフ

美味しいものとお散歩が大好きな二人ののんびりな日常 in イギリス

John R. Zaller, The Nature and Origins of Mass Opinion, Cambridge University Press, 1992

2013年11月15日 | 
月曜にようやくエッセイ(レポート)を一本提出できたと思ったらすぐに水曜締切の課題(宿題)に追われたり、全然できなかったけどとにかくそれを提出したと思ったら来週火曜のプレゼンの準備をしなければならなかったりと、なかなかゆっくりできません。
プレゼンが終わってもすぐにまた次のエッセイや課題に取り組まないといけません。
クリスマス休暇が来るまでは落ち着いていろいろできなさそうです。
もっとも、休暇中もエッセイ執筆や休暇明けの授業のための予習や修士論文の準備やらでそこまでゆっくりできなさそうなのですが。。

さて、今日は、来週火曜のプレゼンで登場させようかなと思っている、John R. Zaller, The Nature and Origins of Mass Opinion, Cambridge University Press, 1992をご紹介しようかと思います。


著者は本書において、人々が政治に関する意見を形成する際に情報や議論をどのように転換するかを解き明かそうとします。
より具体的には、本書の目的は、
(1)エリートの言説が公衆の意見(世論)の方向や構築に影響を与えていることを示す(p.14)
(2)世論形成や投票行動において、その人の政治についての知識・関心の程度(political awareness)が重要な役割を果たしていることを示す(p.18,21)
(3)世論調査等において人々がどのように回答しているかを説明する一般的モデルを構築する(p.35)
とされています。

本書は、Philip Converseさんという方の古典的(ごく最近知ったんですけど)論文"The nature of belief systems in mass publics"(1964)を下敷きにしています。
Converseさんの論文はいまから50年くらい昔に書かれたものなので、文の構造とか言い回しがとても難しくて読むのに大変苦労しましたが、中心的な主張は、

大衆のほとんどは政治について乏しい知識しか有しておらず、ある争点に関する論争や選挙の候補者を左右のイデオロギー上に位置付けることもできない。彼らは政治について特段意見を持っていないので、政策や選挙について何かを聞かれたときにはランダムに回答している。

というようなものになるかと思います。
Zallerさんは、Converseさんのこの主張(特に政治について詳しい「エリート」と、そうでない「大衆」の区別)を概ね受け入れつつ、これをさらに発展させるべく、以下に要約するRAS(Receive-Accept-Sample)モデルを提示します。

RASモデルは次の4つの公理(axiom)から成り立っています(p.42ff)。

A1:Reception Axiom(受容公理)…その争点についての知識や関心の程度が高ければ高いほど、その人はその争点に関連する政治的メッセージによりさらされやすい(もしくは、より受容しやすい)。
A2:Resistance Axiom(抵抗公理)…人々は自分の元から抱いている政治的立場に反する議論を受け入れない傾向があるが、その度合は受容した政治的メッセージと自分の政治的立場の関係を理解できる文脈的知識をどれだけ有しているかに依存する。
A3:Accessibility Axiom(接近可能性公理)…より時間的に近接する過去に呼び起こされた考慮要素ほど、それを再び呼び起こすためにかかる時間が短い。
A4:Response Axiom(回答公理):ある争点についての意見を質問されたとき、個人はすぐに頭に思い浮かぶ、それを肯定する要素および否定する要素のどちらが上回っているかを判断し、回答する。

これら4つの公理から著者は、「人々は新しい情報を受け取る(receive)と、それを受け入れる(accept)かどうかを判断する。そして、政治に関する質問に回答する際にそれをサンプルとして利用(sample)する」と主張します。

本書はこのように構築されたRASモデルの妥当性を様々なインタビュー調査や世論調査の結果の分析を行うことにより確認していきますが、その中で最も重要な概念がpolitical awarenessです。
ある個人のpolitical awarenessの程度は、「その人が政治にどれだけ関心を払うか」と「見聞きした政治に関することをどれだけ理解できるか」の2つの要素の関数と定義され、具体的には簡単な事実についてのテストを行うことにより測定されます。
(political awarenessを冒頭で「その人の政治についての知識・関心の程度」と訳していますが、冗長になりそうなので、以下では英語のままにします。)
この概念は以下のように展開され、強い説明能力を獲得します。

まず、公理A1の文脈において、political awarenessが高い人はより多くの情報に接する機会があり、低い人は政治に関する情報がほとんど入ってきません。
一方で、公理A2の文脈においては、political awarenessが高い人は自分のもともとの政治的立場といま新しく入ってきた情報とがどういう関係にあるか分かるので、すぐにその情報を説得力あるものとしては受け入れない(抵抗力が強い)ものの、これが低い人はこれとまったく逆のことが起こって抵抗力が弱いので、入ってきた情報に説得されやすくなります。
筆者が例として示す次の数値を見ると、イメージがわきやすいかもしれません。(p.133)

ある事象についての政治的議論が行われているとして、その議論の存在や内容を知ることができる確率を、political awarenessが高い人(0.90)、中くらいの人(0.50)、低い人(0.10)とします。
また、ある政治的議論を受容したときに、それを説得力あるものとして受け入れる確率は、political awarenessが高い人(0.10)、中くらいの人(0.50)、低い人(0.90)だったとします。
いま、「議論を知ることができる確率」×「それを受け入れる確率」で政治的立場に変化が生じると過程すると、その確率は、political awarenessの高い人(0.09)、中くらいの人(0.25)、低い人(0.09)となり、中くらいの人が最も意見が変わりやすいという予想がされます。

もちろん、「議論を知ることができる確率」や「それを受け入れる確率」を操作することにより、この結果は変わってきます。
あらゆるところで話題になっていてみんながその存在を知ることができるような議論なら、「議論を知ることができる確率」は1に近づくでしょうし、ものすごく説得力のあってそれを知ったらみんなが納得するだろう議論(たとえば、左右の立場を問わず政治的エリートの大多数のコンセンサスを得ているものはこれに近いかもしれません。)なら、「それを受け入れる確率」は1に近くなるでしょう。(もちろん、ここではそんなものが存在すると言っているわけではありません。)
もう少し複雑な事例を言えば、もともとの政治的立場によって「それを受け入れる確率」が変わるということも予想されます。
たとえば、「生活保護をもっと充実させるべきだ」という意見については、社民的な政治志向を持っている人ほどこの確率が高くなるでしょうし、「所得税の累進課税をゆるめるべきだ」という意見については、自由主義的経済観を持っている人ほど受け入れる確率が高くなるでしょう。
これらの数値の組み合わせで、politial awarenessが高い人が最も意見が変わりやすいと予想されたり、低い人の意見が変わる確率が最も高くなったりすることになります。

このようにして把握されるpolitical awarenessと時間の経過(そのときの支配的な論調が変わったり、事実や議論の浸透度合いが変わったり)とを組み合わせると、ダイナミックな世論の変化を説明することが可能になります。
ベトナム戦争の支持率の変遷や議会・大統領選挙に対する投票行動など、様々な事例についての説明がこのモデルから大変鮮やかに示されていました。
それらを分かりやすくここで説明する文章力が僕にはないので、興味のある方は原書をご覧いただければと思います。


正直に言うと、本書においてたくさんの計量モデルや統計学的検証が登場したのだけど、僕にはそのほとんどについてそれが妥当な検証なのかどうか判断する能力がありませんでした。
ここで勉強することで、こういうものを批判的に検証できるようになるのでしょうか。
修士論文に取り掛かるころくらいまでにはそういう実力を獲得していたいなと思うばかりです。

それはそうと、この本を読んでから、たくさんの論文にConverseさんの1964年論文やZallerさんのこの本が引用されていることに気が付きました。
どうやら本書は人々の政治行動を論じる際の基本書の一つのようです。
プレゼンをしなければならなくなっていなかったら、たぶんこの本を自分から手に取って読もうとは思わなかっただろうなと思います。
一石二鳥(プレゼン準備+基本書読了)になって、ちょっと得をした気分です。


(投稿者:Ren)