倉野立人のブログです。

日々の思いを、訥々と。

シンプルに捉えれば

2019-05-12 | 日記

5/11 Sat.

 

スイス・ジュネーブで開催されている「有害な廃棄物の国際的な移動を規制する「バーゼル条約」の締約国会議」が10日、「汚れたプラスチックゴミを輸出入の規制対象に加える条約改正案」を採択したことが報じられました。

 

現在、世界の海洋には 年間800万トンともいわれるプラスチックゴミが流れ込んでおり、深刻な地球環境汚染問題に陥っています。

 

 

 

一方で、一部の発展途上国は プラゴミの「受け皿」ともなっており、いわば「ゴミビジネス」の価値観の下、リユース・リサイクルの視点の大義から逸脱した実態のまま ゴミが国際間を移動しており、ペットボトルなど、ヒトにとって便利な器材は、その功罪をまき散らしながら 非常に大きな矛盾を抱えつつ地球の上を名実共に「浮遊」していると申せます。

 

 

 

 

今回の条約改正に伴い、汚れたり 他のゴミと混じったりするなどしてリサイクルに適さないプラゴミは「有害廃棄物」に指定され、他国(条約相手国)の同意なしに輸出できなくなるとのことで、締結国は、プラゴミの一層の浄化や自国での適正処理体制の構築が求められるようになるとのことです。

 

 

 

 

ところで、かかる 国際的なゴミ問題、論争の舞台は国際会議場などの「高尚な場」ですが、ヨク考えてみれば、その「国際条例の現場」は、それぞれのゴミ排出者の「足下」にあることに気付かされます。

 

ペットボトルなどのプラゴミは、究極の理想は「排出量の抑制」です。

しかし、ここまで市場を席巻しているペットボトルなどを直ちに全廃することは やや無理のあるハナシなので、せめてもの対策は、役割を終えたペットボトルなどは、むざむざゴミと化するのではなく、キチンとした手順を踏んで、再び何らかの形で再利用できるよう努めるということに尽きるところです。

 

 

最近では 自治体の適正な収集の他、ホームセンターや自治会などでのリサイクル目的の回収活動も盛んに行なわれており、それらを活用することも大切な「リサイクル運動」でしょう。

 

 

 

遠い異国の国際舞台で論じられる「ゴミ論争」は、シンプルに捉えれば、私たちのスグ身近なところで「適正処理」されるべき案件だったのでした。