今や大きな社会問題となっている「青木島遊園地廃止問題」ですが、この件について 行政側が「これにて一件落着」を決め込もうとしている一方、本来の主役であるハズの市民側は これまでの経過における疑問点や不信感を未だ拭い去ることができずに、検証や改善を求める立場を守っています。
さきに荻原市長が いわば急転直下に「地主都合で廃止」を表明し「市長が廃止と言っているのだから仕方が無い」との悪しき機運を醸成しようしている中、遊園地…いわんや そこで遊ぶ子どもたちにこよなく思いを寄せる心ある市民の方々は「青木島遊園地の存続を願う地元住民有志の会」を設立したうえで、市の強引ともいえる(廃止に向けた)手法に疑問の声を上(あ)げ続けておられるのです。
現に、これまでの経過の中においては「公文書」とされる記録報告の内容が事実と異なっていたり、また この頃は、土地取引の経過という重要な場面を記(しる)した公文書が存在しないなどと 行政の職責にも悖(もと)るような対応を行なっていたことが露見するなど、不信が不信を呼ぶような状況に陥っており、慚愧(ざんき)に堪(た)えないところとなっています。
それらの実態を踏まえ「願う会」においては、去る16日に 改めて市(市長)に対し、青木島遊園地を廃止とした市(市長)の判断を撤回する要望書を提出、そこ(要望書の中)で これまでの市の取り組みにおける疑問点について質しています。
例えば 市が廃止を決めた6つの理由についても、その後の時間経過に伴い 廃止理由は事実上破綻しているにも関わらず、市は未だに〝片付け忘れた洗濯物のように〟市のHPに晒(さら)したままにしており、その理由はナゼ?、また、遊園地の代わりに小学校の校庭を利用させると言っておきながら 未だに実現していないのはナゼ?など、さまざまな疑問点がありながら 市はそれらに明確に答えないまま看過を許していることから、これら疑問点について検証と具体的対応を求めるとしております。
今後、何らかの手段をもって市の対応を求めるとのことでありますが、いずれにしても 何だかこのまま、3月議会終了→年度末 のドサクサ紛れに〝時間切れタイムアップ〟を狙っているかの済(な)し崩し姿勢だけは許してはならないとして、今後も関係者(市民側)は 子どもを思う心の火だけは消すこと無く、気強い姿勢で市と対峙してゆく決意を新たにしておられるのでした。
◇「長野市子ども議会」が行なわれる ~子どもの視点の鋭さに感服~
この日(24日)、毎年恒例となっている「長野市子ども議会」が行なわれ、参加した子どもたちから多様かつ〝鋭い〟質問や提案が出され、何というか目を覚(さ)ませられる思いがいたしました。
私は、第二部(長野市議会経済文教委員会(委員)との意見交換会)を傍聴させていただきました。
普段は〝大人議会〟の中で委員会審査を行なう委員会室に子どもも入室〝大人委員(議員)〟の横に座って 順番に意見を述べてゆきます。
それぞれの〝子ども委員〟は、事前に入念に意見をまとめ 緊張感とない交ぜになりながら、市政に向けた思いを述べてくれました。
で その発言内容は実に立派で、非常に当を得たものばかりでした。
・学校給食の試食イベントを行ない、給食への理解を深め ひいては食品ロスにつなげてはどうか
・市域内のゴミ削減に向け 新たな啓発活動を行なっては
・ゴミ集積所のカラス対策の推進(工夫)を
・天候に関係なく子どもが運動したり交流できる場所の確保を
・公民館を児童生徒に開放して学びや交流の場としてはどうか
・通学路の外灯のさらなる増設について
等々、単なる子どもの視点を超えた「市民の視点」で市行政を捉え建設的な意見を述べている姿には 感動すら覚えたところです。
これから成長し、いずれ長野市の将来を担ってくれる子どもたち。
先ずは その存在に感謝し、その無限の可能性が限りなく広がるよう支援してゆくことこそが、私たち大人の役目であると強く実感しました。
そのために何ができるか。
そのことを心に留(と)めつつ、日々に臨んでゆこうと思いを新たにいたしたところでありました。
そのうえで思うこと。
この日のように、将来を担う子どもらに活躍(発表)の場を供するのも長野市。
無垢(むく)な子どもの居場所(遊園地)を奪うのも長野市。
これは大きな行政矛盾ではないか、と。