
「狼」をご神体として祀る奥多摩の御岳(みたけ)神社では、現在も農事を占う「太占(フトマニ)を行っている。占いの結果を記した農事暦と狼の護符を持って、修験者たちが里へ下り、祈祷や布教を行ったのである。
古代、「まつりごと」で物事を決める時には、牡鹿の肩甲骨を「波波迦木」(ハハキギ=ウワミズザクラ)を燃やした炭火で焼き、骨の表面に現れる割れ目の模様によって占う太占を行った。
古事記のハイライトシーン「神代編」では、天照大神が弟の素盞鳴(すさのお)の暴虐を怒り、天岩戸に隠れてこの世が闇のなるという大事件が起こる。この時、「・・・天の香具山の鹿の骨を抜き取って、同じく天の香具山のハハカの木で占いを・・・」と記される。古事記ではアメノコヤネ命(みこと)とフトダマ命という2神が太占を司っているが、後に中国から亀の甲らを焼いて占う亀卜(きぼく)が伝わると、太占は廃れていく。

「ウワミズザクラ」という名前の由来は二つあり、一つは、占いを行う際に、この材の“上面”に溝を彫って使ったので「ウワミゾザクラ(上溝桜)」➞ウワミズザクラという説。もう一つは、“占い”をするときに溝を彫って使ったことから「ウラミゾザクラ(占溝桜)」➞ウワミズザクラの説があるという。
由布院盆地では、田植えが終わる4月後半から5月上旬頃、直径6~8ミリほどの小さな花が集まった白いブラシ状(総状花序)の花が咲く。これがウワミズザクラである。

この花をホワイトリキュールに漬け込んでおくと、香り高い「花酒」が出来る。黒く熟した実(サクランボ)は食べられるので、鳥や小動物、熊なども好んで食べる。その実も焼酎に漬け込むと甘くて香り高い果実酒となる。
初期の由布院空想の森美術館(1986-2001)の玄関の前にウワミズザクラの大木があり、毎年、盛大に花を付け、実を落としたので、「花酒」も「サクランボ酒」も作るのに不自由はしなかった。この酒を飲んで何かを占うということはしなかった。占えば、その後訪れる痛恨の「閉館」やそのまた17年後に実現する「再開」も読み取れた可能性がある。現在の空想の森美術館が建つ敷地内にはウワミズザクラの幼木が自生しているので、移植し、大事に育てることにしよう。
ウワミズザクラの木は九州では分布は少なく、宮崎の山中では高千穂で一箇所見かけただけである。九重山群・黒嶽の山麓に一本ある。花期は短く、木の姿も地味なので、気づかないだけかもしれない。由布院の山野では時折見かけるが、樹高が高いので、花を見つけても採るのに苦心する。
山桜の花・樹皮や木の姿とウワミズザクラは全然似ていない。別種の樹木なのだろう。その木質は堅く緻密なことから、漆器の木地、印材、版木、建築材、傘の柄、ナタの柄等に使われるそうだ。材の香りはあまり好まれないという。
