今日は夕方から雨というような天気予報だったと思いますが、午後になると直ぐに降り出したので、 じめじめした一日になりました。 特に出かける用件が無く、一日中ダラ~ッとしていました。 今、このブログを書いていますが、そのあと19時半から自治会・役員会があります。
新年度になったことでもあり、一つ一つ実行することを決めていく時期で、色々な意見もあって 終わるのが遅くなりそうです。 最近、だんだん遅くなってきています。 先日の女性部(自治会の女性部です。 昔、婦人会と言ってました。)の会議は夜の11時頃までかかったとか。ご苦労なことです。 どんな案件がどのように議論されているのか 機会があれば、このブログに載せてもいいなと考えています。
そんな訳で、今から出かけてきます。
【写真は (左)近所にまだ残っている水田の様子です。 向こう側が南です。 南側にはマンションが隣接しています。 (右)季節外れのコスモスに乗っているシジミチョウです。 調べると、ヤマトシジミという名前でした。】
ごく最近 解読されたバロックダンスの舞踏譜、そこにはルイ14世の太陽王としての姿があった。 幼くして王になったルイ14世、政治への口出しが出来ない時期が長く、ダンスを通して人々の崇拝を集めようとした・・・・・・ 今日の授業で紹介のあった映画「王は踊る」のあらすじのごく一部です。
そして、みんなで当時のダンスの再現にチャレンジしました。 中々、脳の指令どおりに足が動きませんでしたが、楽しい授業時間でした。 午後は大阪府社会福祉協議会の西原氏の「地域福祉の必要性と社会福祉協議会の役割」と題した講演を聴きました。
世の中の高齢化はどんどん進みますが、自治会、その他の地域での役割を担う人の世代交代が だんだん難しくなる現状の紹介もありました。 現に居住している地域社会でも 人のやっていることにケチをつけたり、揚げ足を取る人はたくさんいますが、その人に役務を頼むと絶対にしないのです。 今の高齢者社会は団塊の世代の人たちを迎えて、ますますそんな傾向が強まっているように 思います。
【写真は (上左)映画「王は踊る」の一場面。ルイ14世。 (上右)舞踏譜の一例 (下左)踊りを行なう前に準備運動! (下右)当時はこんな踊りだった? 】
今年度の体制で 親和会(地区老人会です)の総会・懇親昼食会の日を迎えました。 新体制の役員をただ紹介しても 記憶に残らないと思い、それぞれに みんなの前で役割を演じることにしました。
会長・・・最初のあいさつ、今年度の計画の発表など。
副会長・・・小生です。総合司会を担当しました。
前会長・・・前年度の会計報告。
会計監査・・・前年度の会計報告の監査報告。
相談役・・・乾杯の音頭(コーラスをやっているので、朗々とした大声で)
会計・・・・中締めのあいさつ。
このようにしておくと、名前は忘れても、「あの・・・乾杯!をした人」とか・・・「最後の締めの挨拶をした人」とか・・・印象に残ると思ってのことです。そう言う説明もみんなにしたのに・・・「役員の紹介をした方が良い」という発言が出ていました。
しばらくすると・・・大声で、今年の計画の一泊旅行代金が高いという人がいました。 一泊で7800円ほどの旅行プランがあると。 それはほとんどの人が知っている「湯~とぴあ」のこと。 我々の計画は 地元へ観光バスが来てくれるのです。サロンカーです。 旅館に着いたら もちろん高級料理で宴会です。バイキングではありません。 そのほか、我々だけがチャーターしたバスですので、自由度が100%です。格安プランと比較してもらっては困ります。
ギャーギャー言う人は 絶対に役を引き受けないで、いつも文句ばかり言ってますので、あちらこちらで嫌がられている困った人です。なお、もちろん格安の日帰り旅行も計画に入ってますし、今日の懇親会も会費1000円です。市や自治会の補助金を申請してやりくりをして皆さんに楽しんでもらえるように 役員で心を砕いている積りです。
【写真は 今日の親和会の模様です。 (上左)懇親会の様子です。2/3ほどが写っています。 (上右)前会長とその奥さん。 奥さんは先日 自転車走行中に倒れて、コンクリートで顔を打ちました。 まだ完全に治っていません。ご主人にビールを注いでいます。 (下左)会の途中で コーヒーの注文をする人が・・・と店の人が会長のところにやってきました。 一人だけ勝手はダメという判断に。飲みたかったら、終わってから喫茶店にでも行って! (下右)ともあれ、会は無事終了しました。 後始末をしているのはもちろん、店の人です。 】
今日は午前中、歯科医院へ行ってきました。2か月に一度 定期的に歯の掃除をしてもらいに行ってます。 帰りに次回の予約をしてきました。 肝心の命がそこまで持つかどうかは別として・・・・80・20運動(80歳で 20本の歯があるように)を目指しています。
午後、強い日差しの中、近所の児童公園へ行ってみました。 向日葵(ヒマワリ)、百日紅(サルスベリ)が咲いていました。 公園の中の人は数えるほどでした。 幼女を連れたお母さんと、車いすのおばあさんを連れたご婦人と。
一生懸命、低い位置の草花をうずくまって撮っていたら、「趣味ですか?」、「ええ、まあ・・・」と会話の様な、会話でないような・・・・人と話をする機会の少ない人にとって、貴重な会話なのに・・・・もっと話せば、喜んでもらえたかも・・・・ と公園をあとにしながら思いました。
【写真は 昼下がりの近所の児童公園で。 (上左)公園の入口です。 向日葵が咲いていました。 (上右)その向日葵(ヒマワリ)をヒマワリらしく撮ってみました。 (下左)公園の奥には背の低い白い花がいっぱいでした。 (下右)ところで、これは何でしょう? 】
50歳を挟んで3年間ほど 東京へ単身赴任したことがありました。その時 千葉県松戸市にある単身社宅に住んでいました。休みの日にはカメラを持って市内を散歩をしたり、歴史を訪ねたりしたものです。 そのために「松戸の歴史」の本をよく読みました。
その中に、「普化宗(ふけしゅう)金龍山一月寺と虚無僧」の解説記事が載っています。 お経を読む訳でもなく、檀信徒がいる訳でもなく、仏事らしいことはしていなかったそうで、ただ 虚無僧と言われる着流しに袈裟をかけ、深編笠をかぶり尺八を吹きながら行脚、喜捨を求める半俗半僧、有髪の人々がどこからともなく集まり、そしてまた散って行きました。尺八は正倉院御物の中に これに近い笛があり、東大寺大仏殿前の国宝銅製八角燈籠に尺八を吹く音声菩薩が彫られていますので、我が国に古くからあった楽器のようで、一月寺の虚無僧が作ったののではありませんが、多くのすばらしい古典尺八曲を作りあげ、尺八を世に広める功績は大きかったのです。・・・・「松戸の歴史案内」から引用しました。
きのう、橿原文化会館で行なわれた筝曲コンサートに行った人から 多くの尺八奏者のこと、ジョン・海山・ネプチューン氏のことを聞いて 松戸のこと、その一月寺のこと を思い出した次第です。
【写真は 文中に出てくる「松戸の歴史案内」です。 (左)本の表紙です。全260ページ、発行 郷土史出版 当時¥1,200.-でした。 (右)一月寺と虚無僧の記事の中にでてくる挿絵と写真。 どうも江戸期の虚無僧の笠は 我々が知っている虚無僧のように深いものでは無かったようです。 後で、自分で撮った松戸の写真を探して載せてみます。】
今日は明るいうちは 特に用事のない日曜日でした。のんびり花園中央公園までの往復を歩いてきました。 公園近くに長女の一家が住んでいますので、そこで孫の音楽の本を借りて来ました。簡単な曲の楽譜を見たいからです。
夕方までに花の名前を調べて本ブログに載せておきましたが、どうも花の名前の漢字変換を間違えたようで、梅が倍になっているのを指摘したメールが友人(この表現でいいのかな)から入っていました。ありがたいことです。 そのメールによると、今日は筝曲の演奏会に行って来たそうです。尺ハなども含んだ邦楽演奏会だったようです。
そう言えば、別の友人も筝曲の演奏会があると言ってましたが、もしかしたら 同じ演奏会の話かも知れません。 時として世間は狭いものです。
【写真は 今日の散歩で見かけた光景などです。 (上左)花園保育園のフェンスの外に咲いていた黄色い花。金糸梅です。 (上右)同じく花園保育園のフェンスの外に咲いていたムクゲでなく・・・・ゼニアオイです(いつもコメントをくださるNANAさんに教えていただきました)。 (下左)花園中央公園の多目的競技場で、少年ラグビー大会が行われていました。写真は練習中です。 (下右)中央公園近くの長女宅で 音楽の本を借りてきました。】
この時期 植物の茎や蔓がにょきにょきと伸びます。 雨が降ると一層伸びるようです。人間にとって嫌な雨でも植物にとっては恵みの雨です。でも ここのところの雨は山間部、都会を問わず どしゃ降りになることがしばしばです。どうなっているのでしょうか。
どんどん気象の様子が荒っぽくなってきているような気がします。 ただひとつ、以前に較べておとなしくなったと思うのは「雷」です。 ここ東大阪では夕立の時に 大きな音の雷が絶えずしていました。 ここ数年、大きな雷の音を聞かなくなりました。
気象の変化がどこまで進むのでしょうか。不思議というより 恐ろしいことと受け止めるべきことかも知れません。
【写真は雨で一段と伸びた植物の茎、蔓(つる)など。 (左)百日紅(さるすべり) (中)桔梗(ききょう) (右)凌霄花(のうぜんかずら)の蔓。 蔓の様子が判りにくいですね。 】
今日の高齢者大学校「音楽を楽しむ科」の授業は 音楽大学の博物館で行なわれました。朝の内は大阪府下の一部の地域で大雨警報が出ていましたが、博物館へ着くころにはすっかり晴れていました。
博物館内には世界の珍しい楽器類が並べられていました。管楽器、弦楽器の順に古い物や珍しい形状の物の説明と演奏が続きました。大変興味深く聴くことができました。 世界に3台とか1台という説明のヴァイオリンの紹介と演奏も印象に残りました。
簡単な楽器として 横山ホットブラザーズでおなじみの「ノコギリ」、ラーメン屋でおなじみの「チャルメラ」、低価格楽器の代表「リコーダー」の紹介と演奏も楽しく聴けました。 「ノコギリ」の演奏に挑戦してみましたが、余韻のある音を出すのは結構難しいなと感じました。
【写真は 大阪音楽大学 博物館で。 (上左)主として管楽器を説明、実演演奏した下さった先生。 (上右)主として弦楽器を説明、演奏して下さった先生。 (下左)今日の説明に使われた楽器類。 珍しい形状のものもありました。 (下右)我々が手にして演奏しても良い楽器を実際に演奏してみる受講者たち。】
朝から本降りの雨が降る一日でした。 今日は特に出かける用事がありませんでした。こんな雨の日は 決まって雨を表現する写真に挑戦しています。 でも、結局 植物の花や葉についた雨粒、しずくを撮って終りの感があります。
今日の雨は少し強めでした。 庭の飛び石として 埋めたコンクリートブロックの表面に水が溜まり、その上に雨が降り注いでいます。 目にも止まらないい速さで 水面に輪が次々と できていました。 それを写してみましたが、中々面白い模様が撮れました。
早くもノウゼンカズラの花が咲いています。 この花は甘いのでしょう。 蟻がつるを登ってきて花のあたりまでやってきますが、今日は雨ですので蟻の代わりに雨粒がいっぱいでした。
【写真は 本降りの雨の中で写してみました。 (上左)ノウゼンカズラの花にも雨のしずくがいっぱいでした。 (上右)水が溜まったコンクリートブロックの表面に雨が降り注いで、次々と波紋ができていました。 (下)雨粒をいっぱい ため込んだ百日紅の葉。】
NPO高大主催・夏季クラシックコンサートの準備打ち合せに行って来ました。 先日の打合せに基づいたチラシ(案)、チケット(案)が早くも出来ていました。 曲目もきちんと決まっていました。 きちんとした形にすると、内容が想像できて当日のコンサートが楽しみに思えてきます。会場は相愛大学・講堂で 聞くところによると立派なホールとのことです。
打合せはいつもの高大の教室のある建物で行なわれました。 JR森ノ宮駅へ向かう途中に最近 赤い花を付けている樹(高さ2.5mほど)があります。前週の高大(15日)の帰りに1班のメンバー同士で「何という名前やろ・・」と話し合っていたあの樹です。 今日、写真を撮って帰って調べてみました。 「アメリカディゴ」では?との結論ですがどうでしょうか。
【写真は 今日の高大行きで撮影したものです。(上左)夏季クラシックコンサート準備の打合せの模様です。 (上右)既に出来上がっていたコンサートの案内チラシ(案)です。 (下左)高大のある建物とJR森ノ宮駅との間にある赤い花を付けた樹。 「アメリカディゴ」かな・・・。 (下右)JR大阪環状線 森ノ宮駅です。】
このところ、野辺に咲く花、公園に咲く花、花壇に咲く花など 名前を知らない花に興味を持つようになっています。今回の仙台行でも 歩きながら目にする花を興味深く見てきました。 仙台は緯度が高いせいでしょう、大阪より遅めに咲いているようです。 つつじ、薔薇なども まだきれいに咲いていました。 撮って帰った写真を見ると、白い花が4枚揃いましたので 載せてみます。
花の名前、少し怪しいのもあります。それにしても花も色々ですが、白い花を写すのは難しいものです。
【写真は 今回の仙台行で写したものです。 (上左) 「カルミア」とかいてありました。仙台駅東側の植え込みで。 (上右)「エゴノキ」 秋保大滝付近で。 (下左)バイカウツギかな 秋保大滝付近で。 (下右)トリアシショウマかな 秋保大滝付近で。 】
一年少し前にあれだけ大きな災害を受けたのに、今 その地域を見ると みなさん元気いっぱいです。 以前、岐阜の水害地の復興作業を手伝いに行ったことがありましたが、全ての物が水浸しになって 使い物にならなくなっているのに 、家の人は笑顔いっぱいの元気な様子でした。 今までの人類の歴史で 度重なる戦(いくさ)、略奪、火災、水害、・・・近世になってからの 大戦での空襲などがありましたが、その都度 力強く生きて来ました。人間にはそんなDNAが刷り込まれているのかも知れないなと感じました。
【写真は このたびの仙台行で写したものです。 (上左)東西や南北に アーケード付の広めの商店街は 午前中は高齢者が目立ち、夕刻になってくると若者たちが元気よく歩き回っていました。クリスロードで。 (上右)仙台駅から東に1.5kmほどにある真昼の榴ヶ岡公園ではベンチで憩う若者、向こう側では 踊りの練習をするシニア達がいました。 (下左)日曜日の朝、演奏準備をするストリートミュージシャンたち。 ぶらんどーむ一番町で。(下右)商店街を行きかう人たちを楽しませているストリートミュージシャン。 クリスロードで。 】
長男夫婦が住んでいる仙台へ行って来ました。(16~18日) あの震災後 初めての仙台訪問でした。 ざっと見たところでは大震災・大津波の傷跡は ほとんど判りません。しかし 怖くてまだ海を見に行けない話、ビルの外壁のタイルの修復作業が行われている様子などを見聞してきました。
それよりも、何よりも 今朝5時半頃、地震があり 起きてしまいました。 左下の写真は地震直後のテレビの画面です。 帰り、仙台空港の飛行機が離陸のために滑走路の端へ移動した時に飛行機の窓から 遠くの方に錆びついた自動車が山積みになっているのが見えました。 震災がれきの処理をはじめ、まだまだ 誠心誠意 被災地の皆さんへの支援が必要だと感じた次第です。
【写真は 今回の仙台訪問時に写した写真です。 (上左)大阪から仙台へ向かう飛行機の窓から写したもの。下界が雲に覆われて、ほとんど見えませんでした。 (上右)宮城県のキャラクター、「むすび丸」です。 (下左)今朝の5時半の地震を報じるテレビの画面。 (下右)帰りの飛行機の窓から見た下界。 頂上付近に まだ雪を頂いている山がありました。 】
今日は高大「音楽を楽しむ科」の授業の日でした。バロック時代の背景の説明などに引き続き、モンテベルディのオペラ作品「ポッペアの戴冠」をDVDで見ました。モンテベルティ75歳の時の作品とのことです。 大変面白く鑑賞できました。 昼休みに続いて、教養講座「原子力発電のこれまでと今後」という題で福島第一原発事故の様子を例にしながら熱心な講演を聞くことが出来ました。
今日から「音楽を楽しむ科」ブログ記事、写真は4つある各班の広報担当に担って戴くことにしました。 最初に担当してもらった1班・広報Ka氏が色々な場面の写真を手際良く撮っているのを見て、みんなで担うようにして良かったと思いました。
【写真は今日の高大の様子です。 (上左)オペラ・ポッペアの戴冠式の要約を説明されるUe先生。 (上右)オペラの場面から 登場人物を撮影してみました。 オットーネ、ネロとポッペアです。 (下左)昼の休憩時間に 班の写真を撮る3班のメンバー。 2人足りない? (下右)午後の教養講座が始まる前に音楽を楽しむ科のメンバーをざっと見て・・・・・やっぱり顔を知らない人、名前を知らない人がいます。 Kuさん、Irさん、Mu氏、Hiさん、Okさん、Maさん・・・の顔が見えます。 】
追記・・・・モンテベルディのオペラ作品「ポッペアの戴冠」のことについては インターネットに諸情報が載っています。
その中の一つを紹介しておきます。 次のURLをクリックして見てください。http://www.geocities.jp/wakaru_opera/lincoronazionedipoppea.html
なお、音楽を楽しむ科のブログのURLは http://blog.goo.ne.jp/ongaku2012 です。
この新KOOさんの・・・とよく似ています。それはKOOさんが立ち上げたからです。 色々と試行錯誤してきましたが、この形式が見やすい、読みやすい、親しみやすい・・・と思います。
今日は大阪府豊中市庄内にある大阪音楽大学へ行って来ました。 高大の「音楽を楽しむ科」で これからコーラスに取り組みますが、担当して下さる先生とピアノ伴奏をしてくださる先生への挨拶を いつもお世話になっているFuアシスタントと一緒にしてきました。そして、今後の練習スケジュールなどを 確認し合ってきました。 いよいよコーラスへ向けての本格始動です。
音楽大学の正門にたどり着くと、晴天の暑い日差しのなかで待ちながら我々を迎えて下さった係りの人たちをはじめ、コーラスの先生たちとも和やかな雰囲気で 話し合うことが出来ましたので、これからの頑張る力が湧いてきたように思います。
阪急・庄内駅の周辺は 飲食店も豊富で、班でのお茶、飲食、懇親の場所に事欠かない場所です。 これから何度か音楽大学へ出向くことになると思いますが、楽しみな場所です。
【写真は 大阪音楽大学とその周辺で撮ったものです。 (上左)大学の正門です。向こうに写っている2人は我々を待って下さっていた係りの人たちです。 (上右)コーラスの先生方との打ち合せ風景。 左・No先生、中・Ho先生(深める科のピアノ伴奏)、右・Na先生(我々 楽しむ科のピアノ伴奏)、その右・Fuアシスタント。 (下左)阪急庄内駅にあった大阪音大の広告板を写したものです。音大のオペラハウスです。(現物は今、改装中で工事用のシートで覆われていました。) (下右) 庄内駅周辺の商店街の様子です。】