50歳を挟んで3年間ほど 東京へ単身赴任したことがありました。その時 千葉県松戸市にある単身社宅に住んでいました。休みの日にはカメラを持って市内を散歩をしたり、歴史を訪ねたりしたものです。 そのために「松戸の歴史」の本をよく読みました。
その中に、「普化宗(ふけしゅう)金龍山一月寺と虚無僧」の解説記事が載っています。 お経を読む訳でもなく、檀信徒がいる訳でもなく、仏事らしいことはしていなかったそうで、ただ 虚無僧と言われる着流しに袈裟をかけ、深編笠をかぶり尺八を吹きながら行脚、喜捨を求める半俗半僧、有髪の人々がどこからともなく集まり、そしてまた散って行きました。尺八は正倉院御物の中に これに近い笛があり、東大寺大仏殿前の国宝銅製八角燈籠に尺八を吹く音声菩薩が彫られていますので、我が国に古くからあった楽器のようで、一月寺の虚無僧が作ったののではありませんが、多くのすばらしい古典尺八曲を作りあげ、尺八を世に広める功績は大きかったのです。・・・・「松戸の歴史案内」から引用しました。
きのう、橿原文化会館で行なわれた筝曲コンサートに行った人から 多くの尺八奏者のこと、ジョン・海山・ネプチューン氏のことを聞いて 松戸のこと、その一月寺のこと を思い出した次第です。
【写真は 文中に出てくる「松戸の歴史案内」です。 (左)本の表紙です。全260ページ、発行 郷土史出版 当時¥1,200.-でした。 (右)一月寺と虚無僧の記事の中にでてくる挿絵と写真。 どうも江戸期の虚無僧の笠は 我々が知っている虚無僧のように深いものでは無かったようです。 後で、自分で撮った松戸の写真を探して載せてみます。】