大黒さんの金魚鉢

黒金町の住人の独り言は“One”

One voice , one mission , one family

翻弄される国家

2014年04月11日 | 政治
NATOがウクライナ国境にロシア軍4万人規模で集結している衛星写真を公開しました。
住民投票でクリミアが独立宣言したことを受けて、ドネツク、ルガンスク、ハリコフのウクライナ東部地区にも同様の動きが見られます。
ことの是非はさておき、大きな時代の揺り戻しの予感がします。

この地図で東西冷戦終了後に東側から西側へ鞍替えしていった国々がよくわかります。
ロシアとしては複雑な心境でしょうが、最悪の状態になることだけは避けてほしいものです。

東西冷戦時代には、アメリカとソ連が核兵器を保有してにらみ合い、世界は二分されていました。
1979年に世界を震撼とさせた事件がアフガニスタンで起こりました。

共産主義政権を維持しようとするソビエト軍がアフガニスタンに軍事侵攻を開始して、アフガニスタンを舞台に米ソ代理戦争が勃発したのです。
祖国を守ろうとするアフガニスタンのイスラム戦士たちは、隣国パキスタンの国境に拠点を構えて徹底的なゲリラ戦を展開していきました。
この戦いはイスラム諸国で“ジハード”(聖戦)として知れ渡っていきます。
世界中のイスラム教徒の若者たちが、ジハードを実践できる場としてこの地を目指しました。
アメリカはこの若者たちを共産主義と闘う「西側の戦士」と考えて、パキスタンとともに支援をしていきます。
(皮肉にもその後、このイスラム戦士たちと闘うこととなるわけですが…)
ソビエトの支援を受けたアフガニスタンの政権と、アメリカの支援を受けたイスラム戦士の戦いは、1989年にソビエト軍撤退で幕を閉じます。
そしてベルリンの壁は崩壊し、東西冷戦が終結しました。

さて歴史はその後どう動いたでしょうか?
なぜ平和は長続きしないのでしょうか?
歴史から学べることはあまりにもたくさんあります。