Life~ ここから始まる未来へ  ~新たな夢に向かって~

日々の生活で感じたことや思ったこと気づいたことを書いていきたいと思います☆

夢の続き

2014-06-24 18:26:06 | 気づいた事

最近、「どうして今の土地に引越してきたんだろう?」と、ふっとそんなことを考えていました。引越ししてきた当時、職場の人とかに聞かれても上手く答え

られませんでした。自分でもあんまりわからず、とにかく仕事して病気を治したい、それだけだったと思います。

20代の前半、大きめの地図の本を広げてただただ見ていた時期がありました。「ここに行ってみたい」とか「ここはどんな所なんだろう」・・・。過去には、仕

事の関係などで、東京(武蔵村山市)、神奈川(横須賀市)には1人暮らしをしたことはありますし、実家に戻ってまた東京(武蔵村山市)東京(青梅市)と

色々な所に短期間ですが住んできました。だけど、いまいちしっくりこなくて東京を突き抜けて千葉県に引越しを決めました。

山梨県、長野県、新潟県、群馬県、栃木県、、神奈川県、埼玉県、千葉県、東京・・・。日帰り突発1人旅行とか言って、地図を見ながら車で行った

ことを覚えています。とりあえず、その地を踏むだけだったのでとっても中身の薄い旅行でした(笑)薬も多かったので、ぶるぶる震えながら手汗をいっぱ

いかいて運転していました。危ないね。マネしないで下さい。そんなことをしていたせいか、いずれどこか地方にIターン就職をしたいと思ったこともありまし

た。どうしても病気と隣り合わせの生活だったので諦めていましたが。。。東京の郊外に引越して生活をしていこうと考えていましたが、なぜか千葉県にな

りました。つまり、とりあえずIターン就職も経験出来たし、東京以外の地方に住むことも出来ている訳だし・・・。要するに、ずっと前からの諦めていた頭

の隅にあった自分の中の夢はいつの間にか叶っているというわけです。そしてもう、今の土地にもだいぶ慣れてここからどういう自分になっていきたいか

の段階に入っているということです。そして、今は「夢の続き」なんだと思います。つい最近気づいたことです。だから、病気も治せたしとりあえずきつい仕

事もして自信がついたし、色々な事にチャレンジ出来るのだと思います。自分でも、こんなに何が背中を押してのだろう?と思っていましたが、気づかない

うちに自分の夢の波に乗っていたということです。これからは、自信を持って今の土地に引越してきたこと言えるし、「夢の続き」であるのだから今までとは

違うありのままの自分で人生を組み立てて行きたいと強く思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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自分の心の約束

2014-06-12 18:18:50 | カイロ

去年、仕事をしながらカイロにお世話になっていましたが、月1回病院にも通院して少量の薬も飲んでいました。引越をして病院が遠くなってしまったので

、一時は近くの病院に転院しようか迷った時期もありました。基本月1回の通院だったので、週末に朝4時頃起きて片道2時間半かけて病院に通院して

いました。仕事の疲れと眠気でだるいときもありましたが、あまり深く考えずに行っていました。朝早く行くと昼頃病院が終わり、それから帰ってきて夕方

カイロに行っていました。週末ダブルワークみたいでした(笑)要するに、朝早くて眠くてもだるくても疲れてても、ここでマッサージしてもらって話して寝れ

ばいいやとそんな感じでした(笑)とってもゆるくて、いい加減な感じですが、ある時から自分の心に1つだけ約束をしていました。それは、自分の病気を

人のせいにしないこと。つまり「なんだかんだ言っても病気じゃないからいいよね」みたいなことをカイロの先生に言ったり少しでも思ったりしてしまったら、

通うのは辞めようと決めていました。うつ病はどうしても目には見えない病気なので、相手に求めても全部は伝わらないので。とっても切ないけれど。病

気が酷かった時は親にさえ「俺の気持ちなんてわかんねぇだろ!!」と言っていた時期がありましたが、そういうのはもうやめようと思っていましたし、治し

たいのなら乗り越えなければいけない課題ではないのかなと思っていました。真面目な話もしていましたが、猫先生とくだらない話をしたり、笑ったりして

いたほうが楽しかったので・・・。あっ!猫になっちゃった(゜Д゜;)にゃーにゃ~(゜д゜)!それから、きつい仕事をしながら薬を減らしていって、心ではなくて、足

を痛めて会社を退職して年度中に薬なしの状態まで持っていくという自分の中での予定でしたが、上手くいきませんでした。だけど、年明には薬なしで大

丈夫になりました。今では、当たり前に飲んでいた薬は怖くて飲めませんし、必要ないので飲みません。

年明けに、カイロの専門学校説明会に参加したのですが、講師の先生が「カイロは西洋医学と東洋医学、どちらかと言えばどっち寄り?」こんな質問をし

てきたので、カイロの事はあんまりよくわからないけれど「両方」と私は答えました。個人的には西洋医学とか東洋医学とか言っている現状でもないし、そ

ういうこと言ってる場合でもなかったので。現役の整体師さんや私みたいにカイロに通っている人は、東洋医学寄りとか西洋医学寄りとかそれぞれ言って

いましたが、カイロの事はほとんど知らない素人の私は「両方」なんて言ったのは生意気だったかもしれません(笑)

 

 

 

 

 

うつ病は、話しをしたりすることも大事だと思うし、病気を改善させる薬みたいなのではないかなと感じています。私自身あんまり自分の事は人に話をしな

い人間で、少し人が信じられないみたいな感じになっていたので、そういうのも改善されてきたおかげで病気を手放すことが出来たと思っています。

話をするとか言葉は結構良い薬になると思います。

 

 

 

 

言葉の贈り物ホームページ:  http://utsu.jp/kotoba/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近目にした動画なのですが、見ていて驚きました。開いた口が塞がらない感じでした。

自分が同じような目に合ったらかなり高い確率で立ち直れないだろうなぁ。。。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 うつで死にかけた私 部屋とワイシャツと私(替え歌)

 

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必ず変わっていく

2014-06-05 18:45:06 | 気づいた事

先月、ほとんど千葉にはいませんでした。5月3日(土)には、姉から電話があり、神奈川県湘南寒川町に1週間弱行ってきました。車で行きたかったので

すが、置く所が無いので、電車で行きました。旦那が救急車で病院に運ばれたと。十二指腸潰瘍で、ギリギリまで我慢をしていたみたいです。自宅でおか

しくなり、意識もほとんどなくなるまでになり、唇真っ青だったそうです。8~9割死んでたみたいです。「死ぬ時って痛くないんだな。あんな感じなんだな」

と、元気になってから言ってました。危ないことするなぁ(^_^;)大手食品会社の営業マンで、役職についているので休めないのだと。だけど・・・。

ちなみに1週間弱で退院して、退院して1時間も経たないうちに会社に行ってました(笑)

姉のところに行くと、私はなんちゃってカウンセラーになってしまいます。今に始まったことではないのですが、色々と話を聞いてしまいます。そういう存在

だったし、今でもそうです。10代後半から20代後半にかけて、姉は結構荒れていました。結婚、離婚、男に騙される、家を飛び出す、中絶 ・・・。

私は、病気になる前から病気になってからも、なんだか相談に乗ってきました。なんだろう・・・。自然と電話やメールが来てしまうという感じでした。ひとつ

だけ言えることは、ただ普通に会話してきただけです。結婚してかなり変わったなぁと思っていましたが、最近気づいたのですが、ただ本質に戻っただけ。

どうしても、姉の性格がいまいちわかりませんでした。目つきがきついし、他人の事は全然興味が無いような感じだったし、わがままだし、気性が激しい

し・・・。何らかの原因があって、素直な自分ではいられず、偽りの自分でいたんだと思います。普通に主婦やっているのを見ると、すごーく変な感じがしま

す(笑)たまに目つきが怖いのと、少しのわがままさは変わっていません(笑)出来ない、無理、嫌だ・・・。今でもそういう言葉が飛んできます。「溜まったも

のを吐き出すのはいいけど、吐き出すだけだと楽になるのは一時だけ。何が原因でどう改善していくかが重要」そんなアドバイスをしたら、最近では、電

話やメールの回数が昔に比べたらかなり減りました。それだけ本人も努力してきただろうし、今も努力しているのだと思います。「メールめんどくさいから

lineやろ」とか言ってきたので「やだ」と断りました。そんなことやり始めたらしょちゅう・・・(´゜д゜`)私は今のところは、lineやTwitterやFacebookなどは

やっていないし、やりません。時代についていけない人間なので、あえてついていきません。疲れるので。そうではなくて、昔、携帯依存していた時期もあ

ったし、なるべく自分の足で、生身の人間どうしでのほうが自分の為になると思っていますし、そういう時期なんだと思っています。時代相応でそのうち

嫌でもやりだすかも?

姉は旦那の仕事の関係で、今年の夏頃には大阪に転勤のようです。そしたら、そこに5年位はいるらしいです。おそらく、とっても重要な意味深い5年に

なるんだろうなぁ。。。とっても良い意味、じゃっ!て感じです。

 

一旦千葉に帰ってきて、すぐに実家に帰りました。引越してきた当初は、1年に2回か3回位しか実家には帰らなかったのですが、今年に入ってから、大

体月1回帰っていました。不思議なことに景色の見え方がだんだんと変わってくるんです。それだけ自分も変わったということなのかもしれません。実家に

は両親と兄がいますが、兄も過去離婚しています。離婚話の修羅場に親に言われて立ち会ったり、凶変した嫁に電話で文句言われたこともありました。

その時はさすがに頭にきて「なんだこいつ」と思いましたが。兄との関係が凄く悪いというわけではありませんが、昔からいまいち歯車がかみ合っていない

ような感じです。環境を変えて、距離をとってから少しずつ変化してきているような感じですし、私もこれから変わっていけばうまく歯車がかみ合いだすよう

な気がします。

 

 

両親は、はっきり言ってしまえば、私にそばにいてほしいのだと思います。病気で実家にいた時間が長かったし、その間は自分のことを色々とやりながら

両親兄弟には、どこかすごく気を使っていた気がします。仕事ではありませんが、ずーっと家の中の総務的な事をやってきたし、地域のお付き合い、冠婚

葬祭、親戚付き合いなど全部ではありませんがかかわったりもしてきました。いいことだからいいのですが、そういう時期が長かったので、私がいなくなっ

て最初のうちはとても違和感があったと言っていました。私は私で、環境を変えてからは、基本的には自分の事しか考えていません。20代を病気でほと

んど時間を費やして、その時間で経験したかったことも経験できたであろうこともたくさん置き去りにしてきたので、これからはしっかり自分自身に向き合

いたいし、病気が良くなった自分の身を自分の生まれた土地には預けられないと思ったからです。少しの間身を預けたとしても、いずれは出ていくことに

なるだろう予定だったし、いずれは通る道だから、あまり時間をかけることは出来ないので早めに環境を変えました。そして、偽りではなく、本当の自分に

なってきていると思います。

 

何か新しいことを始める、先の良いイメージをしていく中で、心にブロックがかかっている、かかっているような気がすると感じていましたが、最近それが

わかってきた気がします。環境を変えて生活を始めてから、自分もちょっと前よりは全然変わったように思います。これからも変わって行けるように努力を

していきますが。親、兄弟との調和はとても大切なんだなぁ。。。周りも変わっていく、自分も変わっていく。。。

 

 

 

 

 たまたま見つけたサイトです。 http://blockrelease.net/

私はあまり詳しくないのですが、ブロック解放というのがあるみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 yellowgreen「北風と太陽」

 

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