大掃除進行中!くぅちゃんをお風呂に入れなきゃ!(年に1回だけ)
引越してきてから丸3年。そして、今年はもう年末。
「過去を超えて本物の自分になる!!」今年の目標の1つでした。10年近く積み重ねてしまった何か良くないものを超えて本物の
自分になるというのは、本当に大変です。だけど、私は最近自分の中で、目に見えない感覚的なものですが超えることが出来たよ
うに感じています。
今の土地に引越してくる前に、東京(実家)で、うつ病、自殺、自分自身の体調管理(減薬)など、自分なりに追及したり、改善
策を考えたり、勉強したり、精一杯向き合ってきました。その中で見えてきたことが、『環境』の問題。引越しをする半年前位に
実家の地域の方で、自死遺族の方が講演をして下さいました。自分の経験の中で、「行政の人はなにもしてくれなかった」そんな
ことをおっしゃっていました。だけど、その言葉が私個人的には、当時物凄くチカラになりました。うつ病と自殺は少し違う部分
もありますが、何かどうしょうもない気持ちを代弁して下さっているように感じました。そこから、環境を変えてみようという気
持ちが湧き上がってきました。今となっては、それがとっても重要な解決策だと身に染みて感じています。気づきが無かったり、
感じるものがなかったら、私は今でも本物の自分になれず、ひとりもがいていたと思います。
精神障がい者福祉手帳 (3級)を精神科を通院している時に取得させてもらいましたが、この手帳の効果が実家のほうではあまり
効果が無いように感じました。仕事を探す時にハローワークで「障がい者求人」に応募させて頂いたこともありますが、自分の
住んでいる環境の近くにはなかなか求人はなく、遠くを選べば通うことは困難。一般でも同じなのですが・・・。自分の人生を
組み立てていく中で、「仕事」だけ求めて行けばいいのか非常に複雑な気持ちにとらわれました。ハローワークの専門援助部門
でも色々と相談させて頂いたりして、今の住んでいる土地の「障がい者面接会」の資料を取り寄せて、実家から我孫子市という所
まで行く予定でしたが、今度は「自分に合う求人がない」断念しました。それなら、一般求人で挑戦しようということになりまし
た。いわゆる「グレーゾーン」自分はどっちの道を進めばいいの?そういうような感じになってしまいます。どっちの道を選ぶの
も自分次第。東京で、障がい者職業訓練学校の体育館で行われた障がい者面接会に参加させて頂いた時に、身体障がい者の人達
や知的障がいの人達が何かを目指して一生懸命になっているのを見て、「自分なんか何やってるんだろう」と気づかされたり、感
じさせられたりしたことがありました。とりあえず精神障がい者の道は選ばない。うつ病ってなんだ?そんなふうに思ったことも
ありました。病院と薬を手放した後が物凄く大事で、思考改善、感情改善、体の感覚などの改善・・・。その後は、崩れ落ちてし
まった自分の人生の組み立て直し。とにかく、課題ややることは山積み。ひとつひとつ積み重ねるしかないということです。確か
に大変です。ある程度時間も必要だし、本当に組み立て直すことが出来るのか保証はないし、変に踏み外せば大変なことになる
し・・・。厳しい現実と向き合わなければなりません。3年間で何とか乗り越えられた感はありますが、毎日が「自問自答」それで
も、前進したいという内側のパワー。どこからこんなパワーが湧き上がってくるのか、自分でも不思議なくらいです。薬物療法で
自分で自分を引き上げていた時には感じたことのない感覚です。
メンタルの問題・病気は精神科や心療内科で治療をしますが、メインは「薬物療法」通院や薬を飲んでいる期間が長くなって
くると、完全に薬にコントロールされてしまう可能性もあると思います。私の場合、「薬に助けてもらっていた部分」と「本質の
自分」両方の部分があったと思います。確かに、うつ病も酷い時は、エネルギーが落ちてしまい、疲れ切っている状態なので、薬
物療法でしっかり休養して整えることがいいと思います。ただ、後々薬に依存状態になってしまうとなかなか手放すのが大変。
徐々に薬を減らしていき、薬が無くても良い状態を掴んでゆくことが大切だと思います。薬の誘惑は凄いです。飲むと楽になって
しまいます。これが癖になってしまうように思います。もっと深くなってゆくと、薬なしでは自分で自分をコントロールすること
が出来なくなってしまうと思います。我慢強さや忍耐力が低下してしまったり、場合によっては、精神的に未熟になってしまった
り、わがままさが育ってしまいモンスター化してしまう可能性もあると思います。
精神科医や心療内科医によっていろいろな考え方があるのかもしれませんが、私が長年お世話になっていた精神科の元主治医は、
全然知らなかったのですが、病院で外来診察のほかに、「保健所での精神相談」「小中学校での学校医」「市役所での産業医」
「精神障がい者施設・老人施設の属託医」そして、地域や自治体や施設で、うつ病・自殺・認知症に関しての講演会などを
やっているそうです。病気や薬を手放してから知りました。寝る時間あるのかな?いろんなところを駆けずり回っている医者だっ
たみたいです。そういう面では、視点の広い先生だったのかもしれません。私自身、病気の時に、保健所などに相談に行った事は
ありますが、なかなか良い改善策が見つからず悩みました。
『環境』の視点から見てきた自分にとって、「行政」の影響はかなり強かったと思います。奥深い事はわかりませんが、何か目に
見えない良くない雰囲気が長年かけてできてしまったのだと私個人的に感じます。人のせいにしたり、環境のせいにしたくなかっ
たのですが・・・。こればかりは・・・。実家にいる時、私の知っている人で、メンタル関係の民事裁判をしていたのですが、傍
聴したわけではありませんが、最高裁まで争っても引き分け。とっても難しいのだと思いますし、「正しい答え」がなかなか出な
いのだと思います。だから、「自分の中での正しい答え」というのが重要になってくるのかななんて感じました。こういうことも
、自分にとっては先を進む1つのヒントのようになりました。
病気になって、完治して、自分の中で複雑な思いなどがだんだんと整理されていき、先の人生を組み立て直していくという段階ま
で進めたことに関しては、かなりホッとしています。ここまで来れば、東京でも千葉でもどちらでも人生を組み立て直していく
ことは出来ます。自殺とか病気とかそういう問題ではなく、「高齢化」「過疎地」「人口減少」「町おこし」・・・。
東京(実家)に戻れば、自分の年齢からして、いろいろな問題を避けては通れない、厳しい現実もあります。
私には自信がありません(._.)自分がここまでくることに物凄く必死でした。
環境を変えることや環境を変えてからの生活、自分なりにバランスよく歩いてきたと思います。
後は、素直な自然の流れに身を任せようと思いますし、どっちが良い悪いとかではない世界がいちばんいいのかもしれません。
GLAY / HOWEVER