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最近ちょっとお疲れ気味

三条の和釘と伊勢の式年遷宮

2011-01-17 23:53:43 | ものづくり・素形材
 新潟県三条市を訪問した際、興味深いお話を聞きました。

 新潟県の三条地域振興局では高度熟練技能者などを「にいがた県央マイスター」として認定する制度を設けています。このマイスターに認定された三条市の伝統的鍛冶技術の職人のお宅に、数年前に一組の母子が訪れてきました。「息子を弟子にしてください」という母親の言葉に、鍛冶職人は驚きました。日本では数少ない伝統的な技法で刃物を作る職人とはいえ、自分の生計を立てるのが精一杯でとても従業員を雇う余裕がない、と職人は断るのですが、この母子はその後も何度も訪れてきて「息子を大学に進学させるつもりで貯金をしてきました。ですから当分はただ働きでも構いません。息子を弟子にしてください。」とお願いされ、根負けする形でこの職人は若者を弟子にとることにしました。
 とはいえ今の時代にただ働きをさせることは労働法の関係上できません。困ってしまった職人の姿を見た鍛造メーカーがこの若者をパートで雇い入れ、彼は週の半分をこのメーカーで働き、半分を職人の下で修行することになったのです。若者が仕事を覚えていくに従い職人の下で働く日数が増えていき、今では職人の弟子として定着し、給料も貰えるようになったとのことです。

 現在、伊勢神宮では第62回式年遷宮に向けた準備が進められています。式年遷宮とは1300年以上も前から続いている、20年ごとに社殿を造り替え神座を遷す神事であり、古来から伝わる建築の技能伝承の機会としても重要な位置づけにあります。この社殿の建築には和釘という日本独特の釘が用いられるのですが、今では和釘を生産して伊勢神宮に供給できるのは三条市の鍛冶職人たちだけなのだそうです。
 日本古来の鍛冶技術によって作られる製品に対する重要が減り続ける中、技術を守り続けることは容易なことではありません。将来を考えると子息に後を継がせることに不安を覚える職人たちも少なくないものと思います。敢えて職人に弟子入りしようとする若者が現れなければ、式年遷宮という日本の伝統を継続させることは危ういかもしれません。
 社殿をひたすら作り直す式年遷宮があったからこそ、1300年前の木造建築がそのまま伊勢神宮には生き続けてきました。これは世界に誇る日本の文化遺産といってよいでしょう。我が国は政教分離の国ですから、特定の宗教に政府が肩入れすることは好ましいものではないということはわかるのですが、何らかの国の支援があってもよいのではないかと感じます。