クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

福川の“カメ”は恩返しに何をしたか? ―福川水門と四ツ手網漁―

2009年09月02日 | 利根川・荒川の部屋
利根大堰から上流を望むと、
水門が目に留まる。
これは“福川水門”と呼ばれ、
利根川と福川の合流地点に設けられている。

利根川の増水により福川が逆流するのを防ぎ、
水害から人々の生活を守っている。
ぼくはこの福川水門がわけもなく好きで、
中学生のときは同級生たちとよく遊びに来ていた。

この水門から上流を望んだとき、
岸辺に設けられた小屋が目に付く。
民家のようでもあるし、
水位観測室にしてはすぐに流されてしまいそうな簡素な作りである。

そこが四ツ手網漁をする小屋だと知ったのは、
ずっとあとになってからのことだ。
これは魚を掬う漁法である。
四ツ手網を水中に沈め、その上を通過する魚を掬うというシンプルなもの。
漁師は小屋で四ツ手網を操って漁を行う。

『利根川流域の自然と文化』(※)によると、
小屋が設けられたのは昭和20年代からで、
四ツ手網漁の開始も大正年間頃だという。
伝統的な漁に見えるが、福川ではさほど古くはないらしい。

漁は春と秋に行い、コイ・フナ・雑魚をとる。
“秋くだり”の魚を狙う真夜中の漁は、
とても寂しいものだったという。
夜の利根川の寂しさはひときわである。
漁師は夜闇で息を殺しながら、何を想っていたのだろう。

ところで、まれにウナギやナマズがとれたというが、
もし“カメ”がかかったら要注意である。
そのカメは福川の主かもしれない。
福川という縁起のいいこの名前は、実はカメに由来している。

長者が乗って川遊びをしているときのことだった。
岸に上がると、一匹のカメが尾についていた。
はがそうとするが、どうしても離れない。
やっと離れたのは家に着いたときで、
長者はそのカメを柱にゆわきつけてしまう。

カメは暑さのため、だんだん弱っていった。
それを見た女中の“お福”は、憐れんで水をかけてやる。
みるみる元気を取り戻したカメは、
網を切って逃げ去ったという。

数日後、お福が川で洗濯をしているとそのカメが現れる。
見ると、口に金をくわえていた。
カメはそれをお福に渡してまた去っていく。

この話はたちまち評判になって、
カメは川の主だったのだろうと人々は口にした。
そして、福を授けた川として、
「福川」と呼ばれるようになったという(『妻沼町風物史話』)

この伝説は到冨譚であり、浦島太郎のように異郷譚ではない。
冨を得たお福は裕福になったため、
女中をやめたということだ。

四ツ手漁でカメがとれることはないのだろうか。
そのカメは福川の主かもしれない。
恩を着せれば、冨をもたらしてくれるかもしれない。

ちなみに、福川で釣りをしたことがある。
しかし、釣れたのは小魚ばかりだった。
下心があっては冨は得られず、
福川の主も見透かしているだろう。

これから秋くだりの魚漁シーズンを迎えようとしている。
10月下旬から12月までの漁だという。
真夜中の孤独な漁が始まるわけだ。
秋の虫の音に包まれた9月の福川も、
趣深くも、げに寂しい。


夜の帳が下りる“福川水門”(埼玉県行田市北川原)


四ツ手網漁の小屋

※参照文献
 大久保茂 岡本一雄「利根川と福川の四ツ手漁」
(『利根川流域の自然と文化』関東地区博物館協会編、茨城新聞刊)

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4 コメント

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おひさしぶりです (忍っこ)
2009-09-02 20:14:21
福川の水門前でよく釣りをしました。
鯉やウグイ等がよく釣れましたね
福川にはそんな伝説があるなんて知りませんでした。
行田市役所前の本丸通りは大きな川で
水城公園に流れていました。
そこで一辺が2mくらいの四ツ手網がいくつも設置されていたのをかすかに記憶しています。
返信する
忍っこさんへ (クニ)
2009-09-03 00:45:53
お久しぶりです。
福川での釣りはいいですよね。
最近は全くしていませんが、
思い出すだけで心が和みます。

そういえば、新しく刊行した『行田市史』に、
忍城の沼の埋め立て写真が収録されていました。
ぼくも古写真で四ツ手網のようなものを見た記憶があります。
あれはひとつの風物詩だったのかもしれませんね。
返信する
福川では今でも釣りをしています (ジャック)
2014-06-12 23:09:33
近所なので良く夜釣りしに行きます!ですがそんな伝説があったとは知りませんでした!

釣り仲間に話してあげようかと思いますm(_ _)m
あそこで亀はよく釣ってましたΣ(゜д゜lll)

なんか申し訳なく思いました
返信する
ジャックさんへ (クニ)
2014-06-13 00:22:51
コメントありがとうございます。
福川にまつわる伝説はドロドロしておらず、いい伝説ですよね。

亀が釣れるんですか!
ぼくも十代までよく釣りに行ってましたが、
亀を釣ったことはありませんでした。
縁起のいい釣りですね。

ちなみに、この記事では触れませんでしたが、
韮塚一三郎氏はこの伝説に出てくるのは「亀」ではなく、
「河童」だろうと指摘しています。
もし河童が釣れた際はぜひご一報を……(^^)
返信する

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