クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

クニのウラ部屋雑記(25) ―コロー展―

2008年09月01日 | ウラ部屋
「コローの絵を見なさい」と言った人がいた。
8月31日まで上野の国立西洋美術館でコロー展が開催され、
そのチケットがあるという。

いろいろとよくしてくれるその人の誘いは断れない。
原稿の進捗状況とのにらみ合いだったが、
何とかケリを付けて上野へ足を運ぶ。
金曜の夜、職場から思いのほか時間がかかって、
その人を待たせてしまう。

その人は小説家だ。
面と向かって「女流作家」と言うと、
ちょっとこそばゆいけれど、
長い間小説を書き続けている。
詩人のゼミとは全く関係ない。
雑誌に掲載されたぼくの拙作を読んで、
声を掛けてくれた奇特な人である。
先輩であり、師でもあり、ときに友人でもある不思議な人だ。

その人はコローの絵が好きらしい。
なぜ好きなのかは実際に絵を見てわかった。
コローの作品と言えば、「詩情あふれる風景画」である。
その人の書く小説はいずれも「風景」が重要な要素を占めている。
コローの絵を細部に使った作品もあったし、
その風景描写もどことなくコローの絵と似ている。
「なるほどね」と内心思いながら絵を見ていると、
ぼくをじっと見つめるその人の視線に気付いた。

絵ではない。
まっすぐぼくを見つめている。
つい恥ずかしくなってしまうようなまなざしだが、
決して甘酸っぱいものではない。
小説のネタを見つけているのだ。
物書きの視線は、一般の人より斜め45度のところにある(とぼくは思う)。

よせばいいのに、その人はぼくをモデルにした小説を書いている。
いままでずっと書く側にいたのに、
逆に書かれるというのはひどく妙な気分だ。
その人はぼくがコローの絵の前で、
どんな反応をするのかを見ているらしい。
「あなたは絵よりも額縁の方が気になるのね?」と言う。
「それと、一般客のあの眼鏡を掛けている女の人が気になるんでしょう?」
と、妙なことも口にする。

「違いますよ。あの人が耳に付けてる音声ガイドが気になるんです」
「ほかにも付けている人がいるじゃない」
「少しだけ音が洩れているんです。あの人のだけ」
「主人公が眼鏡の女性好きというのも面白かもしれないわ」

その人の頭の中はいつも小説のことしかない。
何かあると小説に結びつける。
年上の人にこう言うのは気が引けるが、おかしな人だと思う。
多分、いままで出会った女性の中で1番変わっている。

結局その人はコローの絵をあまり見なかったと思う。
ミュージアムショップの前で知らないおじさんに声を掛けられ、
気さくに会話を始める。
その人にとっては何が起こるかわからないワクワクの時間。
人があまり好かないようなものも、
プラスに転換する力を持っている。
そのくせ落ち込むと、とことんひどい。

その人がぼくを書くように、
ぼくもいつかその人を書くだろう。
コローの絵を見に来たたくさんの人たちの中、
見知らぬおじさんと話をしているその人の横顔を、
ぼくは少し離れたところで見ていた。
コローの絵を見るように……


「モルトフォンテーヌの想い出」

※最初の画像は「真珠の女」

国立西洋美術館HP
http://www.nmwa.go.jp/jp/index.html

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