初めて行った金山城(群馬県太田市)の山頂で、
一緒にいた女の子たちは、
熱っぽく“牛丼”について語った。
「本当は細かくした豆腐を乗せて食べると最高なのよね」
夜景などそっちのけである。
彼女たちはとても可愛らしい女の子で、
牛丼をかきこんでいる姿は想像できない。
「ああ、牛丼が食べたい」
ひとりの女の子が言った。
心の欲望がそのまま言葉に出たようだった。
牛丼屋のいいところは、大抵24時間営業していることだ。
そんなところも牛丼ファンの心をくすぐるのだろう。
当然の流れのように、
ぼくらは金山を下りると牛丼屋へ向かった。
辿り着いたのは、彼女たちの聖地(?)「吉野屋」である。
そのときすでに日付も変わっていたと思う。
深夜にも関わらず、彼女たちは大盛りを注文した。
そして、卵とみそ汁も付ける。
幸せの定義はいろいろあるかもしれないけれど、
髪を後ろで結い、ワクワクした表情で牛丼を待っている彼女たちは、
まぎれもなく幸せだったと思う。
やがて運ばれてきた牛丼つゆだく4つ。
ひとくち食べて「おいしい」と満面の笑みを浮かべた女の子に、
ぼくは少しドキッとした。
それからどんぶりを片手に持ち、夢中でかきこむ。
「おいしいね」
「うん、すごくおいしい」
顔をホクホクさせ、その頬も赤くなっていた。
それまで何度も「吉野屋」へ入ったことがあるけれど、
その日が一番楽しい牛丼だったと思う。
心からおいしそうに食事をする人と一緒にいると、
なぜ幸せな気持ちになるのだろう。
温かくて優しい気持ちになったのは、
牛丼の熱気だけではなかったと思う。
あっという間に牛丼を平らげ、店を出た。
そのあとは真っ直ぐ帰路に就く。
何かとても満たされた気持ちだったのを覚えている。
それからどんな話をして、
どんな道を通ったのだろう。
帰りの車の中でも、やはり牛丼の話をしていた気がする。
家の前だったか、あるいはどこか別の場所だったか、
鷲宮あたりで彼女たちを下ろした。
すると、女の子のひとりがこう言った。
「まだ牛丼一緒に食べようね」
ぼくらは手を振って別れた。
その日初めて会った人だったけれど、
不思議と前から知っているような気がした。
そのまま羽生のレンタルビデオ屋へ戻り、
彼ともその場で別れる。
以来、彼とは一度も会っていない。
もちろん、牛丼を一緒に食べた女の子たちともである。
そもそも、その日彼と遊ぶ約束をしていたわけではないし、
もし偶然レンタルビデオ屋で会わなかったら、
金山城へ行くことも、女の子たちと牛丼を食べることもなかっただろう。
奇妙な夜だったと思う。
それから幾度となく金山城へ足を運んでいる。
そこが羽生城(埼玉県羽生市)とも深い関係のある城と知ったのは、
もう少しあとになってからのことだ。
いまでは歴史の観点からこの山城を見ることが多いけれど、
山頂から夜景を眺めると決まって牛丼が頭に浮かぶ。
大盛りつゆだくで、卵とみそ汁付き……
あの楽しかった牛丼は、
いまでも一番のままだ。
あの夜、金山城につれてきた彼と、
一緒に来た彼女たちはいま何をしているのだろう。
特に、名前も忘れてしまった彼女たちが、
どこで何をしているのか想像もつかない。
いまでも牛丼屋でどんぶりを片手にかきこんでいるだろうか?
その横には夫がいて、小さな子どももいるのかもしれない。
もう彼女たちの顔もぼんやりとしか思い出せないけれど、
いつかどこかの牛丼屋で会えそうな気がしている。
金山城から見える明かりの下で……
「金山城と牛丼」(了)
金山城(群馬県太田市)からの眺め。
※最初の画像は金山城跡図。
山崎一側図「群馬県古城塁址図集」第五集(東毛篇)より
一緒にいた女の子たちは、
熱っぽく“牛丼”について語った。
「本当は細かくした豆腐を乗せて食べると最高なのよね」
夜景などそっちのけである。
彼女たちはとても可愛らしい女の子で、
牛丼をかきこんでいる姿は想像できない。
「ああ、牛丼が食べたい」
ひとりの女の子が言った。
心の欲望がそのまま言葉に出たようだった。
牛丼屋のいいところは、大抵24時間営業していることだ。
そんなところも牛丼ファンの心をくすぐるのだろう。
当然の流れのように、
ぼくらは金山を下りると牛丼屋へ向かった。
辿り着いたのは、彼女たちの聖地(?)「吉野屋」である。
そのときすでに日付も変わっていたと思う。
深夜にも関わらず、彼女たちは大盛りを注文した。
そして、卵とみそ汁も付ける。
幸せの定義はいろいろあるかもしれないけれど、
髪を後ろで結い、ワクワクした表情で牛丼を待っている彼女たちは、
まぎれもなく幸せだったと思う。
やがて運ばれてきた牛丼つゆだく4つ。
ひとくち食べて「おいしい」と満面の笑みを浮かべた女の子に、
ぼくは少しドキッとした。
それからどんぶりを片手に持ち、夢中でかきこむ。
「おいしいね」
「うん、すごくおいしい」
顔をホクホクさせ、その頬も赤くなっていた。
それまで何度も「吉野屋」へ入ったことがあるけれど、
その日が一番楽しい牛丼だったと思う。
心からおいしそうに食事をする人と一緒にいると、
なぜ幸せな気持ちになるのだろう。
温かくて優しい気持ちになったのは、
牛丼の熱気だけではなかったと思う。
あっという間に牛丼を平らげ、店を出た。
そのあとは真っ直ぐ帰路に就く。
何かとても満たされた気持ちだったのを覚えている。
それからどんな話をして、
どんな道を通ったのだろう。
帰りの車の中でも、やはり牛丼の話をしていた気がする。
家の前だったか、あるいはどこか別の場所だったか、
鷲宮あたりで彼女たちを下ろした。
すると、女の子のひとりがこう言った。
「まだ牛丼一緒に食べようね」
ぼくらは手を振って別れた。
その日初めて会った人だったけれど、
不思議と前から知っているような気がした。
そのまま羽生のレンタルビデオ屋へ戻り、
彼ともその場で別れる。
以来、彼とは一度も会っていない。
もちろん、牛丼を一緒に食べた女の子たちともである。
そもそも、その日彼と遊ぶ約束をしていたわけではないし、
もし偶然レンタルビデオ屋で会わなかったら、
金山城へ行くことも、女の子たちと牛丼を食べることもなかっただろう。
奇妙な夜だったと思う。
それから幾度となく金山城へ足を運んでいる。
そこが羽生城(埼玉県羽生市)とも深い関係のある城と知ったのは、
もう少しあとになってからのことだ。
いまでは歴史の観点からこの山城を見ることが多いけれど、
山頂から夜景を眺めると決まって牛丼が頭に浮かぶ。
大盛りつゆだくで、卵とみそ汁付き……
あの楽しかった牛丼は、
いまでも一番のままだ。
あの夜、金山城につれてきた彼と、
一緒に来た彼女たちはいま何をしているのだろう。
特に、名前も忘れてしまった彼女たちが、
どこで何をしているのか想像もつかない。
いまでも牛丼屋でどんぶりを片手にかきこんでいるだろうか?
その横には夫がいて、小さな子どももいるのかもしれない。
もう彼女たちの顔もぼんやりとしか思い出せないけれど、
いつかどこかの牛丼屋で会えそうな気がしている。
金山城から見える明かりの下で……
「金山城と牛丼」(了)
金山城(群馬県太田市)からの眺め。
※最初の画像は金山城跡図。
山崎一側図「群馬県古城塁址図集」第五集(東毛篇)より
ぼくも一度やってみたいと思っているものです。
夜景を見ながらの牛丼はどんな味なのでしょう……
先日行ったときは、麓のスーパーで買った唐揚げを食べました。
夜景というスパイスが効いてとても美味でした(^^)
今考えるとミスマッチでしたね。
さすがです。
昔からオチがうまいですね(^^)
仕事場が金山の近くなんて羨ましい。
ちょっとストレスがたまったら、すぐに山に登れますね。
川もいいけど山もいいものです。
利根川仲間の同窓会は、源流の大水上山にしますか(^^;)