クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

幼子を“さきたま古墳群”に連れていくと?

2017年11月27日 | 子どもの部屋
息子をさきたま古墳群(埼玉県行田市)へ連れていく。
何か意図したわけではない。
自分が企画展を見たかったから、息子はその道づれ。

ただ、これまで色々な博物館や展示へ連れていったが、
古墳群内の “さきたま史跡の博物館”が一番落ち着いていたかもしれない。
なぜなら、パンフレットに掲載された資料を自主的に探し始めたから。
まだ資料の価値や背景がわかる年ではない。
でも、パンフレットに載っている鉄剣や埴輪を一生懸命探していた。

古墳群や博物館はいつも賑わっている。
団体連れや史学科の学生とおぼしき若者たちがたくさんいて、
幼子を連れていくとそれなりに気を遣う。

古墳群もひと通り見てまわった。
拙著『歴史周訪ヒストリア』(まつやま書房)を執筆したとき以来だったかもしれない。
冬の夜、古墳群で食べたカップラーメンのエピソードを拙著に書いた。
あれは二十代半ばのとき。
現場のあずまやの前を通ると、
何とはなしにカップラーメンのことを思い出す。

丸墓山古墳の墳頂に登った。
眺めたのは忍城方面。
石田三成も見たであろう視点だ。
戦国時代、ここからどんな景色が見えたのか。
と、思いながら景色を眺めた人はこれまでどのくらいいただろう。

将軍山古墳内の展示室にも足を運ぶ。
古墳内に展示室があるという異例の施設だ。
復原された石室を前にしたとき、
息子の目には被葬者が昼寝をしているように見えたらしく、
「ねんねしちゃったね」としきりに言っていた。

前玉神社に参拝。
博物館の前で展示されている古民家も覗いた。
見どころはたくさんある。

いま何かと話題になっている行田市だ。
その日もドラマのロケが市内であったそうな。
きっと多くの人が集まったのだろう。

息子はまだ「古墳」と認識していない。
大きな土山のある公園と思っているのかもしれない。
息子は足袋を履いたみたいに颯爽と古墳群内を駆け、
やがて転んだ。


丸墓山古墳から忍城方面を眺める


古墳の上に祀られる前玉神社

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4 コメント

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Unknown ()
2017-11-28 19:05:26
なつかしい公園です!。フライというめずらしいランチも
おもいだしました。エビフライのようなものを想定していたのでびっくりしながら食べたことをおもいだしました。私は一年検診を受けながらも体力は回復してきました。また夫からあちこち連れ回されて旅行しています。福島県いわき市にいってきました。草野心平記念館や天平ルームという資料館をおとづれました。学芸員の方が足で読む文学として、文学散歩にとても力のいれている方でした。ご自身が企画されたという吉野せい展を案内してもらいながらおもわずタカトリさんの実践も紹介させてもらいました。
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虹さんへ (クニ)
2017-11-29 22:41:10
フライというと、どうしてもパン粉のついた揚げ物を連想しますよね。
行田の人は、それぞれ行きつけのフライ屋さんがあると聞いたことがあります。
「陸王」が放送されていますが、フライ屋さんもいつも以上に賑わっているのではないでしょうか。
旦那さんと色々なところへお出かけなさっているとのこと。
素敵な時間を過ごされているのではないでしょうか。
文学館、博物館巡りもなさっているのですね。
それぞれの展示には担当者の魂がこもっているもの。
僕もこれからそんな魂にたくさん触れていきたいです。
息子や娘を道連れにして(笑)
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Unknown (チョーサンピル)
2017-12-30 00:01:32
子供の頃は今みたいに古墳が整備されてなく雑木林状態でした。二子山の中の小道を友人と自転車で走って遊んだ記憶があります。中心部が谷みたいに窪んでいて走ると面白いのです。
悪がきどもは丸墓山の頂上まで続く小道の真ん中あたりまで自転車を上げて、そこから下まで自転車で下ってスリルを味わったりしました。
当時は博物館も木造で、木枠のガラスケースの中の綿が敷き詰められた上に、小汚ない錆びた鉄剣が展示されてました。あの中に文字の刻まれた鉄剣があるなんて誰が想像したでしょう?ボロボロになった鉄剣の修復のために、入れ物が無かったので、竹を二つ割りにした中に鉄剣を納めて奈良の研究所まで運んだとか。そして金文字の大発見、その鉄剣が国宝になって展示されてます…
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Unknown (クニ)
2018-01-04 23:04:28
さきたま古墳群へは保育園時代に行ったようですが記憶に残っていません。
中学生のときは、校外学習で古墳や忍城を巡りました。
古写真を見ると、まさか現在のように整備されるとは誰も想像していなかったと思います。
あの金錯銘鉄剣が色々なものを変えました。
今後も研究が進み、新たな感動を与えてくれる期待があります。
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